君が良ければ


※付き合ってる前提の髭さに。
※被害者は膝丸。




どれでも良いよ。
最早耳にタコができるくらい聞いた言葉に、審神者の中で何かが音を立てて切れた。

「主?どうしたの?お腹痛いの?」
「…何でもない。お腹も痛くない」
「それならいいや。それで、これ、買わないの?」

ひょいと審神者の手から菓子を取り上げると、まじまじと眺める髭切に、審神者の機嫌は愈々急降下する。
こちらの感情の起伏は解る癖にどうして肝心のことは解らないのか。
喉元まで出かかった不満をゴクンと飲み干し、審神者は努めて平静を装って髭切の手にある菓子を取り返す。

「買います」
「うんうん、君が選んだんだから、きっと美味しいんだろうね」
「だと良いけど」

半ば投げやりにそう返すと、審神者はさっさと会計を済ませて万屋を立ち去った。


*****


「――っていうことがあったの」
「経緯は分かった。だがな、いろいろと指摘したいことがあるのだが…」

万屋での一件があってから数日後の14日。
昼時を幾ばくか過ぎてのことである。
審神者は膝丸に件の経緯を説明して、溜息をついた。
当事者である髭切は、審神者の命により夕方まで遠征に出かけている。
審神者の話を律儀に聞き終えると、膝丸は眉間に皺を寄せて彼女とは別の意味で嘆息する。

「まずだな、兄者に差し上げるためのチョコを市販の物で済ませようとした挙げ句、当の兄者と一緒に買いに行くとはどういうことなのだ?些か手を抜きすぎではないのか?」
「…だって、髭切は気にしていないみたいだし」
「それは兄者自身に聞いてみないと分からぬことでは?」
「聞きました。そしたら『どれでも良いよ』だって。だからそうしたまでだし、なんならどれが食べたいかも聞いた。『どれでも良いよ』って言われたから、私が食べたいやつを買った」
「むう…」
「で、買ったのがこれ。どうせ今置いていってもどうでも良いだろうから、置いておくね。髭切が帰ったらよろしく」
「待ってくれ。流石にそれは直接兄者に渡した方が良いのでは?いや、渡すべきだ」
「どうするって聞いたら、『君が良いならで良いよ』とのことなので、良いんじゃない?」
「う……」

淡々と事実を話して熱い緑茶をゆっくりと飲み干す審神者に、膝丸は湯飲みを握りしめたまま閉口した。

確かに審神者は独断で決めているわけではない。
けれども何かが違う、いや、何かが食い違っていないだろうか。
兄刀と主、それぞれを見ている膝丸にとって、この件に関して双方で温度差があるように見受けられた。
もしかしたら、この件だけのことではないのかもしれない。
膝丸がそれを確信したのは、茶を飲み終えた審神者がぼんやりとどこか遠くを見るような目で。

「もう限界かもね…」

何を、と、膝丸が問いかける前に、審神者はなんでもないとお茶を濁すばかり。
仕舞いには遠征部隊が帰還したとの知らせに、そのまま逃げるように席を外してしまう。

「これは…もしや一大事なのでは……?」

残された膝丸は、一振り思い悩む。
聞き間違いでなければ審神者は確かに限界と呟いた。
一体何がとは話の流れからするに、己が兄刀との関係ではあるまいか。

(あの話しぶりからすると、恐らく兄者の返答に納得しておらんのではないか…?だがしかし、兄者は――)
「今帰ったよ。弟の……えーと、弟。弟ー?」
(ああ、いずれにせよ一大事ではないか。このままでは兄者が誤解されたまま…う、うむ。それは良くない。良くないぞ)
「ありゃりゃ…戻って来ないねえ。困った弟だ。……ん?」

思考に耽り兄の存在に気づかない膝丸を余所に、髭切は机にある紙袋に気づくと黙り込む。
髭切が徐にその袋から箱を取り出し、それが何であるかを気づいて目を細めた折り、漸く思考の淵から戻ってきた膝丸が声を上げる。

「あ、兄者!戻られたのか」
「弟…これは?」
「う、うむ…それはだな、その、さっき彼女が……」
「………お前に?」
「まっ、まさか!そんなわけがない!ないぞ!兄者!これは兄者へのものだ!俺ではない!」
「そう。確かあの子は二つ買っていたからね。一つは自分用と言っていたから…ここにある一つは僕のだよね」
「そう!そうなのだ!」

いつになく笑みが消えた顔で詰問する髭切に、膝丸は慌てて全力で否定する。
普段の髭切から考えたら、どう考えてもあり得ない答えを言い出す始末で、膝丸はほれみたことかとこの場にいない審神者へと非難を向ける。

(どうして兄者は彼女のことになると殊の外神経質になるのだ…)

実の弟刀にでさえ、これである。
審神者が知らないだけで、いや、悟られぬようにして、髭切は他の刀に対して目を光らせ、牽制している節がある。
本丸唯一の紅一点、それでなくとも我が主。
そんな彼女を射止めたのだから、他の刀からも思うところがあるのだろうが。
実際、髭切同様審神者を慕っていた刀について、何振りかは膝丸も知っている。
彼らが彼女を諦めたかどうかは、当の彼ら自身にしか分からないことではあるものの、兄刀の様子を見るにつけ、隙あらば…という具合なのだろう。
そう、だから“髭切は審神者のことをどうでもいい”などと思っているはずがない。
現状隙だらけであることが判明した以上、膝丸とてこのまま何もしない訳にはいかなかった。

(そもそも、兄者はどうでもいい相手の言動など、記憶してすらいないのだぞ…君も知っているだろう?)

