花の咲く場所2




「退屈で死にそうだぜ。」


誰に言うわけでもなく一人愚痴を吐き出した鶴丸は、広間に寝転びぼんやりと外の庭を眺めていた。
新しい主がきて早いもので一月が経とうとしている。
桜舞う新たな季節の到来とともに来た彼女は、来て早々に鶴丸へ驚きをもたらした。

頑なに近侍を拒む彼女の真意を探ろうと興味本位で押掛けたら、彼女はと言えば、鍛刀して顕現した男士を近侍に据えるという予想外の提案をしてきた。
彼女の苦肉の策と言えば策なのだろうと応諾した結果、顕現されたのは前の主が喉から手が出るほど切望した彼の刀なのだから、事実は小説よりも奇なりとよく言ったものだと感心した。
幸運だと告げた鶴丸の言葉を、自分に対しての皮肉と述べた彼女だが、恐らく今の主は前の主ほど三日月を所望していないのだろう。
皮肉というのも三日月宗近が近侍には不向き故、そんな彼を顕現させてしまったからだと彼女は思っている。
一応刀剣男士の希少価値については理解しているらしく、「よりによってここで今年の運を早々に使い切ってしまうなんて…。」と嘆いていた、と、鶴丸は近侍を務めている三日月から聞いた。

というのも、前の主とはうって変わり、新たな主は想定していた以上に仕事が出来る人間であったため、近侍引継ぎ役として暫く様子を見ようとしていた鶴丸は、半月どころか七日ほどでお役御免となってしまった。
顕現された刀は審神者に似るのか、当初補佐を危ぶまれていた三日月も、彼女が危惧していたほど執務に支障は来していないらしい。
仮に補佐どころではない程度であるなら、誰よりも近侍不要論者の彼女がこれ幸いに三日月を近侍から外しているだろう。

優秀な主を持つと鼻が高いものなのだが、それはそれで取り付く島がなく、かくして冒頭のぼやきを溢す次第となった。


「もう、鶴さん。いい加減そんなところで寝ていると風邪を引くよ。」
「なあ光坊、退屈過ぎて死にそうだじぇ…。」
「そんなに気になるなら様子を見に行けばいいよね?来るなと主に言われてないんでしょ?」
「『業務に支障を来さないなら、どうぞお好きに。』だそうだ。」
「まさか仕事の邪魔しに行くわけじゃないよね?」
「邪魔か否かは彼女の采配だぜ?」
「いやだから…ああもう、つべこべ言っていないで、ほら、起きた起きた。」


しっしと追いやるように燭台切に急かされ、鶴丸は緩慢な動きで体を起こす。
彼にけしかけられなくても、遅かれ早かれ執務室へは足を運ぶ予定だったのだ。


(いざ彼女に理由を問われたら、光坊にせっつかれたとでも言っておくか。)


鶴丸の見たところによると、彼女の光忠に対する評価は悪くない。
彼の名前を出せば然程小言は言われないだろう。
そうと決まればと鶴丸は早速行動に出た。

広間から少しだけ足を延ばせば、件の彼女がいる執務室だ。
鶴丸はその前まで来たところでピタリと足を止めると、中の様子を伺ってみた。
勿論、障子を隔ててのことなので彼女らが何をしているのかは分からない。
ただ話し声ははっきりと聞こえてくる。


「ほら、おじいちゃん。口じゃなくて手を動かす。」
「すまんなあ。じじいは二つ以上のことを同時にするのが苦手でな。」
「茶を啜いつつこちらの返事が出来るなら上等です。」
「おお、主はこちらを見ていなくとも俺のしていることが分かるのか。」
「大体予想がつきます。あと、サボっていたらオヤツ抜きの刑に処しますね。逆に頑張ったらご褒美にオヤツ増量キャンペーンを開催します。増量対象オヤツは生菓子です。頑張り次第で審神者が点てた抹茶付き。」
「なんと、それは頑張らねばな。」
「よし、では今からキャンペーンを開始します。お仕事、始め!おてて、動かす!」
「あい分かった。」


パンッ、と軽く手を叩く音が聞えた後、三日月と彼女の声は止んだ。
どうしたものかと考えたのは鶴丸である。
折角三日月が仕事をする気になったところで、乱入してはおそらく、いや、きっと三日月はこれ幸いに再び手を休めてしまうだろう。
そして続くは審神者からの小言。
これはひょっとすると、入るに入れない状況ではないだろうか…。


(しかしなあ…普段もあんな感じなのか?)


