現実は電脳世界よりも奇なり
【注意事項】
*政府職員が主人公ですが、便宜上くりさに。(名前は出てきません。)
*個体差あり、それなりに馴れ合います。口調が時折迷子。
*夢要素ありありですが、キャラ設定濃いかもしれません。
*主人公だけではなく審神者の個性もそれなりにあります。
以上をご確認の上、苦手な方は閲覧せずにお戻りください。
****************
それは本当に唐突だった。
「企画…ですか?」
「ああ、そうだ。先日、君も聞いていたよね?例の某議員の要望を」
「…………」
上司の言葉を頼りに遠くない過去の記憶を呼び覚ます。
確か何かしらの委員会での対応に追われていた時のことだろう。
だろうというのは、私自身が当事者ではなかったため、記憶が朧気ということだった。
議会対応は平ではなく役職者の仕事であり、入省五年目の人間である私は平の平。
当然内容も仕事の傍らで漏れ聞こえてきたくらいしか知らない。
その聞きかじりの記憶では、実践を踏まえた何らの研修をどうのこうの…まあよくある漠然とした丸投げ提案だった気がする。
そして、上から振られた問題を上は更に下へと丸投げる…ということだろうか。
白羽の矢がたったのが、たまたま近くの席だった私、と…。
導き出された結論に、段々頭が痛くなる。
「申し訳ありませんが、私では荷が重いような気がするのですが…」
「いやいや、大丈夫大丈夫。ほら、今後のステップアップだと思って気軽に取り組めばいいよ。こういうのはやることに意味があるからね。ああでも一応提案者が納得されるぐらいのものにはしてほしいけど」
「…………」
いやいやいや、言っていることが矛盾していますよね?…とは、流石に言葉に出来なかった。
無茶ぶりにもほどがあると、視線を左右にさまよわせるも、悲しいかな、今の私に視線を合わせてくれる上司や同僚はいない。
終わった。いろんな意味で。
呆然とする私に同意するように、目の前の上司は云々と頷いている。
同意してくれるのならあなたが担当してくれよと思うも、する気がない、そもそも投げる気満々なのだからどうしようもない。
「勿論一人でとは言わないから。だから大丈夫だよ」
一連の経緯からして目の前の男の大丈夫は当てになりそうもない。
とはいえ、一人ではないということに安心感を覚えるのもまた事実だ。
周囲の反応からして、うちの課の人間ではないことは予想がつく。
では一体誰なのか。
恐る恐る聞いたところ、上司の口から発せられた言葉に「は?」という間抜けな声が漏れた。
「防衛政策課…ですか?」
「そう。防衛政策課討伐第三G」
さらりと再報告された所属にくらりと目眩がした。
防衛政策課、しかも討伐グループ。
どうみても政府直属の討伐部隊以外の何物でもない。
そして、その相手というのがまさかまさかの―――。
「おお…くり、から?」
「大倶利伽羅だよ。打刀の」
な・ん・で・だ・よ!!!!!!
人選ミス、いいや、刀選ミスにもほどがあるだろと絶句していると、何を勘違いしたのか上司はにこにこと人当たりの良い笑みを浮かべたまま、「心配ないよ。彼、レベル上限に達しみたいだから」など、全くもって何の心配なのか分からない上、斜め上のフォローを入れてきた。
絶望に打ち震える私に更なる追い打ちをかけるように上司は言う。
「修行に行くまでの間の中休みに丁度いいって隊を総括する審神者も言っていたしね」
「………」
果たしてそこに当事者である彼の意思は介在していたのだろうか。甚だ疑問だ。
そして、いろいろと知らされるにつけ、いっそ一人で頑張った方が精神衛生上幾分かマシなのではないかという結論に行き着いてしまう。
呆然と立ち尽くす私を余所に、言うべきことを言い終えた上司は、それはもうやりきったという達成感でいっぱいの笑顔を浮かべていた。殴りたい、その笑顔。それはもう全力で。
それがつい数時間前の出来事である。
今はと言えば――――。
「……………」
「……………」
小さな会議室で件の相手と向かいあうこと数分。
無言の沈黙が痛くて早くも内心泣きそうだった。
目の前の彼は、上司との対面が終わる頃合いを見計らったかのように訪れた。
そして、当事者が口を開くより先に、丸投げした上司が「それじゃあ後は任せたよ。打ち合わせは会議室でやっていいから」と、勝手に言い放ってくれたものだから、双方何も異を唱えることなくこうしてずるずるとここにいるわけだが…。
いい加減何とかしなくてはと思うも、その何とかをしようと意識すればするほど、ドツボにはまって良い案が浮かばない。
しかし、ここはやはり自己紹介から始めるべきだろうか。
「えっと…初めまして。私は総務課人事グループに所属する者です」
「知っている」
「あ、そうですか…そうですよね、すみません」
これは出だしから事故ったのかもしれない。
いやでも会話の流れとしては悪く…いや、相手が分からなすぎて悪いのかどうかすら分からない。
貼り付けた笑みが引きつりそうになるのを必死に堪えつつ、相手の言葉を待つ。
普通こちらが自己紹介(?)をしたのだから、恐らく向こうもそれなりに応えてくれるはず。
事故っていなければ。
