花の咲く場所6




ふわふわと心地よい微睡みの中、徐に閉ざした視界を開いて見れば、そこはなんてことはないいつもの執務室だった。
確か昨日は自室で眠りについたはずなのに、布団はおろか寝間着すら着替えていない状態とはこれ如何に。
ああ、まだ夢を見ているのかと納得していたのもほんの数分のこと、何かがおかしい。
夢にしては妙に現実味がある。

寝そべっている時や、起き上がり手に触れる畳の感触。
起きているときと寸分違わないくらいだから不思議でならない。
ゆっくりと起き上がり周囲を見渡せば、やはり見慣れた光景が視界に広がっている。
夢なら多少は朧気であることが多いのに、今はやけに再現度が高い。
現実と違うことと言えば、音が極端に少ないことだろうか。
日の高さを見るに、遅くとも誰かが起きて朝餉の支度を済ませているどころか、既に何らかの活動を行っていても良い頃合いだ。
それなのにこの異様な静けさは一体…。

違和感を覚え出すに従って、あれよあれよとそれは膨らんでいく。
そう言えばどことなく肌に感じる空気がいつもと違う。
なんと言って表現して良いのか分からないものの、こう研ぎ澄まされているというか、より清浄感溢れすぎていて落ち着かないというか。
あふれ出る違和感と不安を宥めるように、両手で二の腕を擦りながら外へと足を進めてみる。
恐る恐る縁側に出てみるも、景色は相変わらずいつもの景趣のまま、ただやはりおかしい。

音がない。
聞こえるはずの鳥の囀りや、せせらぎの音。
自然の音だけじゃない。
普段なら聞こえてくるはず誰かしらの騒ぎ声といった生活音もここにはない。
静寂がこれほどまでに怖いと感じたのはきっと初めてだ。


「おはよう、主」
「!」


今日初めて聞こえる誰かの、いや、知っている声。
安心出来るはずなのに、何故か不安ばかりが募る。
声のした方へとゆっくり体を向ければ、予想どおり、鶴丸が壁に背を預けたままこちらを見ていた。
自分以外の誰かの姿を確認してホッとしたいのに、今日に限って彼しかいないという事実が不安でしかない。

皆はどこ?
その一言が聞けずに黙っていると、沈黙を勝手に解釈した鶴丸が「ああ、そうか」とだけつぶやいた。
壁から背中を離し、空を見上げたまま右手でパチンと音を鳴らす。
途端、それまで聞こえなかった鳥の囀りが辺りから聞こえだした。
その不自然さに愈々旋律する。
ここは私の知っている本丸なんかじゃない。
本丸を模した何かだ。
なおも凍り付いた表情の私を見て、鶴丸は小首を傾げる素振りを見せる。
通常ならここであざといと軽口を叩いてたわいない雑談でもする流れになるが、今はそのあざとさが怖い。


「ん?なんだ、これはお気に召さなかったかい?」
「………」


そりゃ困ったとぼやいているが、どうみても困ったという顔ではない。
ほぼ無意識に彼との距離をとるように半歩足を下げると、それに目敏く気づかれて一歩、また一歩と逆に距離を詰められてしまう。


「“逃げる”のかい?」


スッと場の空気が急速に冷えたのを感じ、思わず身震いする。
正直怖くて鶴丸の顔を直視したくないが、目を逸らすのもまた怖い気持ちがあり、数秒の葛藤の後、後者を選んだ。
こちらとは真逆で射るような視線の鋭さに、改めて目が笑っていないことがこんなにも恐ろしいものなのかということを再確認させられた。
恐怖と逡巡で返答に窮しても、目の前の彼は答えないことを許してはくれそうにない。


「なぁに、時間はたっぷりあるんだ。今すぐに答えが出なくとも構わないぜ。どこぞのじいさんじゃないが、待つのは嫌いじゃない。長ければ長い分きみを独占できる。但し、“分からない”はナシだ」
「…分かった」


やっとのことで絞り出した言葉は、鶴丸の中で正解ではないが間違いでもないらしい。
ひとまず話が繋がったことに内心安堵するも、現状維持という状態なので安心は出来ない。

