花の咲く場所3
春の穏やかな陽射しから初夏の眩しいものへと移り変わる折、今日も今日とてこの本丸の新たな主となった審神者は、日々の業務に追われていた。
予定していた近侍の交代も、審神者の想定よりかは幾分マシな程度で行われた。
何分近侍交代の通知からして、当初彼女が考えていたよりも早く、そして思わぬ状況ですることとなったのだ。
しかも、運が良いのか悪いのか、当の後任予定の男士が居合わせてのことであったため、開口一番に断られるのではと内心ヒヤヒヤものだった。
去り際に彼女が投げかけた言葉(挑発)が効を奏したのか、翌日、改めて審神者の前に現れた大倶利伽羅からは辞退の意を伝えられることはなかった。
そこまではまだ粗方彼女の思い描いていたとおりの筋書だったものの、その次が難関だった。
一応前任となる三日月に引継ぎを頼んでみたはいい。
仕事の流れに関しての説明自体は合っているのだが、如何せん三日月の説明が、あまりにも大まか過ぎていけなかった。
後任の肩を持つわけではないが、いくら会話が達者な相手だったとしても、流石に野球ボールを投げたのに投げた先の相手がサッカーボールを蹴るつもりでいたら、成り立つ会話も成り立たない。
恐らく大倶利伽羅なりに疑問点解決のために三日月へと問いを投げかけてはいたものの、肝心の三日月の答えが「うん、まあ実際にやってみれば分かる。」で終わっていたので、どうしようもなかった。
会話の途中で補足説明(と言う名の指摘)をしたいと何度思ったことだろう。
前任の後任に対する引継ぎ練習も兼ねての引継ぎであったため、下手に審神者が口を挿んでしまっては意味がない上、三日月の立場も慮ってのことだったものの、最終的に口頭説明をさっさと済ませ、前倒しで審神者主導での実務の引継ぎが行われる破目になった。
…が、こうも胃と頭がキリキリするものなのかと、審神者自身、今思い出しても気が遠くなりそうだった。
「おーい、主。手が止まりそうだぜ。」
「主や、疲れたのなら茶でもどうだ?」
「ご指摘どうも。サボり魔の和泉守様。サボりついでにお隣の茶を注いであげてください。」
「俺は様子見というお役目を全う中だ。いっとくがもうふっかけねえから安心しろ。あと、隣のじーさんは茶じゃなくて団子を食ってるから大丈夫だ。」
「ふっかけたら水をぶっかけますので、ご心配なく。あと、慣れ合うつもりはないのでお気遣いなく。」
「近侍の台詞を言うほど仲が良いってか。いいねぇ。」
「喧嘩の件でも思ったことですが、前職のおっさんを想起させるような台詞はご遠慮ください。」
「おっさんかよ。そういうあんただって、最初の手入れの後に『ちょっくら吐いてくる。』って言ってたじゃねーか。宴会で飲み過ぎたおっさんだぜ。」
「見た目は女、中身は親父。褒め言葉として受け取っておきます。」
「褒めてねえよ。ったく、良い性格してるぜ。」
「それを言うなら、そっちこそ性質が悪い。」
「悪いも何も生憎俺は太刀じゃねぇからな。」
「そうでしたね。それは失礼しました。」
「なあ、主。茶が嫌なら団子はどうだ?」
「喉に詰まらせないでください。詰まらせたら隣の若物に介錯をお願いして。」
「おい主、えらく物騒な依頼になってるぜ。」
「ああ、間違えた。介護だ介護。中傷程度で抑えて。」
「結局物騒じゃねーか。」
「吐かせるのに躊躇ってたら手遅れになるので。」
「はっはっはっ、よろしく頼む。」
「あのなあ、詰まらせる前提の会話は止めてくれ…。」
机に向かったまま口を動かす審神者と、壁に背をもたれて話しかける和泉守。
そして、和泉守の隣で時折思い出したように茶々を入れる三日月。
繰り広げられる会話のやりとりを間に挟まれて聞く大倶利伽羅は、既に日常の一部として我関せずとばかりに黙々と手を動かしている。
本日の乱入者は和泉守と三日月だが、これに鶴丸などが加わったりして執務室を一時陣取っている。