さながら試験の合否を待つような心地でいると、努力が無事実ったらしい。
一呼吸置いた後、目の前の相手は徐に口を開いた。
「大倶利伽羅だ。政府の討伐部隊に所属している」
「ええ、存じております」
「だろうな」
「これからよろしくお願いいたします」
「馴れ合うつもりはない」
……でしょうね。知ってる。分かってる。
分かっているからせめて仕事は助けてほしい。
それを彼に面と向かって言えるほどの度胸がないので、ぐぐぐっと喉元で言葉を押し込める。
これはもう最悪一人で頑張ればいいくらいの覚悟を持たなければならないのかもしれない。
悲壮感を覚え始めて天井を仰ぐ私に、思うところがあったのか、小さな溜息が聞こえた。
「言っておくが、だからといって手を抜くつもりはない」
「え、あ、はい?」
それはつまりこの仕事は仕事として引き受けてくれるということだろうか。
恐る恐る伺うような視線を向ければ、またも小さく溜息をつかれた。
いや、溜息じゃなくて言葉にしてほしい。
大倶利伽羅という刀の大凡の性格は政府のデータベース上で把握しているものの、そもそもあくまで把握しているだけで解ってはいないし、加えて個体差というものがある。
要するに、お互い初対面であるからもう少し言葉のキャッチボールを…いやそれを私が言葉に出来たら苦労はしないんだっけ。
結局、お互いの自己紹介(?)と連絡方法を取り決めるだけで初日は終わってしまった。
*****
「疲れた…」
帰宅早々口に出た言葉がそれである。
いやもう本当に今日一日で一週間分の仕事をした心地になったのだから、仕方がない。
そんな現実から逃避するようにふらふらとリビングまで足を運ぶ。
買い込んできた夕食をテーブルに置いて食べながらするのは、アクションゲーム。
元々ゲーム自体を好き好んでプレイしていたこともあり、自宅には家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機も完備している。
残念ながら職場で昼休みに携帯機を持ち出して堂々とプレイ出来るほど周囲にカミングアウトをしていないため、プレイ時間はここ最近減る一方だ。
とはいえ、数少ないストレス解消法の一つなので、今日みたいな日は自分への頑張ったご褒美として手放せずにいる。
基本的にソロプレイ専門だが、今プレイしているものはマルチ限定のイベントアイテムがあったりする。
そうした時に限って渋々オンライン参加するものの、交流する気は更々ないため、極力自分と同じ趣向の相手を探して組んでいる。
恐らく類は友を呼ぶのだろう。
何回かイベントで参加しているうちに、組む仲間は大体同じ面子になっている。
確か今日から復刻イベントが始まったはず。
新しい仕事が始まったばかりなので今回は積極的に参加できそうにないが、それでも顔を出すくらいはしてみよう。
「あ、いたいた」
自分のアバターの先にいるとある人物。
標準的な男性のアバターで得物は日本刀。
常連とまではいかないが、それなりに出くわしている相手だ。
大体自分と同じくらいの参加頻度であったため、割と記憶に残っている。
相手も交流を望んでいるというよりは、こちらと同じようにイベントでしか手に入らないアイテム目当てという具合だった。
だから余計な会話を考えなくて済んでいるという、私にとっても非常にありがたい存在である。
とはいえ最低限の挨拶くらいは流石にお互いすることはする。
ぺこりとアバターにお辞儀をさせると、こちらに気づいた相手もまた手をひらひらと上げてくれた。
「さて、今日はどこで鬼退治としますかねー」
夕飯を咀嚼しながら狩り場を模索していると、目の前の相手が徐に歩き出した。
…かと思えば、数歩ほど歩いてこちらを振り向いて止まっている。
「ん?ついてこいってこと?」
試しに相手の元へ歩み寄ると、案の定相手は再びスタスタと歩き始めた。
行き着いたのは戦国時代を模したとある戦場。
対象イベントのマップで、編成条件は二人限定だったような。
成程、相手の目的はこれだったのか。
「了解了解。微力ながら付き合わせていただきまーす」
聞こえるわけでもない独り言を零しながら、アバターに敬礼をさせる。
さて、長い夜になりそうだ。
*****
翌朝、突き刺さる日射しに目を顰めつつ出社したところ、見計らったかのようにスマホの着信が鳴った。
夜更かしして鈍っている聴覚には些か響く電子音に耳を塞ぎ、目を細めて画面を見ると、そこには昨日登録したばかりの相手の名前があった。
ごくりと唾を飲み込んでから、恐る恐る通信アプリを起動すると、『10:00に東棟3階301会議室』という、なんともまあ簡潔な文面だった。
東棟は確か彼が所属する討伐部隊がある棟だ。
あまり縁がない場所だけにそれだけで一気に気が重くなる。
昨夜あれだけ気持ちよくストレス解消したのが嘘のようだ。
そう、昨夜。自制しようと思ったくせについ夢中になってしまい、日付が変わる頃まで相手に付き合ってしまった。
自分から別れを告げるつもりが、逆に相手に遅いから寝ろという合図をもらってしまう始末である。
遅いと言っても重度の廃人からすればまだ夜は始まったばかりの時間だから、相手はきっとそれなりに節度を持ったまともなプレーヤーなのだろう。