己が主へと恨み言が脳裏を過ぎるも、それ以上はいけない。
なにせ、己が兄は彼女に関してのことは敏いのだから。

「お前、あの子と何かあったの?」
「う、うむ…実はだな。い、いや、待ってくれ、兄者!違う、違うのだ!俺と彼女がどうこうではない!断じて!」
「僕、何も言っていないよ?」
「うう、言っていなくともだな…その、目がだな……」
「ああ、そっか…うん、悪いことをしたね。ついうっかり」
「うっかりで凄まれたら堪ったものではないぞ。俺だから事情が解るのだ。他の刀では喧嘩の元になる」
「ふふっ、やはりお前は良い子だねえ」
「俺を褒めている場合ではないぞ、兄者。一度主と話し合った方が良い」
「…どうして?」

再び部屋の温度が下がるのを肌で感じながらも、膝丸は気にせずに本題を切り出した。

「主は兄者が自分のことをどうでもいいと勘違いしている。だから今日のばれんたいんなる催しもさしてやる気がないのだ」
「……それはお前の思い違いじゃないの?」
「俺とてそう思いたいのだが、現に彼女は浮かぬ顔をしていたし、その…兄者は、『どれでも良い』とばかり言っていると。もちろん兄者の『どれでも良い』とは、『“彼女が選んだことなら”良いことだ』ということなのだろう。俺は解るが、彼女は誤解している。だから…限界だとも呟いていた」
「………お前は本当に良い子だよ、膝丸」
「―!兄者!」
「お前にそう言われると、…うーん、思い当たる節はないわけじゃないかぁ。うんうん、やはり話し合いは必要だね」

だからこれは貰っていくよ。
と、膝丸の頭を撫で終えた髭切は、件の小箱を手に取ると、そのまま部屋を後にする。
残された膝丸は、己が名を忘れることの多い兄が、久しぶりに名を呼んでくれたことに感動のあまり微動だにせず涙ぐんでいた。


*****


極寒の外とはうって変わり、適度な暖房が効いた室内はそれはもう快適な過ごし易さだった。
仕事に向かうわけでもなく、審神者は執務室の椅子に腰掛け、頬杖をついたまま何も移さない液晶画面を眺めている。

(限界かあ…)

一度言葉に出してしまうと、愈々それが現実のものとして心が受け入れてしまうようで、暗雲たる気分に襲われる。
このままではいけないと頭を振ると、引き出しに閉まってあった小箱を取り出した。
先日、髭切と一緒に万屋で買ったチョコレート。
どうせなら自分の好みの物をと選んだものの、一つに絞りきれずに髭切と自分とで二種類の物を買ったのだ。
当日共に食べ比べをしようとの算段だったのに、結局この始末。

(何やってんだか……馬鹿みたい)

一人で怒って拗ねて落ち込んで、挙げ句、勝手にこの関係に対して終止符を打とうかと考えているのだから。
とはいえ、一度紛いなりにも神の末端である付喪神との深い縁を結んだのだ。
おいそれと繋がりを切れるわけがないことくらい、審神者とて重々承知である。
だから余計に苦しいのだ。

「『どれでもいい』『何でもいい』とか、結局『どうでもいい』じゃん…」
「それは違うよ」
「!」

障子越しに帰ってきた声に、審神者は咄嗟に立ち上がった。
まさか聞かれていたとは思わず、唖然として動けずにいる彼女を余所に、声の主がそっと障子を開けた。

「『どれでも何でも良い』は“君が決めたことだから”良いんだよ。君が良いと僕も良いからね」
「……」
「だから君のすることに関心がないわけじゃないよ」
「話、聞き流していたのかとも思った…」

やっと口を開けられたかと思えば、随分と捻くれた物言いに、審神者は発言者本人ながら内心苦笑する。
面倒な性格にならないよう努めてきたのにも関わらず、これでは意味がないと、再び口を噤む審神者に、髭切は仰々しく驚いた素振りを見せてから。

「ええー、それは酷いなあ。いたからこうして持ってきたのに」

ひらひらと審神者の持っているものと同じ包装の箱を掲げて微笑む髭切に、審神者は「あっ…」と、彼の意図を悟って声を漏らす。

「あのね、君の言う『どうでもいい』だったら、そもそも…えーっと人の子の言葉を借りるなら、恋仲?恋人?なんてならないよ」
「う……」
「本当はね、君の提案どおり“君が作ったもの”も食べたかったんだけど、忙しいでしょ?」
「そんなこと……」
「あるよね?“シカク試験”月末でしょ?勉学の邪魔をしたらいけないからね。だから、来年まで我慢かなあ…って」

髭切はニコニコとしたまま来客用のテーブルにある書籍を指さした。
そこには数冊の教科書が肩身狭い思いをして置かれている。
もう一つの現実を思い出された審神者は、今度は別の意味で二の句が継げない。

「よ、良く覚えてたね…」
「だって他ならない君のことだよ。『どうでもいい』訳がないよね」
「スミマセンデシタ…」
「ふふっ、これで誤解は解けたようだね。うん、良かった」

万々歳と鼻歌を歌いかねないくらい上機嫌な髭切は、いそいそと応接用のソファーに座ると、審神者を見上げる。
ポンポンと自分の隣の席を叩いて、審神者がそこに座るよう促す。
気まずいという気持ちを抱く余裕もないまま、審神者は誘われるまま小箱を手に取り髭切の傍に座った。
改めて髭切に謝ろうと審神者が彼を見上げて口を開こうとした矢先、近づいてきた顔に固まるしか出来なかった。
軽く触れるだけの不意打ちに、驚愕のあまりパクパクと口を動かすばかりの審神者を、髭切は至極満足げに見つめると――――。

「うん、良い子良い子。それじゃあ一緒に食べようか」




-完-


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