大倶利伽羅とて、最初こそ「いい加減口ではなく手を動かしたらどうだ?」と思ったのだが、おしゃべりに夢中で困るのは審神者だけ。
後で泣きついても自業自得だと思い直して無視を決め込んだものの、審神者が彼に助けを求めることはなかった。
多少一日の仕事を切り上げる時間が前後するも、審神者は自分で割り振った仕事は自分の手で終わらせている。
よくよく観察してみると、どうやら動かしているのは口だけではなく、しっかり手も動かしているらしい。
雑談時の執務の内容も振り分けているようで、冷やかしが帰った途端、徐にそれまで手をつけていたものを切り替えるといった具合だ。
そして、冷やかしに現れる彼らもまた、彼女の一日の作業過程を把握しているのか、やって来る時間帯も大体決まっていた。
何も執務の最中に割って入ることをしなければいいものを。
そう内心思っていた時期が大倶利伽羅にもあった。
しかしこれにもまた彼らの言い分がある。
仕事をしながらの会話であれば、審神者は仕事に意識を向けているため、話をふっかけてくる相手に対しては雑になる。
雑と言えば言葉が悪いが、要は普段よりも幾分か言葉が砕けた、素の顔を覗かせてくれる、そんな気がして、仕事に支障が来さない程度にこうして茶々を入れに来るのだった。
審神者も審神者で構わなければいいものを、無視を決め込むほど薄情にはなりきれないようで、文句を言いつつも今日も今日とて仕事の片手間に彼らのお守をしているのだ。
それが彼らの目論見どおりと分かっていても――。
「帰ったぜ。土産話でも聞くかい?」
「世間話なら本日分は受付終了です。遠征、お疲れ様でした。」
「そりゃ残念だ。では結果報告とするか。」
「簡潔にお願いします。報告に驚きと感動は要りません。」
きっぱりそう言い切ってから、審神者は手を止めて遠征舞台を率いた鶴丸を見上げた。
「どうぞ。お入りください。」
「ああ、邪魔するぜ。」
「それで、結果は?」
「ほら、これが成果物だ。上々だろ?」
鶴丸から手渡された資料を無言で眺めた後、審神者は納得したように頷いた。
そして、その資料を横に避けると鶴丸に視線を戻し、「ありがとうございました。」とだけ告げると、再び目の前の仕事へと取り掛かり始める。
「おいきみ、そりゃないだろ?」
「ああ、丁度良かった。自称かっこいい流行刀様のお守で仕事になりそうもないので、一緒にログアウトしてくれると助かります。」
「ろぐあうと…?」
「ご退場ください。」
「酷いな。仕事と俺とどっちが大事なんだい?」
「愚問です。」
どこぞの物語にでもありそうな台詞も一刀両断し、審神者は液晶から視線を外すことなく手を動かす。
審神者の淡々とした対応に機嫌を損ねるどころか、その意気や良しとでも言うように、鶴丸は彼女の前から立ち去ろうとしない。
動かずただ視線だけを目の前の彼女へと注ぐ鶴丸に、審神者がいつ、どう反応するのか。
一人と一振りの動向を残る二振りは何も言わず見守っている。
しかし、数分で審神者が痺れをきらすということはなく、延々と液晶画面にのみその視線を注いでいる。
鶴丸は鶴丸でそんな彼女を眺めては、嬉々とした表情を崩さないまま、今か今かと審神者の出方を待っている。
そして、双方動かなくなってから数十分が経過した後、仕事の区切りがついた審神者が、漸くその手を再度休めて一息ついた。
「鶴丸様は気が長いようで。」
「千年以上も生きてりゃこのくらいの時間なんて長いうちには入らないからなあ。それで、今度はどんな驚きをくれるんだい?」
「私はあなた専用の驚き提供装置ではありませんし、勝手に期待をされても困ります。それよりも大倶利伽羅。」
「…こちらの仕事は済んだ。」
「ありがとうございました。」
「おいおい、そこで伽羅坊に振るのかい。つれないな。」