少なくともストレスレベルに比例して、ずるずると続けてしまいがちな私に制止をかける程度には。
学生にしては何となく落ち着きすぎているから、きっと社会人だろうか。
いずれにしても今後ともパーティーを組みたい相手であることは間違いない。
そんなことを考えながら今後のスケジュールを思考していたら、約束の時間はあっという間に近づいていた。
グル−プの班員に別件での打ち合わせの旨を告げ、重い腰を上げて集合場所へと足を運ぶ。
一応集合時刻の十分前を目安に課を出たものの、部屋のドアを開けると相手は既に椅子に座って待機しているではないか。
ああ、先に待つつもりだったのに、何故か気まずい。
「遅れて申し訳ございません。もう少し早く出るべきでした」
勝手に感じた気まずさから、ついうっかり謝罪の言葉を口にしてしまう。
すると彼は壁にかかった時計を一瞥した後、私へ視線を改めて戻した。
「必要ない。俺が早く着いた。それだけだ」
「さようですか…」
まあ距離的に近いからそうだろうなと一人自己完結させると、いい加減突っ立っていないでさっさと座れと視線で促された。
「先に確認させていただきますが、今日は何時まで時間をいただけるのでしょうか?」
「…午後三時までなら支障はない」
「承知しました」
なんともまあ微妙な時間だが、きっとその後は出陣があるのだろう。
企画立案に協力すると言っても、お互いそれにかかりっきりというわけではない。
私は私で通常業務があるし、彼は彼で本来の仕事がある。
どちらかと言えば私の方が時間の調整がきくので、これからも打ち合わせの時間指定は彼に任せることになるだろう。
それに立場上こちら主導での案件であって、防衛政策課はあくまで協力という立場にある。
ある意味善意でうちの課に付き合ってくれるのだから、感謝こそすれ文句は言えない。
しかし、それにしても刀選は一体誰がどうしたのやら。
相手が相手だったので興味本位で聞きたいところだが、これもまた相手が相手故に聞きづらい。
これがもう少し雑談が得意なタイプなら、世間話のついでにさらりと質問できるものの、生憎私もどちらかと言えば自分から話を振るより振られた話を返す方が好きな部類のため、致し方ない。
そしてなにより仕事をする時間がほしい。
それは彼も同じようで、雑談など知ったことかと単刀直入に仕事の話題を切り出した。
「それで、今日はどうするつもりだ?」
「そうですね。とりあえず全体のスケジュールを確定しようかと。その後で案件の概要説明と大まかな方向性などを考えていくつもりです。何か問題がありましたら、ご指摘いただけると大変ありがたいのですが、如何でしょうか?」
何分企画立案なんてこれまで一度もやったことがない人間だ。
ゼネラリストと言えば聞こえは良いが、数年で門外漢の部署へ飛ばされ続ける渡り鳥。
体力気力に溢れた人間ならいざ知らず、こちらは体力気力ともステータスは低い。
低いからといって出来ませんとはもう言えない。
だから低いなりに努力しなければならないのだから、そりゃもうたまったもんじゃない。
後々になって冷静に考えれば、そもそも人員足りなさすぎるだろと文句を言いたい。
ふつふつと湧き上がってくる不満に怒りで肩を震わせたくなった頃、目の前の彼がぽつりと何かを零した。
「あんた、普段はそんな感じなのか?」
「普段…と言いますと?」
「俺はあんたの客じゃない。上司でもない」
「ええ、おっしゃるとおりです」
何が言いたいのかさっぱり解らない。
客でもなければ上司でもない。
では一体何なのか。
同僚と呼ぶには些か立場が違い過ぎる。
相手は刀剣男士、付喪神。
こちらは単なる政府の役人。
昨日は突然のことすぎて戸惑っていたから、つい隣の課の同僚と話すノリが出てしまっただけで、よく考えたら神様相手に失礼過ぎたと反省している。
本丸で陣頭指揮をとる審神者や討伐部隊をまとめる職員、鍛刀や手入れ専門の審神者と違って、人事G、しかも平の私では刀剣男士様とあまり接点はない。
なさすぎたから今どうするのが最適解なのかさっぱり検討がつかなかった。
固まったまま声を出せずにいた私に痺れを切らしたらしい。
本日一度目(になるだろう)溜息をつかれてしまった。
「人事権を持つ相手の方が立場上有利だろう」
「ですがそれはあくまで人の枠組みであって、あなた方刀剣男士様に当てはまるかはまた別問題ではありませんか?」
「どうであれ政府に身を置く立場だ。その辺りに違いはない」
「それは…」
「……あんた、仕事振りの割に察しが悪いな」
早々に二度目の溜息とともに入る駄目出し。
最早ありがとうございますご褒美ですとでも言えばいいのか。いや、そんな趣味はないが。
そもそも仕事振りって言われたが、会って間もない相手の仕事の出来をどう計れるのやら。
自分の中で、ここにはいない上司に対する苛立ちから、目の前の話が読めない神様へと不満がシフトしていくのが解る。
怒らない、怒らない。相手は神様。刀剣男士様。
机の下で無意識に握りしめていた拳がフルフルと震える。
その震えを一瞬で霧散させたのは、当の元凶である神様だった。