執務室を前にしたまま、鶴丸は顎に手を当ててふと首を傾げる。
子守り…とまではいかないものの、祖父とそれを世話する孫のようで、会話だけ聞いている分にはどうも執務が捗っているようには見られない。
しかし、実際のところ仕事が滞っているという話を聞かない以上、問題はないのだろう。
この本丸のこんのすけも、「新しい主様は締切に怯えなくてもいいので、気が楽です。締切どんとこーいです。うまうま…。」と言って、光忠からもらった油揚げをまったり食べていたのは記憶に新しい。
確かあの時も何らかの書類の締切間際、いや、締切当日だったかもしれない。

思えばこの本丸のこんのすけも気苦労が絶えない仲間の一匹だった。
前主人の時のこんのすけと言えば、一言目には「締切が〜、任務が〜」と愚痴を溢し、かと言ってそれを主人に言おうものなら肝心の彼女はすぐ拗ねてしまうという具合だったため、管狐なりに頭を抱えていたものである。
それが今の主人になってから、一切の心配をしなくて済むのだ。
当初問題となった近侍関係も今のところ解消されているのだから、まったり本丸生活を満喫している。
少なくとも同じ苦労仲間だった和泉守に、だらけ過ぎだと指摘されるくらいには。


「なに突っ立ってんだ?」
「お、噂をすればかい。」
「は?どういうことだ?」
「いやなに、独り言だ。和泉守も主に用があるのか?」
「用でもなけりゃこんなところに来ねぇだろ。そういうお前こそどうなんだ?」
「ああ、俺は様子見ってとこか。」
「冷やかしならお断りしますが。」


言葉と共に障子が勢いよく開かれ、やや眉間に皺を寄せた審神者が二振りを見上げている。
言外に「邪魔をしに来たのか。」と、じと目で問いかけてくるあたり、先程の会話をしっかり聞いていたということだろう。
入室前から買ってしまった不興にどうしたものかと鶴丸が思案していると、先に隣の和泉守が行動に出た。


「冷やかしじゃねぇ。あんたの仕事具合を見に来たって言ってるだろ。」
「仕事に関しては今のところ問題を起こしたつもりはありませんが、ご指摘があるのなら承ります。」
「言ったな。ようし、なら遠慮なく言わせてもらうぜ。なんで俺たちをもっと出陣させない?週に2、3度じゃ少なすぎる。」
「それは追々増やしていく予定です。情けない話ですが、私は戦いに身を置いた経験がなく、未熟な采配であなた方に不要な怪我を負わせたくはありません。」
「そんなこと言うけどな、本当のところはあんたが怖いだけなんだろ。」
「否定はしません。ですから、申し訳ありませんが、私がこの戦に慣れる時間と併せて考えていただければ助かります。」
「ハッ、そんなビビりじゃこの先やっていけないぜ?時には荒療治ってのも必要だ。」
「出たとこ勝負というのはある程度の実力と機会が伴っていないと、ただの無謀な博打です。それで大怪我でもしたら、完治まで余計な手間暇がかかります。」
「逃げてばかりじゃ勝てる戦も勝てやしないぜ。」
「ええ、そうでしょうね。ですから、出る時は出ますよ。」


あからさまに彼女を煽っていく和泉守に対し、審神者は想定内とでも言うように淡々と受け答えていく。
間近で見ている鶴丸はと言えば、どちらに加勢をするわけでもなく、ただ事の成り行きを見守っている。
それは同じ空間にいる三日月もまた同様で、審神者に荷担するかと思いきや、一振り静かに茶を啜っている。