「はあ…どうやら鶴丸様は遠征でお疲れの模様なので、演練はお控えいただくことにします。」
「「「!」」」
演練。
この本丸では久しく聞かなくなっていた言葉である。
新たな主に交代したからといって、主も、そしてこんのすけも、すぐに演練を行うことを良しとはしていなかった。
理由は双方とも同一で、引継ぎを優先し、審神者と刀剣男士が互いにその環境に慣れるため。
元々主交代の経緯からして、政府としても難あり本丸を引き継いだ直後から他本丸との交流がある演練へ赴かせるのは抵抗があったのだろう。
いざ何か起きようものなら、後任は後任で引継ぎの不手際を問われるし、政府は政府で人事もままならないのかと責任を問われる。
そんなものは御免だとこんのすけ…ではなく当の彼女が溜息混じりに鶴丸らに告げていた。
過度な干渉を好まない新たな主は、仕事を超えた馴れ合いこそ難色を示すものの、仕事に関しては誠意を貫く方針らしく、鶴丸らが理由を問えば彼女なりの言葉で答えを返してくれている。
そうした彼女の性格故に、ここにいる男士たちは徐々に新たな審神者を主として認めていった。
また、一軍を率いて戦う総大将としてだけでなく、審神者個人の人となりが気になって、ちょいちょいとちょっかいをかける輩も少しずつ見受けられた。
仕事と私事との線を引きたい審神者からすれば、真面目に職務に当たれば当たるほど、彼らの興味を引いて傍に近づかれるので、内心扱いに困っているだろう。
そのくせ彼らを拒絶できるほど非情になれないのだから、これ幸いに彼女へ関心した男士たちが彼女のもとへ顔を見にやってくる。
「さて、演練の部隊についてですが―――」
「待ってくれ、主。俺は凄ぶる元気だぜ!ほら、なんならきみを担いで演練会場へと向かおうか。」
「断固拒否したいので、やはりここは留守番という役割を―――」
「ああ、分かった。すまない。今のは冗談だ。冗談を言えるくらい余裕がありあまっているぜ。だからどうだい、演練部隊に俺を加えてくれ。」
「熱い嘆願誠にありがたいのですが、組み合わせは他の演練参加者の部隊を考慮して決めま…………。」
言い切るつもりが、うっかりこの場にいる他の男士を眺めてしまい、審神者は口を開いたまま固まった。
鶴丸とのやりとりを他人事ならぬ他刀事と思って無視を決め込んでいるかと思った彼らは、じっと審神者を見つめているではないか。
ある刀は顔こそ審神者へ向けずに無言の視線を、またある刀は視線どころか前のめりになって体ごと審神者へ向けて。
残る刀も二振りのようにあからさまではないものの、にこにこと自分は選ばれて当然とでも言うかのような笑みを浮かべている。
四対一、四面楚歌。
そんな言葉ばかりが審神者の脳裏に浮かぶ。
すんでのところで己が置かれた状況を把握した審神者の切り替えは速かった。
「分かりました。部隊についてですが、まずこの場にいる四振りを。」
「―っし。そうこなくっちゃな。」
「なんだ、話が分かってるじゃないか。」
「うむ、あい分かった。」
「………。」
「そして残る二振りは脇差と短刀を各一振りずつ。鯰尾藤四郎様と前田藤四郎様を。」
「んじゃあ俺が呼びに行ってやらあ。」
「よろしくお願いいたします。十五分後、演練会場へと出かけます。」
*****
人には瓜二つの顔を持つ者が三人ほどいるとどこかで聞いたことがある。
ただの噂に過ぎないけれど、彼らを眺めていると、あながち嘘ではないのかもしれないと錯覚してしまう。
…いや、そもそも彼らは人ではないが。
演練部隊を束ねて演練会場へと赴いてからまだ十数分しか経過していないものの、飛び込んで来た光景に私は早くも眩暈を覚えでいる。
対戦相手となる部隊は五部隊。
そのうち一部隊については、私や彼らより一回り程上級者。
刀剣男士に練度というレベル階級があるように、審神者にもレベルがある。