「気負って疲れていたら仕事にならないだろう」
「あ……」
「あんたが俺をどう扱うかは知ったことじゃない…が、要らん気遣いで勝手に疲弊されたらたまったもんじゃない」
「そのようなつもりは――」
「ならその目はなんだ?昨日会った時はもう少しマシな顔色だったが」
「………」
それは言えない。言えやしない。
ストレス解消でついうっかりゲームで夜更かししましたなんて。
無様すぎるし、社会人失格だとそれこそ呆れられる。
先程の怒りは吹っ飛んで、今は嫌な冷や汗がだらだらと背中を伝う。
「お、お気遣いありがとうございます。ですが大倶利伽羅様がお気になさることはございません」
「あんた、俺がさっき言ったことをもう忘れたのか?」
暗に馬鹿なのかと問われた気がするのは、気のせいだろうか。
いや、覚えてますとも。しっかりと。
けれどもこちらだって言い分がある。
「確かに気疲れで仕事にならないのでは話になりませんが、流石に課内の同僚と接するように刀剣男士様に接する訳には…」
「似たようなものだろ」
「同僚と、ですか…」
それはない。
と、断言出来れば良いが、したら最後、眉間の皺が一層深まりそうだ。
いやだって、普通に考えて審神者でもない人間が気軽に接していいものなのかなんて分からない。
分からない世界にいたのだから、同僚に話すようにって無理があ……ん、ちょっと待て。
そこで改めて目の前の神様が告げた言葉を反芻する。
つまり――――。
「気を遣いすぎて疲れるくらいなら、必要以上に畏まらなくて良いということですか?」
内心ヒヤヒヤしながらの回答だったが、返ってきた溜息は、やっと話が通じたかという肯定的なものだった(と思う)。
何とか察することが出来たけど、言ってはアレだが、回りくどい言い方にもほどがある。言わないけど。
「馴れ合うつもりはないが、手を抜くつもりもない」
「仕事がより円滑に行うには、私の気疲れは非効率ということですね」
「時間が惜しいんだろ。さっさと始めるぞ」
言いたいことを言い終えると、大倶利伽羅様は私が机に置いた書類を手に取り目を通し始めた。
あ、宣言どおり仕事は手伝ってくれるのか。
安心したのも束の間、我に返った私にふとある疑問が過ぎる。
「あの、一つよろしい……いいですか?」
「なんだ?」
「“様”ってつけた方がいいですか?それとも“さん”?」
「…………」
我ながら間の抜けた問いかけだったという自覚はある。
緊張の糸が切れてつい口から出てしまったのだからしょうがない。
いやでも同僚に様ってつけないし、けど相手は神様だし。
いきなり「大倶利伽羅さん」なんて呼んで、「馴れ合うな」とか分をわきまえろとか言われたら困るし。
敬称は大事なことだとは思う。少なくとも私には。
脳内で言い訳じみたことを考えていたら、やはり今回も溜息をつかれてしまった。
呆れなのか何なのか、偶々気まずくて顔を見ていなかったからその真意は分からない。
分からないので続く言葉を待っていると、「好きにしろ」とだけ言われた。
うん、これは一番困る答えだ。
試されているのかと思ったが、彼が最初に言いたかった趣旨を優先しよう。
私のことだ。中途半端に気を緩めれば口調が砕けてしまう。
それならこちらが言いやすいように言えばいい。
折角の神様の善意を無碍にするほど馬鹿真面目ではないのだから。
「では改めて。よろしくお願いします。大倶利伽羅さん」
「…馴れ合うつもりはない」
「はい。仕事に協力していただければそれだけで十分です」
差し出した手はとってもらえなかったものの、彼のことがほんの少しだけ解ったような気がした。
それだけでも十分な収穫だった。
*****
突然の無理難題を振られてから、あれよあれよと半月が経った。
時間の経過の早さに気づいたのは、ふとスマホのカレンダーを覗いた時だ。
そんなに経っていたっけ?というのが正直な感想である。
衝撃的な(絶望的ともいう)出会いに始まり、正直企画進行以前の問題になるかと思いきや、何だかんだでそれなりにやっていけているのだから、人生どう転ぶか分かったもんじゃない。
「予想以上に真面目に協力してくれているからねえ…」
リビングの椅子にどっかりと座り、思い浮かべるのは急遽仕事となった相手のことだ。
宣言どおり、仕事に関して真摯に取り組んでくれている。
当初の予定ではこちらが全て準備をして、多少の指摘をしてもらうつもりだったが、気づけば向こうも資料やら何やらを持参してきてくれたり、こちらの書類を参考に企画書案を作成してきたりと積極的に協力してくれた。
出陣の合間をぬってのことだろうから、時間やら体力は大丈夫なのかと不安に思ったが、「あんたとは違う」と一蹴されたので、それ以降は何も言わないでいる。
まあいろいろと違うので、体力気力ジリ貧の私と比べるのは逆に失礼というものだろう。
そんなわけで、最初に予想していた毎日深夜までサビ残三昧は回避され、こうして家でゲームを堪能する時間が生まれているのだから、付喪神様万歳。
「お、今日もいる」
現在絶賛イベント周回中というわけで、いそいそログインしたところ、案の定、例の相手がいた。
