その人、こんなに想われて幸せだね






「きみは解っていないようだな」


唐突に言われても、何が何だか分からない。

穏やかな陽射しのもと、エナガが久しぶりの休日をまったり過ごしていた折のこと。
来訪者、もとい、宮の主はエナガの手に持つ小説を取り上げると、先の科白を口にした。

読書に夢中だったため、彼の存在を無視していたのがいけなかったのか。
いや、そもそも普段からわりと宮内で好き勝手をしていても何も言わないのだ。
今更己にかまえなどという態度をとられるとは思わなかった。


「えっと、何の話?お邪魔しにきて余所事していたのが気に障ったのなら謝るけど…」
「別に書を読みたいのならきみの好きにすればいい。但し今は我慢してもらおう」
「だから一体何がしたいの?」
「わたしとしてはこれでもかなり待った方なのだが。どうもきみは予想以上に鈍感とみえる」
「いや、あのさ、だからさっきから一体何の話?私が鈍くて物分りが悪いのを説教したいの?」
「物分りは良いぞ。だが何分思考が要らぬ方向へと回転し過ぎるのが難点だ。かと思えば簡潔過ぎる」
「ああ、愚鈍と言いたいんだ。結局説教じゃない」
「説教ではない。事実を述べているだけだ」
「事実って…じゃあその事実から何を言いいたいのか。思考音痴な私に分かるように講釈していただけると助かるんですけどね」


言って数分後、エナガは盛大に後悔した。
何せ、それからシャカの説法が延々と続き、早一時間。
話はなおも終わる気配をみせない。

それでも話半分程度に耳を傾けているあたり、(律儀だな…私)と、自画自賛しつつ、エナガは諦めの境地に達している。


「エナガ、聞いているのかね?」
「聞いてます聞いてます。寝ていないから安心して」


いっそ堂々と熟睡して盛大に怒られてしまった方が、話自体終わってくれたかもしれないが。
自画自賛から己が真面目さを呪いたくなる心境に変わるのは、そう遅くはないだろう。
いい加減石畳上で正座をし続けるのも限界にきている。
既に両足とも痺れてしまって感覚がない。


「では今までの話からわたしの言わんとしていたことが分かったはずだ」


聞いていたのなら分かるはずだろう。
どうやら一方的な説法から議論型の講義に変わったらしい。

一応聞いてはいたのだが、何分出だしからして良く分からない宇宙論を説かれ、そこから神だの仏だの持論を展開されたものだから、要約するのはいささか難しいのだ。


(というか何で古事記や日本書紀を知ってんだか…って、ツッコミしてる場合じゃない。何て言えば正解なのよ、コレ…要約のしようがないんだけど。多分出だしの宇宙論や仏法云々は、話の導入的部分で……長かったけど。次に出たのが何故か分からないけどいざなみいざなぎの国生みの話で…あれ、これも序論?しかも延々と日本の神様の話をされて…気が付いたら今昔とか物語の話まで飛び火したんだっけ。沙織ちゃんが日本で育ったから詳しいのかな?いや、待って問題は多分そこじゃない。それから、現代の男女論に進んだような…まさかジェンダー論視点でなにか言いたかったとか?だけどそれとは少し違う気もするし。だって最後あたりは如何に自分が慈悲深いかをとくとくと説かれたような……慈悲ないとか言っていたくせに)
「長考すぎるぞ」
「え、あ……時間切れ?」


恐る恐る問い返せば、肯定のように溜息をつかれた。


「きみにも分かるよう噛み砕いて話したはずだ」
「ある程度は分かったけど、話が長すぎてどこか冒頭なのか例示なのか主論なのか分からないの。要約しろって無理な話」
「誰も要約しろとは言ってないが」
「言いたいことを答えろなんだから、似たようなものじゃない」
「それで、分かったのか分からないのか……愚問のようだな」


再度、溜息がシャカから漏れた。

どちらかといえば溜息をついて嘆きたいのはこちらの方ではないか。
エナガはそう思った。


「言いたいことは分からないけど、とりあえずシャカが説教と自己主張が上手いことだけはよく分かったよ」
「やはり全く伝わっていないではないか」
「じゃあ聞くけど、前半の宇宙論や神仏論と後半の文学論とジェンダー論、どっちが主要な論点なの?」
「どちらも論点ではない上に、肝心な点を無視している。きみはどうしてそう事を難しくするのだね」
「難しくしたのはシャカの方でしょ。肝心な点って何?最後あたりはシャカが如何に優しくて思いやりがあるかとか何かだったじゃない」
「…………エナガ、きみの耳は飾りかね?」
「飾りじゃないからこうして話を真面目に聞いていたわけですけど?」