簡潔に言えば、刀剣男士を戦場へ派遣しその勝利数が、主に審神者としての経験となり、経験が蓄積されてレベルが上がる。
その経験値の上昇に関わってくるのが、審神者の日々の職務成績というわけだ。
真面目に書類作成や報告を行っている審神者は、当然経験値の付与率が高い。
そして逆もまた然り。
前任の負の遺産がここでも生きており、この本丸の経験値付与率は低い。
この本丸担当の職員が言うには、「真のブラックに比べたらマシですよ。だって+どころか−ですから。」らしいが、そもそも論外と比較されていること自体、こちらからしたらたまったものではない。
配属されて三月、地道な努力で零に近い付与率を徐々にではあるが改善している。
それでも順調に進んできた同業者らと比べれば、まだまだ先は長い。
何が嬉しくて審神者のレベルと付与率まで引き継がなければならないのかと内心不満に思っても、規則は規則。
ここで臍を曲げて仕事を放棄すれば前任と何ら変わりない。
それに、引継ぎに前任の尻拭いはつきものだと前職で嫌と言うほど学んでいる。
だから今は一番の踏ん張り時だ。
「そんなに構えたら相手の審神者も何事かと思うぜ。」
「構えているつもりはありません。」
「そうかい。そりゃ悪かった。いやなに、きみがあまりにも眉間に皺を寄せているからなあ。」
「私に構わず他の仲間に配慮していただけますか?」
「ああ、それなら三日月が世話してるぜ。」
「……あれは世話というより介護では?しかもされている方ですね。」
声をかけて来た鶴丸国永の視線を追えば、ふらふらと演練会場を逍遥する三日月宗近を和泉守兼定が捕まえている光景が見えた。
そして、三日月同様物珍しさでこちらも視線を慌ただしく動かしている鯰尾藤四郎に、落ち着いてほしいと宥めている前田藤四郎、我関せずで腕を組んで静観している大倶利伽羅。
幸い審神者としての総合的な力はそこそこあるらしく、複数いる同位体の中から自分の刀剣男士を見分けることができている。
担当職員に私の識別力は問題ないと言われていても、実際に自分の目で確かめてみないと不安があったので、安堵しているのはここだけの秘密だ。
「あなたまで徘徊されていたらどうしようかと思いました。」
「その時はきみが捕まえに走るのかい?」
「…審神者の情報共有サイトによると、審神者界隈では鶴丸国永を一同に集めると碌なことにならないとあります。この場にはあなたを含めて三振りいらっしゃいますね。」
「きみは俺より見ず知らずの人間が言う噂の方が信じられるって言うのかい?」
「あなたも真似してやんちゃをするのであれば信じることにします。」
まあのんびりとその羽を伸ばしている余裕が彼にはなかったのだろう。
どちらかと言えば主のお守で手一杯だったはずだ。
だからと言ってその鬱憤をここで晴らそうとはっちゃけられても困るのだが。
ちらりと上を見上げれば、当の彼は何やら神妙な顔つきで周囲を眺めている。
きっと新鮮な環境だらけで何だかんだ言っても興味が尽きないのだろう。
そう思っていると、途端何かに気づいたように視線を僅かに上に上げた…かと思えば、急にこちらへ視線を戻してきたではないか。
子どもが悪巧みを思いついたとでも言おうか、とにかくゆるりと両端の口角を上げキラキラと瞳を輝かせている。
嫌な予感がする。
「さて、そろそろ始まるみたいですね。」
「なあきみ。単に戦うだけでは面白みがない。一つ賭けをしよう。」
「手合せとはいえ真剣な勝負を前に言う台詞ではありませんね。」
「なら他の連中の意見も窺おうか。なあ伽羅坊。」
「…慣れ合うつもりはない。」
恐らく開始時間となって集まって来たのだろう。
唐突に巻き込まれた大倶利伽羅は、手合せ以外興味ないと仏頂面で視線を合わせようとしない。
遅れてやって来た残りの面子も、手を振りながら歓待する鶴丸国永に、何事かと首を傾げている。