「それなら近侍についてだが、なんであんたは三日月ばかり重用するんだ?」
「当初に決めたことです。最初に鍛刀した刀を近侍に。それが三日月様でした。鶴丸様から聞いていませんか?」
「おいおい、そこで俺に振るのかい?」
「当事者ですから。」
「話は聞いている。だがそれはあくまで一時だと聞いたんだが、俺の聞き間違いか?」
「いや、確かに言ってたぜ。しかし、きみ。さっきは三日月のことをおじいちゃんって言っていなかったかい?」
「それは三日月様が……。」


途端、何かを思い出したのか、視線を逸らして歯切れが悪くなる審神者に、好機到来とばかりに和泉守が捲し立てる。


「あんたも結局月狂いってか?」
「どういう意味でしょうか?」
「三日月宗近に執着し過ぎて分別を失う奴らのことだ。前の主…前任の審神者がそれだった。」
「ああ、それで。」


近侍選定のやりとりの際、道理で鶴丸が唐突に三日月の名を出したわけだ、と、審神者は一人納得した。
あの時は腑に落ちなかったが、今こうして話を聞くに、どうやら自分は試されていたらしい。
とはいえ、審神者自身、我が道を行く三日月に何とかして仕事を携わらせようと腐心していたため、別に和泉守が言うような疾しい思いを抱いた試しがなかった。
先程の呼称についても、のらりくらりと仕事をかわす三日月との交換条件、二人でいる時くらい畏まらないということを実行しているだけ。
ビジネスライクを貫こうにも、やはり初動の相手が悪かったと言わざるを得ない。
とにかく、審神者としても疾しい気持ちはないのだと逸らした視線を和泉守へと戻して姿勢を正した。


「私は月見をしたことはありますが、とり憑かれてはいないつもりです。」
「どうだかねえ。いずれにしても、少なくとも三日月と俺たちとで扱いが違うようだ。月に狂っていなけりゃ、使い古しの前任の刀剣よりも真新しい自分の刀剣の方が良いってことか?」
「そのような意図で彼を近侍に任命したわけではありません。ですがそのように受け取られたのでしたら、お詫びいたします。」
「詫びねえ。どうせその場凌ぎの言い訳だろ?」
「そう思われるのでしたら、今後の仕事で判断してください。」
「今後、追々って、また先送りか?あんた、“向いてない”んじゃねえか?審神者(この仕事)に。」
「―――!」


その一言で審神者の目の色が変わった。


*****


向いていない。
その言葉を聞いた瞬間、私の中で今までの蓄積された鬱憤が爆発した。
咄嗟に俯いて怒りを堪える私の姿に、頭上で「泣けば済むって考えているから良いよな、女ってヤツは。」と新たな燃料が投下される。
残念ながら、私は仮に泣いても引き下がるどころかぶん殴る負けず嫌いな性格だ。
そして、彼の想定外で申し訳ないが、今は泣く気なんて微塵もない。

静かに顔を上げて瞳を閉じたまま深呼吸、そしてゆっくりと目を開け、私は今立ち向かうべき相手をしっかりと見据えた。
見開いた瞳に一切の涙跡がないことに驚いたのか、目の前の彼は息を呑んだようだった。


「確かに、誰にでも向き不向きはあります。けれども、これが私の仕事である以上、己の向き不向きや好き嫌いで放棄する気はありません。それでも私があなた方の主として不適格と判断されるのでしたら、ここにいるこんのすけを通して私を任命した政府にその旨をお伝えください。ただし、現時点で私としてはこの仕事を辞する気は毛頭ありませんので、それ相応の抗弁はさせていただきます。」


言いたいことを言い終えてすっきりしたので、これ以上の問答は無用とさっさと仕事に戻ろうとしたら、言葉ではなく行動でそれを防がれた。
障子を閉めようと手をかけたところで、そうはさせまいと相手もまた障子を押さえて動かせなくしてきたではないか。
続く言葉は「待てよ。」とか、「言い逃げは許さない。」あたりだろうか。
今日の仕事が大幅に遅れることに頭を抱えつつ、最悪残業すればなんとかなるだろうとどこかで考えてしまうあたり、社畜…いや立派な公僕だ。