逃げるのか、と鶴丸は言った。
そもそも何から逃げると言うのか。
彼からか、それとも―――。

浮かんだのは昨日の出来事。
前に鶴丸と話したとおり、前職への未練がないわけではない。
むしろ執着があるからこそ、こうして未だに昨日の打診を引きずっているのだから。

ああ、きっと彼は気づいている。
だからこうして私に問いかけているのだ。
そして、私が答えを決めない限りここから出ることは出来ない。
さらに言うなら、選択肢次第では下手をすればずっとこのままということもあり得る。
つまりそういうことだろう。


「私は、逃げる気なんてない」


これは嘘じゃない。
どちらを選んでも選んだ先から逃げようとは思わない。
ただ、対象を曖昧に濁した答えのため、鶴丸にとって納得できる答えではないらしく、軽く肩をすくめただけだった。


「成程。それじゃあ聞くが、きみは一体何から逃げないというんだ?俺からか?それともこの本丸からか?それとも…他の何かからか」
「それは…」


途端言葉を失って固まる私に構うことなく鶴丸は、静かにそして確実に距離を詰めてくる。
本当は彼が近づいてくる度に後ろへ下がりたくて仕方がないが、それでは彼から逃げることになる。
あやふやな答えの代償がこれだ。
微動だにせず身を強張らせていると、あと一歩の距離を残して鶴丸の足が止まる。
僅かな距離ではあるものの、身長差から彼の顔を見るにはこちらが見上げなくてはならない。
すると、目の前に両腕が伸びてきたかと思えば、両頬に触れる温かい熱を感じた。
それが誰のものであるかなど愚問に等しいのだが、思考の処理が現実に追いついてくれなくて、反応を返すことが出来ない。


「なあ、きみ」


なすがまま顔を上へ上げられると、否応なしに金の瞳と目が合った。
驚いたことに、こちらが恐れていたような冷たく人の心を凍らせるような色はなく、あるのは真逆のものだった。
同じ色のはずなのに、温かく、見ているこちらも蕩けそうになるくらい甘い。
一体どうして鶴丸はこんな…分からない、いや、違う。
分かろうとしなかっただけ。
そう言えば、と、思い返せば思い当たる節があれもこれもと浮かんでくる。
ああ、あれはそういう意味で捉えて良かったのか。

脳内で過去のやりとりの答え合わせをしているうちに、先程感じていた恐怖が嘘のように霧散し、今度は困惑と羞恥が私を襲う。
金の瞳に映る自分が間抜けな顔をしていて、もう出来ることなら目を逸らしたい。
そんな私の心情など意に介さず、鶴丸はゆっくり再び口を開いて私に言い聞かせるように話し始める。


「俺に教えてくれないか?きみの本当の気持ちを。きみはどこで咲きたいんだ?」
「私は……」
「きみが迷っているのは分かる。悪いがそれを黙って見守ってやることはできない。俺たちには…いいや、俺にはきみが必要だ。きみでなきゃ意味がない」
「私よりも刺激的な後任が来るかもしれないのに?」


雰囲気に甘えてつい可愛くない言葉が口から出ると同時に、最初の緊張はどうしたんだと自分でも都合の良さに呆れてくる。
どちらにしても、これでもう私が何で迷っているのかは実まで言わずとも確定的だ。
それでも鶴丸は何も咎めない。


「言っただろ。きみがいいんだ。今更きみを失うなんて、まっぴらごめんだ。あの本丸に新しい風を送り込んでくれたのは他ならないきみなんだぜ。単なる一時のもので終わらせないでくれ」
「私はやれるだけのことをやっただけ」
「ああ、そうだな。きみはそう言うだろうな。だからそのきみがやれるだけのことをこれからもやってくれないか。俺と一緒に。きみとのやりとりはいつも驚きがある。こう言ったらどう切り返してくるのかを考えるだけでも心が躍るし、きみが思わぬ反応をみせるものなら、そうきたかとまた心が弾む。どちらに転んでも俺を驚かせる」
「私は驚き発生装置とでも?驚き時限爆弾もいいとろころじゃない」
「ああ、いつもの調子になってきたな。それでこそきみだぜ」
「そもそもこんな場所に連れてきて本音を言えとか無理」
「いいや、現にきみはいつものきみだ。だからこれからのこともきみらしく判断できる。そうだろう?」
「それは…」
「なあ、さっき言ったことは嘘偽りない俺の気持ちだ。きみがそれを疑うなら俺は何度だって言うぜ。生憎俺は諦めが悪い。そうでなけりゃこんなことしないし、そもそもきみがやって来る前に本霊に還っているさ」
「だろうね」
「だから、なあ―――」