仕事を無茶振りされた日にパーティーを組んで以降、何だかんだでこの相手とはイベントを周回している。
勿論、健全な社会人として日を跨ぐ前までには退場している。
「さーて、今夜はどこに行くかねー」
音声回線は切っている…というか、会話不要のゲームを選んでしているので、勿論声は相手に聞こえない。
共に狩りをしていくうちに、何故だか狩り場を交互に決めるという暗黙のルールが出来ていた。
会話も一切していないのに何となくの成り行きでそれが成立しているあたり、相手との波長は合うのだろう。
そうこうしていると相手が徐に足を進め始めたので、こちらも後を追うことにした。
舞台は平安時代を模した融合世界らしい。
「はいはい、ご希望のままにお付き合いしますよっと」
そして、お付き合いすることかれこれ一時間。
一区切りついたので、今夜は早々に逃亡しようと相手に別れのジェスチャーをしてから戦場を離れた。
ハードの電源を切っていよいよ布団に入る準備をしようと思った折、テーブルに置いてあったスマホが音をたてた。
メッセージの送り主は、明日も顔を合わせる相手だった。
珍しいのは夜中に連絡をよこしてきたことだ。
予定合わせなら、いつもなら勤務開始時間直前か終了直後あたり、それ以外なら打ち合わせ中にしている。
確か明日の予定は午後からだったような…。
不思議に思って内容を確認すると、『午前9時に防衛対策課』とだけ書いてあった。
要は打ち合わせ時間の変更ということか。
ちらりと時計を見ると、現在午後10時30分。
もしかしたらこんな時間まで残業…もしくは、遅番かもしれない。
いずれにせよ、お勤めお疲れ様ですとしか言えない時間帯である。
それにしても…。
「防衛対策課かー…」
存在自体は把握していたものの、一度も足を踏み入れたことのない領域だ。
何より果たして当の大倶利伽羅さんを特定出来るのか、不安でしかない。
結局、早めの就寝で快適な睡眠をとるつもりが、新たに芽生えた懸念を抱えつつ、布団に潜り込む羽目になった。
*****
翌日、朝礼が終了してすぐに私は東棟へ向かった。
出勤して早々当の課が何階のどこにあるか、ついでにいうなら配席図も印刷して迷子にならないよう事前準備は済ませておいた。
それが功を奏して、無事迷子にならず集合時刻には余裕で間に合うくらいだった。
…のはいいが、ちらりと外から様子を伺うに目当ての刀の姿は見られない。
腕時計で時刻を確認するも、集合時間の十分前。
少し席を外しているだけかもしれない。
それなら少しの間だけ廊下で待っていようと踵を返した直後―――。
「わっ、驚いたか?」
「!!?」
振り返れば鶴がいた。
背後の気配など露ほど気にしていなかったため、思わずその場で飛び上がってしまった。
妙な叫び声を上げなかっただけ自分を褒めたいくらいだ。
呆然としたまま目の前の鶴、いいや、鶴丸国永様を凝視していると、当の神様はしてやったりと上機嫌で笑っている。
「いやあすまんすまん。こうも期待を裏切らない驚き方をしてくれるとはなあ。驚かせ甲斐があるってもんだ」
「ご、ご期待に添えたのなら、何より…です」
「ああ、君。そんなに畏まらなくていいぜ。別にとって食うつもりはないんだ」
「さ、さようですか」
食われなくても絡まれた時点で何かがありそうなのは気のせいだろうか。
警戒しつつも会釈してその場から一旦立ち去ろうとするも、逃げる気配を察知したのか、目の前の神様が一言。
「伽羅坊は今出陣中だぜ」
「え?」
出陣中…?
でも昨日の夜、確かに彼は午前9時に来いと連絡をしてきた。
思わぬ事実に声を漏らす私を余所に、鶴丸様は特に驚く様子もない。
「まあ立ち話も何だから入って待つとしよう。なに、そんなにかかる任務じゃない。座って世間話でもしていればすぐに戻って来るさ」
「ですがお仕事は…?」
話しぶりから察するに、この鶴丸様も討伐部隊の一員だろう。
それなら私なんぞに構っていてもいいのだろうか。
暗にそう伝えて見るも、どこ吹く風。
まあまあ気にするなとばかりに課内へ誘導され、気づけば彼の言いように部屋の一角になる会議スペースへと腰を落ち着かせることになった。
当の鶴丸様と言えば少し失礼すると一言告げるなりふらりと姿を消してしまった。
慣れない空間に取り残され、所在なくそわそわと周囲を見渡すも、よくよく見れば室内は私がいる課内と然程変わらない様相だった。
グループごとにまとまった机に書棚に敷き詰められた文書ファイル、入りきらないのか各スペースに隙あらばと積まれた書類たち。
現場仕事と言えども、戻れば報告書作成や次の仕事の日程調整など、結局事務作業となればどこも似たような形式になるのだろうか。
似たようなもの。
以前大倶利伽羅さんに私の言動を指摘された時に言われた言葉を思い出す。
成程、確かに…本丸で暮らす刀剣男士様方とは感覚が違うようだ。
「待たせたかい?ほら、これでも飲んでゆっくりしていってくれ」
「お気遣いありがとうございます」
戻ってきた鶴丸様からお茶をいただき一息ついたところで、対面に座った鶴丸様がそう言えばと改まって口を開く。
「自己紹介がまだだったな。知っての通り鶴丸国永だ。ここの課の第一グループに配属されている。伽羅坊とは同僚だな」