向き合って座ったまま、淡々と言葉を投げ合う二人だが、ともすれば口論に発展しかねない(既にそうなっている気もするが)状況である。
このままでは不毛なやりとりが延々と続くと思ったエナガは、ここは自分が折れるしかないと理不尽を堪えつつ、一旦閉口した。


(大人になれ、私。ここで言い合ってても拗れるだけだから…)


よくよく考えれば、いくらシャカでもここまで引き下がらずにいることは稀だ。
食いついてくるということは、余程何か大事なことを伝えたかったのだろう。


「改めて聞くけど、さっきのは主要な論点ではなくて、どちらかと言うと最後のあたりが要点だったりする?」
「いかにも。漸く話が分かってきたようだな」
「………」


言いたいことはある。
喉元まで出かかった反論をエナガはぐっと我慢した。

確かに口でとやかく言うほどシャカは非情ではない。
敵に対しては容赦ないかもしれないが、少なくとも身内は大事にしている。
その身内にエナガも少なからず入っているのだろう。
だから何だかんだで大目に見てくれている。
それが分かるから、こうして永遠に続きそうな説法も甘んじて受けていたのだが。

…で、本題。


「総じてシャカは良い人。これで完結?」
「簡潔しすぎだ」
「いや、簡潔なら要点としては間違っていないでしょ…それに別に私はシャカが冷たいとか思っていないよ。何だかんだで仲間思いなのは分かるから」
「どうやらわたしの話をかなり割引いて聞いていたようだな」
「………ごめんなさい」
「では今度こそ分かり易く具体的にせ「説法はイイから言いたいことを箇条にして言って」


また延々と長話されてはたまらないエナガは、こればかりは頼むとばかりにシャカの言葉を遮った。


「仕方ない。きみに伝わらなければ意味がないのだ」
「そうしてくれるととっても助かるよ」
「まずわたしが多少の面倒を惜しまず目をかける者などそういない」
「だろうね…(唐突すぎるけど)」
「だがいないわけではない」
「うん。(沙織ちゃんは別格だから除外しても、一輝くん、瞬くんとかいるしね)」
「中でもとりわけ目をかけている者がいる」
「うん。(ああ、一輝くんと瞬くんだね、こりゃ…)」
「その者のためならばわたしは命を惜しまない。苦しみ悩んでいればともに寄り添い正しき道へと導いてやりたいとも思う」
「そうだね。(庇護欲に目覚めたわけか。過保護にならないと良いけど)」
「わたし以外の誰かにその役を渡す気もない。また、務まるとも思わん」
「そ、そう…なんだ。(どんだけあの二人に執着してんの…)」
「傍でその存在を感じているのが心地良く、何より愛おしく思っているのだ」
「へ……え?(え、ちょっ……男色?うわーどうしよ、さらりとカミングアウトされたよ)」


よもやそこに行き着くとは思ってもいなかっただけに、エナガの衝撃は計り知れない。
言いたいことを言い終えたシャカは、満足そうに微笑する。
どことなくエナガに向けられる視線が熱くて、エナガは、人を通して二人を見るな、と、居た堪れなくなった。

ぎこちない笑みのまま固まるも、ここは何とかして感想を言わなければ。
エナガは凍りついた思考を無理に動かして言葉を紡いだ。


「あー………その人、幸せ者だね。そんなに想われて」
「そうだろう。きみは世界一の幸せ者だ」
「そうだね。わたしは………ん、わたし?」
「きみ以外に誰がいると言うのだね?」
「…………え?あ、一輝くんとか、瞬くんとか?」
「………人を勝手に男色に仕立てるのはやめたまえ」
「ご、ごめんなさい」


余程心外だったのか、いつになく眉間に皺を寄せて憮然とするシャカに、エナガは慌てて謝った。
どうしたものかと慌てふためいて宙を彷徨うエナガの右手を捉えたのは、他の誰でもない目の前にいるシャカである。
気付けば常に閉じられているはずの目が開かれ、澄んだ青い瞳に思わずエナガは息を呑んだ。


「これできみも解っただろう?」
「わ……解った、けど」
「けど?」
「驚いた。まさかそこで私になるとかね…」
「やはり今まで何も解っていなかったのだな」
「仲間内に優しいから私もその末端にいられて良かったなって……そこまで気に入っていてくれてたとは思わなかったから」
「しかし今は違う。そうだろう?」
「う……だから、その、照れるというか…………」


いつの間にか一人分空いていた距離は縮められ、至近距離からの視線にエナガは耐えられず目を背ける。
暗に解放してくれと念を送るも、散々想いを悟ってもらえなかったためか、シャカはエナガの無言の訴えを黙殺した。

その後、二人がどうなったか。
シャカに言わせれば―――――。


「そんなことも解らないのはそれこそ愚鈍というものだ」






(完)

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●鈍感な彼女のセリフ5題
2.その人、こんなに想われて幸せだね
配布元:確かに恋だった

2015/3

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