絆されてくれないか?
耳元で囁かれたその一言に、不覚にも私はぐらりと心動かされた。
ああ、本当に、彼はもう……。
頬に触れられていなければ顔を隠して蹲りたかった。
だって、ずるいじゃないか、こんな状況下でその台詞は。


「あのさ、さっき人に言ったことと矛盾してない?」
「そうだな。きみの言うとおりだ。だがこれも俺の本心だ。我が儘と言ってもいい」
「流石、神様は我が儘でいらっしゃる」
「これでも十分譲歩しているつもりなんだがな」


それはそうだろう。
付喪神といえども神の末端にいる存在だ。
己よりも格下な人の力になってくれるだけでもありがたいというもの。
そして、このような事態になっても、私が私のまま話せること自体、鶴丸が私に甘いということだろう。
甘いという意味は、人の子に対する愛情からか、はたまた別の愛情からか。
なおもこちらに注ぐ視線や熱を孕んだ瞳、向けられる表情から、答えは一目瞭然だ。
それでも頑なに流されまいと抵抗しているあたり、私が私たる所以だろうか。
情だけで何事も上手くいくわけじゃないのは、ここに来る前から嫌というほど分かってる。
けれども、逆にその情で何とかなるということも。
そう思ったら不思議と笑みがこぼれてきた。
その笑みを鶴丸がどうとらえたのか分からないが、ぐいっと更に顔を近づけたかと思えば、額と額をくっつかせてきた。


「なかなか強情だな。流石きみだ」
「お褒めにあずかり光栄です。あと、近い」


鶴丸の両手が塞がっているのをいいことに、予防の意味も兼ねてその口を両手で塞いでやる。
方や両頬、方や口。
互いに捕まえ、塞いでいるこの光景は、誰かが見たらさぞ奇妙に映るはず。
想像したら思わず笑いがこみ上げるも、眼前の鶴丸の眉が若干顰められたので、これ以上はいけない。
気を取り直して深呼吸をした後、私は自分自身に確認をとるようにゆっくり話し出す。


「私は逃げないし、逃げたくない。でもどちらかを選べばどちらから逃げることになる。要は言い方の問題でもあるけど。だから選ぶことにする」
「………」
「正直元の居場所に未練はあるよ。向いてないって言われようとも、居たかった場所だし。そりゃ戻れるとなったら迷うに決まってる。今更何だ、都合良すぎっていう怒りもある」
「………」
「だけど戻れるからって今までのことを綺麗さっぱり忘れることなんて出来ない。それこそ論外。本丸での出来事は、私の血となり肉となった大事な経験だから、なかったことになんてさせない」
「………」
「要するに、今の仕事を、皆を捨ててまで戻る気にはならないってこと。それこそ私の中での逃げになるから」


話していく内に至近距離にある目がハッと大きく見開かれたかと思えば、次第にゆるりと細められた。
それまで塞いでいた鶴丸の口をそっと解放すると、眼同様柔らかな弧を描いた口元が現れる。
ついでに近すぎる距離をとろうとした途端、頬を捕らえる両手に力が籠もるのを感じた。
これまでの学習能力に基づいた私の無意識の行動力は速かった。
火事場の馬鹿力ならぬ馬鹿機動とでも言うのかもしれない。
ぐぐぐっと、それ以上させるかという明確な意思をもって己の利き手で奴の顎元を思いっきり押し返す。