ああ、もう。
お願いだからこれ以上の面倒は起こさないでほしい。
早く時間にならないかと時計を睨めていると、背後から聞き慣れない声が私を呼んだ。
「初めまして。」
「初めまして。」
つられて私も挨拶を返す。
恐らく彼女が初戦の演練相手なのだろう。
組み合わせの決め方は時によって違うらしく、くじだったり先着順だったりする。
知り合いもいないし、今回の演練は彼らに演練と言う場に慣れてもらうのが目的で、別に相手は誰でも構わないのだが、出来れば同レベルの部隊と手合せたいところだ。
私の審神者レベルの場合、通常であれば刀剣男士らがどの程度の力をつけているのかを知りたい。
けれど、残念ながら私の引きは変な所で悪いようで、目の前の彼女の落ち着いた所作や率いる刀剣男士の編成を見るに、この場唯一の上級者のようだ。
当たり障りのない自己紹介を済ませ、自分の部隊の元へ戻った私を待っていたのは、既に時効となっていたはずの賭け話だった。
「皆に話はつけたぜ。賭けをしようじゃないか。」
「賭けはしません。」
「えー。いいじゃないですか。俺、鶴丸さんの意見に賛成しまーす。」
「ですから…。」
「なんだ、賭けに負けるのが怖いのか?この前の意気地はどこに行ったんだよ。」
「そうやって煽っても私は乗りませんので、悪しからず。」
「まあ主や。賭け事の対象を聞くくらいはしてやってもいいだろう。」
「流石三日月さん。良いこといいますよねー。」
「はあ…聞いたら最後のような気がしてなりませんが。」
「実はだな、この演練で勝ったらきみには言葉を直してもらいたい。」
「あなた方に対する敬意が足りなかったのでしたら善処いたします。」
「あー、違う違う。むしろその逆ですよ。逆。」
「そういうことだ。何て言うんだったか?びじねすらいくもいいが、もう少しふらんくになってもいいんじゃねえか?」
「誰の受け売りですか、それは。」
「燭台切光忠殿です。」
「ああ、あの方ですか…。」
聞くとも言っていないのに、各々話し出すわこれ幸いに要求し出すわで、全く堪らない。
額を押さえて気持ちを落ち着かせようとしていると、これまた私が意図を理解していないと勘違いしたじじいこと三日月宗近が、補足だとばかりに口を開く。
「難しく考えなくても良いぞ。要は俺だけにしているようにすれば良い。そうすれば楽になる。」
「激しく誤解を受けるような言葉を敢えて選ばないでいただきたいのですが。」
「うんうん。無理をするのは良くないなあ。主はもっと自分に素直になればいい。」
「そうだぜ、主。ほら、試しにあっちの審神者のように喋ってみろよ。」
和泉守兼定が示した先には先程の審神者がいる。
世間話ついでに得た情報から推測するに、彼女の年は恐らく私と変わらないくらいだろう。
私もストレートでこの職に就いていたら、もしかしたら彼女の同期となっていたかもしれない。
私と彼女、近いのは年齢だけで、それ以外は皆異なる。
キャリアも成績も、そして彼らへの接し方も。
演練相手ということで左程離れていない距離にいるため、会話の内容こそ聞き取れないものの、凡その話し方は聞き取れた。
『堀川君、あっちに兼さんがいるからって見惚れたりしないでね。』
『酷いなあ主さん。いくら兼さんがかっこいいからと言って、手合せで気を抜くなんて真似しませんよ。あ、でも今は見ていてもいいですよね。』
『もう、うちにもいるでしょう?浮気するの?』
『人聞きの悪いこと言わないでください。兼さんに誤解されちゃうじゃないですか。』
『まったく、どっちの兼さんだか。』
どこにでもいる普通の審神者と刀剣男士のやりとり。
そう言い切ってしまえばそれまで。
要するに和泉守兼定を始め、彼らが言いたいのは無闇に畏まった物言いをするのではなく、彼女のような接し方で構わないということだろう。