「こちらこそご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。総務課人事グループに所属しております」
「ああ、勿論知ってるぜ。こうして君と話が出来て嬉しい限りだ」
「それは光栄です」
「伽羅坊は見ての通り、君とのやりとりをおいそれと教えてはくれないからな。…というわけで、隙がないなら作るまで、ということだ」
そりゃやりとりは言わないだろう。
なんせ仕事の内容自体守秘義務があるから言うわけにはいかない。
話しぶりからすると、…まさか彼が駄目なら私に口を割らせるつもりなのだろうか。
それならまんまと罠に嵌まってしまったというわけだ。
途端血の気がさーっと引いていく。
みるみるうちに表情を硬化させた私を見るや、鶴丸様ははてと首を傾げている。
「どうした、君。顔色が悪いな。さっきも言ったが別にとって食らおうなんてことはしないぜ」
「それは存じておりますが…」
「それに、だ。いくら俺でも同僚の女に手を出すような無粋な真似はしないさ」
「は?」
「ん?」
「え?」
今、場にそぐわない言葉が出なかっただろうか…。
女、オンナ、おんな。
うん、確かに私の性別は女だ。
って違う。そうじゃない。
目の前に座る神様は誤解をしている。それはもう出だしから盛大に。
状況を理解した途端、ズキズキと後頭部が痛くなってきた。
ああ、どうしてそうなった…。
この場にはいない彼に思いを馳せるも、恐らく彼は何もしていないし、言ってもいないのだろう。
益々酷くなる頭痛をこれ以上悪化させないために、今ここで誤解を解かなければならない。
「一つ訂正をさせていただきます」
「ああ、いいぜ」
「私と大倶利伽羅“様”とは、仕事上での付き合いはありますが、それ以上でもそれ以下でもございません」
「ん?そうなのかい?」
「ええ、さようです」
「いやしかし、なあ……」
「鶴丸様?」
「あー…まあ君がそう言うならそうなんだろうがなあ」
彼にしては(と言っても初対面なのでデータベース上の性格からの推測だが)煮え切らない言葉に今度は私が首を傾げる。
「何をしている?」
背後から振ってきた声に思わず上体だけ振り返ると、案の定、噂の当事者がそこにいた。
「お、返ってきたか。ご苦労さん」
「そんなことよりこれはどういうことだ?」
「あ、あの…言われたとおりの時刻にここに来たら、何故か時間が異なっていたみたいで」
「………」
そう言うと怪訝そうな顔をされたので、これはもしや本当に心当たりがないのかもしれない。
しかしこちらだって言い分はある。
慌てて鞄からスマホを取り出すと、例のメッセージを大倶利伽羅さんに見せる。
大倶利伽羅さんは目の前に差し出された画面をまじまじと見つめると、また少し眉間に皺を寄せた。
いや、そんなに不審なものを見るような顔をしなくても…。
それに送り主ははっきりと彼の名前が書いてある。
なのにこの反応はどういうことか。
数秒の沈黙の末、ハッと思い当たる節が見つかったのか、我に返った大倶利伽羅さんは私ではなくもう一振り、鶴丸様を睨み付けた。
「国永…」
「いやあ、悪かった。つい出来心がこう…な。って、ちょっと待て、伽羅坊。課内での抜刀は非常時を覗いて禁止だろ!ほら、彼女も驚いてるぜ」
「心にもないことを言うな。この確信犯が…」
「え、あの、すみません。どういうことでしょうか?」
なんとなく、なんとなくではあるが、恐らく食い違いの原因が鶴丸様にあることは理解できた。
それでもあのメッセージは大倶利伽羅さんの……まさか。
先程の鶴丸様の言葉が脳裏を過ぎる。
疑うのは良くないと分かっているものの、じっと無言で鶴丸様へ問いかけた。
「おいおい、君までそんな目で見ないでくれ。悪かった。伽羅坊の端末で連絡を入れたのは俺だ」
降参とばかりに両手を挙げて白状する鶴丸様に、背後から呆れも吹くんだ溜息が聞こえた。
「昨夜は伽羅坊の部屋へ泊まりで遊んでいてだな。伽羅坊が席を外した隙を突いて君に連絡を入れさせてもらった」
「成程。お部屋でお酒を飲まれていたのですね」
「まあ酒も飲んでいたが、それよりメインはこれだな」
鶴丸様は両手で何かを持つ仕草をしたかと思えば、人差し指と親指をリズム良く動かしている。
この動き、どこかで見たような…いや、したことがある。
ちょうど昨夜、私もその仕草を連絡が入るまでしていなかっただろうか。いや、していた。確実に。
待て待てまさか、そんなことがあるものなのか。
伺うように再び背後の刀を見上げれば、返ってきたのは短い溜息。
これは肯定ということだろうか。
「ゲーム、されるのですね」
「意外かい?君だってするんだろ。がっつりと」
「ええ、まあ。驚きまし……え?」
「違うのか?」
「え、ええ…?」
なんということだ。
両サイドからゲーマー認定されているとは。
思ってもみない展開に思考は一瞬でショートした。
これはどう取り繕うのが正解なのだろう。
いや、多分、きっと、既にバレているから今更誤魔化したところで無駄な気もする。
それにしても一体どこで私がゲームをすると分かったのか。