「き、み、な、あ。そりゃ…な、い、だろ!」
「いやいやいや、あ、り、でしょ。ほら、引いて無理なら押してみろって」
「――っは。俺の知っている台詞と違うんだが。全くきみってやつは…少しくらい流されてもいいじゃないか」
「今の流れは逆らわないと私じゃないと思う。そう思わない?」
「今回ばかりは全力で否定したい気がするぜ…。まあそれでこそ俺が惚れたきみなんだが」
「ド直球の告白をどうも。つくづく甘いよね、鶴丸って」
「やれやれ、とんだ確信犯もいたもんだぜ。少しは素直になってくれてもいいじゃないか」
「何分天邪鬼なもので。それを含めて私でしょ?」
「ははっ、違いない。だけどなぁ、このままで済ますつもりは毛頭ないぜ」


覚悟しておくんだな、と、耳元で囁かれたものだからたまったものではない。
結局逃げ切れそうにないと心の中で苦笑する。
何だかんだで彼に言われる前から絆されているのだ。
悔しいからそのことは当分言わないでおこうと、緩む口元を戒めるようにギュッと引き結ぶ。


「さて、答えも出たんだ。帰るとしよう。さあきみ、どこに帰りたい?」
「今更すぎない?皆のいる本丸に決まってるでしょ」
「すまんすまん、まあ人間窮地に追い込まれれると本音が出るだろ?なあ、“三日月”」
「は?」
「はっはっはっ」


突然出てきた三日月宗近。
いや、名だけではなく本刀様自らも姿を現したもんだから、驚く以外ない。
流石にあんぐりと口を開いて(ついでに言えば目も見開いている)、ひょっこり執務室の角から顔を出した三日月を凝視する。


「いやはや一時はどうなることかと思ったが、うむ、万事解決だな。しかし、鶴や、お前も懲りないものだな。主が許してもこの俺の目が黒いうちは…うん?目が黒くない場合はどういうのだ?」
「君なあ。大人しく我慢したこっちを労ってほしいもんだが。毎度毎度、君らの面前で求愛する羽目になる俺の実にもなってくれ」
「自業自得というやつだな。それに、労うべきは主だろう。紛い物とは言え、神二柱の創った空間で頑張ったのだ。流石俺たちの主だ。俺は鼻が高いぞ。ああ、そうだ。ちなみにこの件の発案者は鶴丸だ。俺は少しばかり力を貸したにすぎん」


やられた、やりやがった、この付喪神!いやクソジジイども!
怒鳴りつけてやりたいところだが、今はこの疑似神域から出してもらう方が先だ。
目を閉じて一旦深呼吸の後、震える肩を抑えながら二振りに向けてさっさと帰らせろと圧をかけようとしたら―――。


「あれ?」


ふいに鼻腔をくすぐる朝餉の香り。
刹那の瞬きとまではいかないものの、気づけばいつもの本丸に戻ってきていた。
おかげで怒りを発散するタイミングを見失ってしまったではないか。
ともあれ、戻ってこられて良かったと体の方でも安堵したのか、忘れていたとばかりに腹の虫が威勢良く鳴り響いた。
もう、勘弁してほしい。


「ああ、そうだな。そろそろ朝餉の時間だ」
「おお、そうであったな。いやいや、一仕事終えてからの食事は格別だなあ。なあ、主や。今日の朝餉は何だろうなあ」
「……鶴の丸焼き。ついでに月を添えてほしい」
「そうきたか。どちらかと言えば食われるよりも食う方がいいんだが。まあきみに食べられるなら悪くはないか」
「そうかそうか。では主の隣で食べることにしよう。いやあ嬉しいなあ」
「ああもう……………っ、趣味悪い。食べればいいんでしょ、“食べれば”」


唐突に鶴丸の胸ぐらを掴んでぐいっと強引に目の前へ引き寄せた。
珍しくキョトンとした金の瞳に映る私の目は、多分据わってる。
きっといろいろありすぎて疲れていたんだと思う。
早まりすぎだと脳内の理性が指摘するも、うるさいこっちはやられっぱなしで我慢の限界だと感情が殴り返す。
どうせ遅かれ早かれこうなるんだ、今したって変わりない。