勿論、刀剣男士に対して親しみより敬意を払う審神者は少なくはない。
末端とはいえ付喪神である彼らは、本来審神者よりも格が上。
それでも審神者に力添えしてくれるのは、彼らが刀剣の持ち主である審神者を主として認めているからこそのこと。
ああ、まったく。
演練に参加して終わるはずが面倒なことに巻き込まれた。
「で、どうだ?簡単だろ?」
「そういう問題でしょうか?」
反論しようと和泉守兼定が口を開きかけたところで、演練開始を告げるサイレンが会場に鳴り響く。
交渉時間が切れたことに内心ほっとするも束の間、「そんなら勝てば文句ねえだろ、勝てば!」と、去り際に捨て台詞を吐かれてしまった。
他の面々も彼の台詞に感化されたらしく、気合は上々。
そんな彼らと入れ違いに演練相手の審神者が、こちらにやって来る。
「随分と面白い話をされていましたね。」
「恥ずかしいところを見せてしまいすみません。」
「そんなわけないですよ。引継ぎが上手くいっている証拠じゃないですか。」
「だと良いですけど。なかなか難しいものですね。」
「みなさん個性が強いですから。」
「確かに。」
「でも、良いものですよ、仲間というのは。」
「仲間…ですか。」
視線は戦場と化した会場の中心にいる自分の部隊を見据えたまま、彼女の話に耳を傾ける。
「ここで言うのも憚れるんですけど、私、子どもの時に虐められて不登校になったことがあります。」
「そう…ですか。」
「学校に行けなくなった私に、両親は無理に行く必要がないって言ってくれました。でもやっぱりずっと引き籠っているのが嫌で、最後は学校に通ったんですけど。」
「大変でしたね。」
唐突に自分の暗い過去話をされ、困惑する私を余所に、彼女は視線を戦場へ向けたまま話を続ける。
「私が学校へ行けたのも、友だちのおかげなんです。その子が一緒に行こうって行ってくれなかったら、私は学校に行けなかった。いじめっ子は違う学年だったのもありますけど。」
「…それでも行くことを自分で決めたのなら、それは凄いことだと思いますが。」
「ありがとうございます。でも結局、その子とも違う大学に進学して、真っ白な人間関係を一から作ることになって、…怖かった。また虐められるんじゃないかって。だから極力人と関わらないようにしました。おかげで虐められることはなかったんですが、すごく息が詰まる大学生活を送っていたのかもしれません。」
「………。」
「そんな中、私に審神者の資質があることが分かって、就活を始める前にこの道を進むことを決めました。まあ最初は大学の時と同じようにつかず離れずの距離で彼らと接していたんですけど、ずっと本丸にいるわけだから素の自分を出せる場所がなくて、限界だった時、堀川くんが言ってくれたんです。『主さんは主さんのままでいいですよ。』って。なんだか全て見透かされていたみたいで、恥ずかしかったけど嬉しくもありました。」
「そうですか。」
延々と続く自分語りに最早どうしていいか分からず、肯定することしかできない私に、漸く我に返った彼女は慌てて視線をこちらに向けたらしい。
聞えてくる声がより近くに感じられて、私も仕方なく視線を彼らから彼女へ向ける。
最初から分かりきっていたことだが、戦況は劣勢。
制限時間にならずとももうじきこちらが敗北する。
格下の相手に多少なりとも合わせたと思われる彼女の部隊相手に、彼らは善戦したほうだろう。
いくら戦闘終了後は負傷がなかったことになるとはいえ、誰かが傷つくのを見るのは堪える。
それが人で非ざるモノであっても、見た目は人そのものなのだから、余計に。
「あの、ごめんなさい。私つい熱く語ってしまって…。」
「気にしないでください。そうしたいと思うことがあったんでしょう。」
「えっと、少し似てると思ったのでつい…。」
遠慮がちにそう口にした彼女に、私は眉を顰めた。
似ている?誰が、誰と…?
