K:一緒に寝よう。


一緒に寝よう。

唐突に主から告げられたのは、ほんのつい先程。
あまりに突然のことに思考が凍結したのも、これまた記憶に新しい。

動揺を悟られまいとする余裕さえ、すっかり抜け落ちていたため、不思議がった主が様子を伺うように顔を覗き込んできた際、思わず妙な声を挙げて仰け反ってしまったのは、思い出しても頭を抱えたくなる。
大体思いつきのような感覚で言う主も主だと、今となって漸く文句が浮かんできている。

しかし、言う機会を逃した今、加州清光は悩んでいる。
何を悩むかは、言うだけ野暮だろう。

男女が夜を共にするということは、すなわち――――。


(ああ、もう考えない考えない考えない!考えたって意味ないじゃん!それに、ほら、俺、川の下の子だよ?そういうことがどういうことかって考えなくたって分かるよ!分かるけどもさ!)


主の部屋を前にして、自問自答。
日は既に落ち、十六夜の月が煌々と清光の背を推すかのように照らしている。

それなのに、あと一歩が動けない。
足を止めさせる理由は、やはり目前の部屋の主。

彼女が何をどう思って自分を誘ったのか、清光は分からず仕舞いだった。
あの場で即問えばすんなりと解決したのだろうが、生憎あの場はあの場でそんな問いなど口にする余裕どころか思いつきさえしなかったのだ。
話の流れで浮かぶはずの疑問すら霧散していた。


(だって、あの主がだよ!?どう見たってそんなこと言いそうにない真面目な主がだよ!?真昼間にいきなり言えば普通に誰だって驚くよ!?)


その主が寝ようと言うのだから、何を躊躇う必要があるのやら。
一部の者に話せばそう答えが返ってきそうだが、そもそもこんな話、相談できるはずもない。

ぐだぐだと煮え切らない感情をどうやり過ごそうかと一人佇んでいると、時間切れを告げるかのように目の前の襖が徐に開けられた。


「清光…何してるの?」
「え、あ、主!?」
「ほら、いつまでそこにいるつもり?早く早く。」


部屋の主が怪訝そうに清光を見上げてくる。
一体誰のせいでこんなにも悩む破目になったんだ…という不満は、実際彼女を目の前にすると何故だか再び呑み込んでしまった。
ぐるぐると清光の思考が目まぐるしく動いていることなど露も知らない審神者は、昼間と変わらずの様子で清光を室内へと招き入れる。
昼見た時と然程変わらない景観で、違うのは布かれた布団が二組。


(ん、二組…?)


こういう場合、普通は一組ではなかろうか。
清光の頭上に疑問符が浮かぶ。

清光が問うより先に、答えは主から無邪気な声で返ってきた。


「折角だから、今日は夜通しおしゃべりしよー」
「へ……?」


いつになくはしゃぐ主に、清光が返せたのは間抜けな一言のみ。
歌仙あたりなら、盛大に嘆息した後、諸々のお説教が始まるだろう。
いや、そもそも件の発言が出た時点でお説教ものではあるが。

審神者は審神者で余程楽しみにしていたのか、ほぼほぼ思考が停止した近侍を急かすように、隣の布団をぽんぽんと軽く叩いて早く横になれと催促している。

それでも清光の体は動かない。
ここで是が非でも当初自身が思い描いていた事態へと話を進ませる手もあるものの、生憎そこまで持ち込めるような仲どころか、恋仲ですらなかった。
現時点で思いは清光の一方通行片想い。
でなければ女である主がこうもさらりと夜物語に誘うはずもなく。

なんならいっそのことここで一切合財自らの胸の内を曝け出してしまおうか。
そうすればいくら鈍い彼女でも己を意識してくれるはず。

けれども、やはり動けないのは今の関係を壊したくない、拒絶され距離を置かれるのが怖いのだ。


「ほら、早く寝よ寝よ。」


清光の心境を知る由もない審神者が、痺れを切らしてなおも清光を急かす。
できれば布団は一組で、それでもってもう少し色のある誘い方を――――。


(あー、もう、どうにでもなってよ……)


結局、無理矢理方向転換させたのは自身の思考で、清光は半ば自棄気味に敷かれた布団へごろりと横になった。
せめてもの抵抗として隣で寝る彼女に背をむけてみたものの、彼女がそれを良しとするわけもなく、ツンツンと人差し指で清光の背をつついてくるではないか。


「あーるーじー?」
「きーよーみーつー」
「もう、真似しないでよね。」
「えー、いいでしょ。あとこっち向いて。話す時は顔を見ないと。」
「聞こえてるし別にいいでしょ。」
「よくない。ほら、観念して可愛いお顔を見せなさい。」


審神者はなおも指でせっつくことを止めない。
触れ方こそ色気もへったくれもないが、それでも意識せざるを得ないのは、やはり彼女が特別だからだろう。
特別であるからこそ、彼女の意に反した行動をして嫌われたくないのだが、悲しいかな、背をつつく彼女はそれを知らない。

清光が暫く動かないでいると、審神者からの指ツン攻撃は止んだ。
手を引込めるかと思えば、審神者の腕は相変わらず清光の布団の中。

数秒ほどの沈黙が下りた後、再び審神者が動いた。

ツ……。
審神者の一指し指が夜着越しに清光の背をなぞる。

左から右に一線。
続いて中央から左斜めに一線。
右上右下にほぼ対象の軽い弧を描き、さらに右斜めに短い点を二つ。

背に文字を書いていると清光が気付いたのは、審神者が一呼吸置いて再度清光の背をなぞり出した折のことだ。

彼女は何を伝えたいのだろうか。
悶々とした葛藤はどこへやら、ただただ彼女の綴る言葉を読み違えまいと清光は意識を背に集中させる。

続く文字は、









そこで彼女の指は止まった。
清光の思考も止まった。


(え、嘘、何これ…夢?)


恐る恐る寝返りをうって薄暗い視界の中で見えるのは、待ってましたとばかりの満面の笑み。


「“愛してる”の方が良かった?」


などと彼女が言うものだから、それはもう反射的に体が動いていた。


「清光、苦しい。苦しい。」
「俺も好き。大好き。愛してる。」
「はいはい、知ってるよー。」


軽い口調とは裏腹に、抱き締め返すその腕は、どこまでも温かく愛しむものだった。

夜はまだまだ長い。





(完)

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その後どうなったのかは、ご想像にお任せします。
抱き枕状態で眠るのも良し、乱れるのも良し。


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