そりゃまあ端末があれば気軽にアプリでゲームくらい簡単にできる。
出来るが恐らく二振りが言うゲームというのは、所謂ソシャゲじゃない。普通の据え置き、もしくは携帯機だ。
鶴丸様の指の動きが確実にそれを示している。
もう一度言いたい。
なんということだ…。
思わず両手で頭を抱えると、その場に突っ伏したら、予想外の反応だったらしく、二振り揃って困惑の色を顕わにしてきた。
「お、おい、君。大丈夫かい?」
「体調が悪いなら先に言え」
「…………」
メンタル的に大丈夫じゃないし、今し方悪くなったんだから先に言えるわけがない。
折角仕事と趣味を分けていたのに、まさかこんなところで露見することになろうとは…。
途端、我慢して携帯機を持参せずにいた自分が馬鹿らしくなった。
「あの、後学のために一つ良いでしょうか?」
「良いぜ。なあ伽羅坊」
「好きにすればいい」
「…ありがとうございます。それで、何故お二人とも私がゲームをするのをご存じなのですか?」
「ああ、それは伽羅坊g「たまたまだ」
「え、ええっと…」
残念ながら答えになっていない。
もう少しヒントをと縋るように大倶利伽羅さんを見上げると、数秒の沈黙の後、ハアと諦念の溜息を漏らして口を開いてくれた。
「昼時、屋上でしていただろう」
「……………あ、ああ!」
その意味を理解するや、私は先程とは別の意味で頭を抱えた。
大分前の記憶だ。
どうしても攻略したい期間限定のクエストがあって、帰宅後の時間だけでは間に合わないと感じた時、一度だけ、そう、一度だけこっそり誰もいない屋上で携帯機を持ち出してプレイしていた。
おいおい嘘でしょ、嘘だと言ってよ…。
たった一度の出来事だから当の本人でさえ忘れかけていたのに、まさか第三者に目撃されていたとは、なんたる不覚。
「かなり熱中していたからな。気づけなかったんだろ」
「………すみません」
「何故謝る」
「いや、なんとなく」
誰もいないと思っていたのは私だけで、実はいた。
しかも思い返せば、その時高難易度を昼休みギリギリにクリアできて、相当はっちゃけていたような……。
当時は輝かしい思い出が、今となっては黒歴史となり私を襲う。
穴があったらはいりたい…。
今度こそ顔を覆って撃沈する私に、何を察したのか、向かいに座る鶴丸様がごそごそと何かを取り出し始めた。
「まあそう気落ちする必要はないぜ。俺たちだって同類だ」
「そうなのかもしれませんが…」
「ほら、このとおり。君と俺たち…というよりは伽羅坊との仲だ。気にすることはないさ」
「はい?」
「――!おい、何の真似だ」
声に釣られてふと視線を上げれば、視界に映るスマホの画面。
スクリーンショット、いや、写真だろうか。
よくよく眺めると見慣れた背景に見知ったアバター。
つい昨夜も大分お世話になったプレイヤーである。
……マジか。マジなのか。
「…世界って狭いですね」
思わずそんな感想が口から漏れた。
非番でもアクションゲームとか、戦闘狂なのか職業病なのか…。
どちらかというと動物とかの育成ゲームとか好きそうだと思うのだが、違ったらしい。
いや、ある意味育成しているから合ってはいる??
驚き続きで遠い目をして現実から逃避しかけていると、消せだのいいじゃないかだの頭上で騒ぐ声が聞こえた。
ああ、きっとあの画像もこっそり撮ったのだろう。
どこか他人事のように感じていると、やりとりに決着が着いたのか、本日何度目かの溜息とともに声をかけられた。大倶利伽羅さんに。
改めて周囲を見渡すと、鶴丸様は既に立ち去った後だった。
「国永なら仕事に行った」
「ああ、成程…」
もしかしたら仕事前の時間潰しに丁度付き合わされていたのかもしれない。
かき乱すだけかき乱した挙げ句、忽然と消え去ってしまった白い鶴に、どっと疲労感が押し寄せる。
項垂れついでに腕時計を見ると、まだ午前9時30分しか経っていない。
集合時刻が間違いと分かった以上、長居していても仕方がない。
鶴丸様同様、大倶利伽羅さんだって仕事がある。
「あの、大倶利伽羅さん……」
「どうした?」
「えっと…」
それはこちらの言う台詞と言ってもいいだろうか。
気づけば鶴丸様が座っていた席にしれっと座り、いつの間にか持ち出した資料を広げている。
どうやら今ここで打ち合わせを始めるつもりらしい。
「仕事はいいんですか?」
「あんたが気にすることじゃない」
「そうですか。なら前倒しで打ち合わせを始めさせていただいても?」
「もとよりそのつもりで来たんだろう。さっさと始めるぞ」
「了解しました。では――――――」
目を閉じて深呼吸をしてから、意識を仕事モードへ切り替える。
結局、議論は昼まで続き、どうせ午後からの予定だったからと言うことで、話の続きを食堂でする羽目になり、果てには(主に私の睡眠管理という名目で)オンラインのフレンド申請をする取り決めをして、その日はお開きとなった。
フレンド申請なんて面倒で誰ともしていなかったし、するつもりもなかったので、どうすればいいのか分からないと告げれば、向こうから申請を送ってくれるという。
意外とオンラインでは馴れ合うのかと思いきや、向こうも向こうでこちら同様申請などしたことがなかったらしい。