「ざまあ見ろ伊達男」


触れただけの唇を離し、ハッと吐き捨てるように言うと、私は今度こそ二振りに目もくれず食堂へと歩き出す。


「おお、誠に鶴のようだなあ…」


背後から聞こえた三日月の声に、一人ほくそ笑む。
さてと、これからいろいろと忙しくなるから気を引き締めなくては。
背伸びをしてふと視界に映ったのは、庭にある桜の木。
どこからでも目にすることができるように配置されたその木は、季節の設定上花を咲かせる時期ではない。
それなのに、一瞬、ほんの一瞬だけはらりと花を散らせたように見えたのは、きっと私の気のせいだろう。



*****



「行ったな」


スタスタとこちらを振り返ることなく去って行った審神者に、三日月は一人つぶやいた。
彼の目の前の鶴はと言えば、また漸く落ち着きを取り戻し、居たたまれなさに後頭部を軽く掻いている。
相談があると鶴丸に言われたのは、三日月が風呂から上がった頃のこと。
待ち構えていたらしい彼の口から飛び出た提案に、条件付きで応諾した。
条件というのは単純で、主の精神及び身体に支障を加えないこと、そして、彼女の刀剣男士として己がいられること。
その条件が満たされているのであれば、結果がどうであれ三日月自身は断る義理はない。
それでも、一応聞くだけは聞いてみるかという気持ちで三日月は問いかけた。


「して鶴丸、もし主が元の居場所に帰りたいと言ったらどうした?」
「ああそうだな。俺だけなら“ツイテ行く”ぜ。だが君もとなるとなあ…あの場でまとめて仲良く本丸暮らしぐらいか?」
「成程、どちらにしても主なしでは在る気がないということだな。俺もお前も」
「そういうことだ」
「主が聞いたら『勝手に取り憑くな爺ども!』とでも言うだろうなあ。現世ではなんと言ったか、うむ、ヤンダレか」
「微妙に惜しい上にあながち間違っていないのが驚きだな」


言葉とは裏腹に然程感嘆の意を示さない鶴丸に、三日月はさして気にするまでもなくからからと笑う。
釣られて今度は鶴丸もまた口元を僅かにつり上げた。


「まあいいじゃないか。彼女は残るし、俺とも番う。目出度い話だ」
「はて、俺は主との仲を了承した記憶はないぞ?」
「おいおい、そりゃないぜ。いい加減認めてくれたっていいだろう」
「いやいや、まだまだ。道のりは険しいものだと思わんとなあ。例えば―――」


三日月の視線の先には目をつり上げてこちらへ迫ってくる蜂須賀虎徹の姿があった。
他にも彼に続く形で長谷部に前田にと、審神者への忠誠心が高い刀たちが駆けつけてくる。
大方食堂にて居合わせた審神者から事情を聞いたのだろう。
朝餉にありつく前に始まるであろう尋問を想起し、鶴丸はそれまで描いていた笑みのまま固まった。


「というわけだ。事情説明は任せたぞ」


三日月はそれ言うと、満足したように硬直したままの鶴丸を置いて自身もまた朝餉をとるべく食堂へと向かう。
もちろん、尋問部隊とのすれ違いざまに説明責任は鶴丸に任せてある旨をしれっと伝えるのを忘れない。
日頃の行いか、はたまた近頃の素行の問題か、蜂須賀虎徹らがそれ以上三日月に構うことはなかった。

これでよし、と、三日月は満足げに頷くと、先程去って行った審神者同様庭の桜の木に目を向ける。
季節違いのため、そこに花咲くことはない。
それでも来年の春にはきっと満開の花を咲かせることだろう。

どこで咲きたいのか。
鶴丸は審神者に問いかけていたのを三日月は思い出す。
最終的に審神者は自ら咲く場所を本丸と決め、それに鶴が応える形になった。
鶴の在った場所に花が咲いたのか、花の咲いた場所に鶴が在ったのか、三日月は分からない。
いずれにせよこれで彼女はしっかりと根を張ることになるのだろう。


「よきかなよきかな」


そう言うと、三日月は一人、この場に居ない彼女らの代わりに目の前にある桜の木へと微笑みかけた。




【完】


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