まさか―――。
「そんなに私は虚勢を張っているように見えますか?」
「え、あ、そういう訳では……。ただ、その…。」
否定しようと彼女の両手が忙しなく胸元で動くも、結局明確な言葉として紡ぐことが出来ずにいる時点で肯定ということなのだろう。
ここは気にするなと一言言えば済むことなのに、辛辣な物言いになってしまうということは、きっと図星だったのだろう。
見ず知らずの、それも初対面の相手に見透かされたのには、大人げないと分かっていても堪えるものがある。
けれどもここで感情的になって彼女に当たるのは、もっと大人げない。
これから先の仕事の人間関係にも差し障るとなれば、尚更良くない。
それに、初めて出会った、それも今後会うかも分からない仕事仲間に対して、わざわざ心を砕いてくれる人間はそういないのだから。
「すみません。どうも、事実を指摘されてしまったもので…恥ずかしい限りです。」
「いいえ、私の方こそ。不快にさせてしまいすみませんでした。」
「ご指摘、感謝します。」
「え、あの、私、そんなつもりじゃ…。」
軽く一礼すると、彼女は愈々慌てたようにおろおろと顔を左右に振って狼狽えてしまった。
もしかしたら、先程の発言が尾を引いて、嫌味のように聞こえたのかもしれない。
顔を上げてみれば、案の定、若干涙目な彼女と目が合った。
仕方ない。
ここはお人好しな彼女に倣って私も素直になろう。
「嫌味に聞こえたら謝ります。こういう耳に痛い注意や心配をしてくれる人はそういないから、有難いことだと思ってます。」
「え、あ、その…。」
「でも、やっぱり痛いものは痛かったですけどね。恥ずかしいったらありません。」
そう言っておどけたふうに肩を竦ませると、漸く彼女に笑顔が戻った。
頃良い具合に演練の勝敗を知らせる放送が入ると、私たちは互いに会釈をし、自分たちの部隊を労うべく彼らの元へ向かった。
試合には負けたが、不思議と私の心は軽く、気分が良い。
そのきっかけが対戦相手でありこの試合の勝者である彼女というのが、また面白い話だ。
「えへへ、すみません。負けちゃいました。」
「申し訳ありません。」
「お疲れ様。」
そういう割にはどこか満足そうな鯰尾に、労いの言葉をかける。
続いて残る面々も私のところへ戻って来た。
「あー…くそっ。あと少しだったのによ。」
「はっはっはっ、負けたなあ。」
「何楽しそうに言ってんだよ、じいさん。あんたが一番酷かったじゃねえか。」
「いやいや、すまんすまん。」
「まあいいじゃないか。なあ、伽羅坊。」
「俺に振るな。」
「とはいえ、賭けはなしになったからなあ。」
顎を撫でてこちらをちらりと一瞥する鶴丸に、私は内心ほくそ笑む。
今に見てろ、と。
「相手が上級者だった時点で賭けも何もあったものじゃないでしょう。そもそも私は賭けなどしないと言ったはず。」
「なんだ、もう少し労ってくれても罰は当たらねえだろ?」
「これでも私なりに労っているつもりなんですけどねえ。“いずみん”は手厳しい。」
「だからその態度が……ちょっと待て、今なんつった?」
「だからいずみんは手厳しい、と。」
「もしかしなくてもその間抜けな名前は俺のことか?」
「あれ?渾名で呼んでほしいのでは?」
「ブッ、いずみん。いずみんのかみさんですか!」
「違う、そうじゃねえ!ってこら鯰尾!何笑ってんだよ!」
「こりゃいい。じゃあ主、俺はどうだい?」
冗談に悪乗り…まさかふざけた渾名を所望されるとはあまり想定していなかったので、鶴丸に振られて私はふと思案する。
鶴、びっくり爺、あとは……ああ、そうだ、あれ、一昔、いや、大分前に流行ったような?