残念なことに私に課せられた仕事は、他の新規採用者より多い。
転職組故の負荷と言えば言葉は良いものの、実のところ前任の尻拭いであるから、たまったものではない。
だからこの一方的な言いがかりから始まった喧嘩をあまり長く続けているわけにはいかないのだ。
それに、向こうも言いたいことを粗方言い切ったはずだ。
そしてこちらもそれに応じた。
落としどころとしては丁度いいはず。

そんな私の思惑を一切無視して、彼、和泉守兼定はフッと一笑し、


「上等だ。」


一言そう言い放った。

一体何が上等だと言うのか。
再び言論闘争という口喧嘩を始めなければならないのかと訝しんで彼を見るも、何やら至極満足げな笑みを浮かべている。

おかしい。
違和感を覚えた途端、相手の機嫌とは裏腹に私の機嫌は急降下していく。
これはひょっとすると…いや、まさか。


「…試しましたね?」
「お、気づいたか。主には悪ぃが試させてもらった。何分前の審神者が“ああ”だったもんでな。」
「苛立って余裕がない状況下であれば本性が出る…と。」
「ま、そういうことだ。下を向かれた時は泣かせちまったかと思ったけどな。だが顔を上げたあんたを見たら、杞憂だったと確信したよ。」
「ご期待に添えなくて申し訳ありません。生憎負けず嫌いなもので、己に正当性があるなら衝動で涙が溢れても殴り返します。ああ、勿論、体力はからっきしなので、理論武装で恐縮ですが。」
「ははっ、いいねえ。俺たちの主はそうでなくちゃな。」
「時に、お隣の間白い鶴は共犯者でしょうか?それとも仕掛け刀で?」
「いやいや、待ってくれ。とんだ濡れ衣だぜ。俺はただきみがどうやって仕事をしているか気になって見に来ただけだ。」
「言葉が違うだけで言っていることは和泉守様と違いありませんよね。」
「目的が違う。」
「と言いつつ後で駄目だしを言うつもりでは?」
「きみ、根に持つ方かい?」
「ええ、割と。ですから……。」


そうだ。
この状況を利用して、一つ考えていたことを実行してみよう。


「喧嘩ついでに一つ。近侍交代の件ですが、次は大倶利伽羅様に任せようかと。」
「「は?」」


予想どおり私の指名した相手に二振りは目を点にしてこちらを凝視している。
背後の近侍はと言えば、予め内密にその旨は伝えてあったから、のほほんと呑気に茶でも啜っているはず。(きっと仕事で手は動かしていない。)

勿論、私がわざわざ大倶利伽羅を指名したのには、理由がある。
刀帳などの資料からみるに、彼なら先の和泉守のように露骨に人を試してくるような真似もせず、こちらの意思を無視してぐいぐいと距離を詰めてくる可能性が低い。
最悪近侍としての務めを放棄しても、それはそれで結構。
こちらの当初想定していた近侍不在の職場が可能となるのだから。
できれば三日月宗近で近侍を終了させたいところだが、現にこうしてこんのすけ以外も指摘する存在がいるため、やはり一度は交代が必要というわけだ。


「それで大倶利伽羅様の近侍経験について知りたいのですが、教えていただけますか?」


意趣返しのつもりではないと、いつもどおりの口調で鶴丸国永に問いかけると、和泉守より早く正気を取り戻した彼は、若干戸惑いながらも答えてくれた。


「ないことはないが…まあそうだな、ないと言った方が正しいか。生憎前の主との相性が悪かったからなぁ。」
「成程。」
「それはそうと、何故伽羅坊なんだい?」
「ああ、あともう一つ。自分の刀剣云々ですが、女子の組分けみたいに露骨に好き嫌いをやっていたら仕事になりませんから。仕事上即死にますね。流石に自殺願望は持ち合わせていないので、遠慮します。」
「知りたいのはそこじゃねーよ。ってか、根に持ちすぎだろ!」
「裏でネチネチ言うより、直球に言うだけマシかと思います。裏表があるのは嫌いなもので。」