そう、あれだ。
もう面倒なのであれでいい。
「えっと、つ…鶴ピッピ?」
「「ブハッ!!!」」
いずみん以上に間の抜けた名前に、堪え切れず鯰尾と和泉守が盛大に噴出した。
かろうじて笑いを堪えているのは前田のみ。
大倶利伽羅でさえ、何かツボに嵌ったのか、声を押し殺せずに不自然に咳き込んでいる。
残る三日月はというと、「そうか。鶴ぴっぴかぁ。」と、何やら感慨深げに頷いている。
そして、当の名づけられた鶴丸は―――。
「きみ、それはないんじゃないか…。」
案の上、この渾名は不満のようだった。
まあ私も冗談で言ったのであって、常時これで呼んでくれと言われたら逆に困る。
「はい、冗談はここまで。もう一試合行くよ。野郎ども、準備はいい?」
「「!」」
そう言って近くにいた鶴丸と和泉守の背中を思いっきり叩き、二戦目の相手が待つ方へと歩き出す。
私の後を追うように背後から軽く走る音が聞えたかと思うと、右側から鯰尾が、左側から前田が、ひょいと顔を覗かせてきた。
「主君、あの…。」
「賭けはしないんじゃなかったんですかー?」
「ええ、してないよ。私とて鬼じゃないので、皆の頑張りには応えます。その代り…次の試合、分かってるよね?」
「はい、必ずやご期待に応えてみせます!」
「任せてください!先陣切って空気を掴んでぶん投げてみせますよ。」
「こらこら、俺のセリフを改悪しないでくれないか。」
「それじゃあ鯰尾が捨てた空気をあなたが拾えば万事解決で。」
「きみなあ…。」
背後から聞こえる溜息が聞えるが、それもまたよし。
抑えきれずに笑みが一段と深くなる。
こんなに清々しい気分になれたのは、もしかしたら転職して以来だと初めてかもしれない。
ふと、先程の審神者が言った言葉が脳裏に蘇る。
彼女は彼女のままでいい。
ならば私も私のままでいいのだろう。
うん、もうそれでいい。
「憑き物が落ちたような顔をしているなあ。」
「そうだね。吹っ切れたのかも。昔は昔、今は今。そもそも職場環境からして比較しようがないんだから、意固地になる必要もないしね。」
「おお、それはよきかな。して主や。俺は何と呼ばれるのだろうか?」
「ん?何の話?」
「月ぴっぴではちと語呂が悪いと思うのだが。」
「………。」
はたと足を止めて隣を見上げれば、にこにこと満面の笑みでこちらの言葉を待つ三日月。
ちょっと待て。
先程私はこの話は終わりと言ったはず。
なのに何故未だに話を持ち出すのだろうか。
更に視界を隣にずらせば、先程自身の渾名に異を唱えた鶴がいた。
…が、奴もまた先の冗談に関心があるのか、こちらの出方を至極楽しげに窺っている。
じいさん二振り相手に持久戦へ持ち込んだところで、結局演練が終わってからの延長戦となりそうだ。
きっとこのままだと先を行く鯰尾たちもこちらに気づいて戻って来る。
「おじいちゃんじゃ駄目?」
「じじいなのは鶴も一緒だぞ。」
「そうきたか。じゃあ……みかづき…みかちか、あー、みかち?」
「おお、みかちっちか!」
「なんでそうなる?」
「んん、違うか。みかっぴっぴだな。」
「だからぴっぴに拘り過ぎ。もうじいじでいいでしょ、じいじで。ね、鶴ぴっぴ。」
「そこできみがそれを言うのかい?」
「人を見世物にして笑いを堪えていた罰です。常に呼ばれたくないならこののほほんおじいちゃんを鯰尾たちのところへ連れて行って。」
「じじいがじいじの世話をするかあ。うん、老老介護というやつだな。」
はっはっはっ、と、呑気に笑う三日月に、こちらは何もしていないのに疲労でもうぐったりとなりそうだ。
ずきずきと頭痛を覚え出したところで、2回目の演練開始を告げるアナウンスが響き渡る。
左手で額を押さえながら、未だ傍にいる二振りへ他の刀たちのもとへ行くように右手をぞんざいに振って急かした。
「うん、では行ってくる。」
「任せてくれ。今度こそきみをあっと驚かせるような勝利をもたらそう。」
「はいはい。勝つことも大事だけど、折角の演練なんだから経験を積めるだけ積んできてください。」
「ああ、そうさせてもらうぜ。」
結局、この試合も惜敗という結果に終わったものの、非常に有意義な経験を得られたことだけは間違いなかった。
私にとっても彼らにとっても。
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