漸く復活して会話に割り込む余裕が出来た和泉守が、納得できないと声をあげる。
近侍一つにしても説明責任が必要とは、面倒なことこの上ない。
今度こそ我慢していた溜息をこれ見よがしに吐いてから、踵を返して仕事机の前に腰かける。
途中、背後で制止の声を左手でいなし、ゆっくりと口を開いた。


「何も思いつきで決めた訳ではありません。三日月様も近侍の仕事を一通り覚えていただきましたので、そろそろ戦場で経験を積んでいただきたいと思っていました。そして、後任の近侍についての指名理由ですが、無闇矢鱈に要らぬ詮索もせず粛々と職務を全うしていただけると踏んでのことです。彼の言葉を借りるなら、仕事で慣れ合うつもりはありません。それに、まさか彼が仕事を慣れ合いだと言うこともないでしょうし。」


さあこちらの言い分は伝えたから、文句があるなら言ってみろ。
内心そう意気込んでいたところ、私を見下ろしていた鶴丸は至極愉快そうに笑うと、視線を外へ向けるなり―――。


「…だそうだぜ、伽羅坊。良かったじゃないか、大出世だ。」
「え?」


まさか当の大倶利伽羅がいるなんて思わなかった。
ここで彼に固辞されては大変困るのだが、居合わせてしまった以上は彼が断わる選択肢を極力なくすより他はないだろう。
それに彼の性格上容易く応諾してくれるとは、元より想定していない。
案の上、唐突に当事刀となった大倶利伽羅は、視線をこちらに合せることもなかった。


「全く、何が良いんだか。」
「ん、それが気になってわざわざ来たんじゃないのか?」
「戻るのが遅いから様子を見てこいと頼まれただけだ。」
「ああ、光坊にか。そんなに長居していたつもりはないんだがなあ。」
「用は済んだ。俺は戻るぞ。」
「待ってください。近侍交代の件について話があります。」
「俺は受けるとは言っていない。」
「それでは後日返事をお聞きします。辞退される場合、理由を併せて教えていただきますので、ご承知おきを。なお、辞退理由が一身上の都合などと言うような私情を挟んだものは却下させていただきます。」
「………。」


反論は返ってこなかったから、とりあえずは良しとしよう。
内心ほっと胸を撫で下ろし、私は立ち去った大倶利伽羅から鶴丸国永と和泉守兼定に意識を向ける。


「そういうわけで、私は仕事に戻ります。手を休めた分を今から取り戻さないといけませんので。」
「おお、して主や。きゃんぺいんの褒美はもらえるのか?」
「それは仕事をきっちりとされた方が言え………。」


漸く存在を忘れかけていた相手に目を向けて、私は愕然とした。
これ幸いに休憩でもしているかと思っていた彼は、なんと今まで黙々と休むことなく手を動かしていたらしい。
机にまとめあげた書類を前に、満面の笑みを浮かべた三日月宗近。
その書類の内容に恐る恐る目を通せば、きちんとできているではないか。
いや、元々本気を出せばそつなくこなせる相手だと分かっただけに、それはいい。
嬉しいはずがここでその本気を見せないでほしいという我が儘を私が言えるはずもなく、それまでの攻防戦での気力消耗も相まって、畳に両手をついて一気に脱力せざるを得なかった。


「誰か嘘だと言って…。」
「ん?書類に不備でもあったのか?」
「いいえ。ありがとうございます。そして、お疲れ様でした。」
「うむ。では茶でも呼ばれようか。」
「……はい。」


困惑する和泉守兼定と苦笑する鶴丸国永の様子を背後に感じつつ、私は絞り出すような声で近侍の約束を呑む破目になった。

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