よく申請方法を知っていたなと指摘するのは止めておいた。
折角の程良い距離のゲーム仲間が出来たのだ。
機嫌を損ねて失うのは惜しい。
そんなこんなで日中は仕事、夜は狩りという日常が続いていた。
仕事に区切りがついたのは、丁度ゲームの復刻イベントが開始する直前のことだった。
「長いようで短かったですね。プレゼンも無事終わったし、後はこれを正式に提出すれば任務達成ですから」
「まだ終わっていない」
「確かに。最後まで気を抜いたらゲームオーバーですからね……昨夜のように」
ふと思いを馳せるのは昨夜のこと。
あと少しでクリアと油断した途端、ボスの特殊能力発動からの必殺技をうっかりくらって瀕死からのタイムオーバー(実質のゲームオーバー)。
あれは本当に悔しかったし、組んでくれていた大倶利伽羅さんにも申し訳ないことをしたと思う。
「以後気をつけますので、次のイベントでも何卒ご協力を…師匠」
「あんたの師匠になった覚えはない」
「では先輩」
「…言うようになったな」
「不快でしたら謝罪いたしますし、今後の身の振り方も考えます」
「はぁ…今更猫を被られる方が不快だが」
「被るというより線引きですよ。行き過ぎた公私混同は仕事に支障が出ますので」
「…ッチ、あんたはあんたで十分だ」
「ありがとうございます」
こうして気軽に軽口を叩けるようになるなんて、少し前では想像すら出来なかった事態である。
勿論、今言った言葉に嘘はない。
親しき仲にも礼儀ありだし、仕事は仕事。
それ故の線引きは大事だと思う。
一人納得していると、ふいに隣を歩く大倶利伽羅さんが立ち止まる。
「どうかしましたか?」
「後のことだが…」
「ああ、この書類を提出してから一週間後くらいは補正だの何かしらの手続きがありますね。勿論当の議員レクもありますし。完全に終わったというわけにはいかないというところではまだ油断なりませんが」
「そうじゃない」
「え?では実際企画が成立してからの業務の移管手続きとか?」
「違う」
仕舞いには溜息を吐かれる始末で、正直解せなかった。
おまけに「あんたはそういう奴だったな…」と、何やら独り言まで吐かれるので、これまた解せない。
そう言うも何も仕事の後と言ったら――――――あ。
「復刻イベント」
ぽつりと漏らせば肯定するように溜息が聞こえた。
「察しが悪い」
「いやでも今は仕事中……」
「移動時間の雑談はある意味業務の範疇だ」
「それ鶴丸様の受け売りですよね」
「…本題に戻るが、あんたはどうするんだ?」
「勿論参戦します。幸い今日は金曜日ですので、仕事のご褒美として久しぶりに徹夜でイベントを楽しもうかと」
「そうか」
「大倶利伽羅さんは?」
「愚問だな」
「では決まりですね」
「どうせ一緒に周回するなら、家でやらないか?」
「勿論自宅でがっつり満喫するつもりです」
「…そういうことじゃない」
「そういうことですよ。家の大画面で思いっきり楽しめるなんて、最高の贅沢です」
「…俺は携帯機でやれば問題ないだろう」
「お気遣いは無用です。折角の仕事明けの狩りですから、大倶利伽羅さんも是非大画面で満喫してください」
「…………そうか」
力説する私に圧されたのか、大倶利伽羅さんは何か言いたげだったものの最終的には口を噤んでしまった。
そんなやりとりをしているうちに、突き当たりの廊下へと辿り着く。
とりあえず仕事上今日はこれでお別れだ。
「それでは今日もお疲れ様でした」
「ああ」
大倶利伽羅さんはどことなく覇気のない返事をして去って行った。
何かあったのだろうか。
思い当たるのは先程のゲームのことしかない。
例のゲームは携帯機とも連動しているので、どちらでもやれる。
だけどどうせ自宅でがっつり楽しむなら、断然大画面でするに限る。
臨場感が違うのだ。
そんな贅沢を家に居るのに味あわないなんて勿体ない。
……ん?ちょっと待て。
彼は先程何て言っていたっけ?
『家でやらないか?』
いや、当たり前だ。仕事から家に帰ってプレイするものだろう。
それともあれか、ファミレスやカラオケでオールをしながらやるのか…いやいや、彼に限ってそれはない。
なら一体……。
「家、内、うち……あ!」
家は家でも私の自宅ではなく大倶利伽羅さんの家、とか。
いやいやまさか、そんな冗談を言うなんて…いや、本気だったら…いやいやそれこそありえないか。
だったらやはり冗談(ボケ)だったのだろう。
渾身のボケをツッコミせずにスルーしてしまったとは、申し訳ない。
まあ仮に本気だったとしても、そこはきちんと線引きして辞退したけれども。
いくら親しくなれたとはいえ、会社の同僚、しかも異性の神様の家にホイホイ気軽に踏み込むような真似をするつもりはない。
そもそも彼が“そうした”他意がなかったとしても、だ。
確か討伐部隊を始めとする刀剣男士様の住まいは政府の直轄する建物で、庁舎と直結している。
誰が見ているかも分からない状況下というわけだ。
我ながら神回避と脳内で自画自賛しながら職場への道を進んでいると、向かいから一人の女性がやってきた。
纏う制服を見るに、事務方というよりは刀剣男士様と行動を共にする現場部隊らしい。
年は私より一回りほど上くらいだろうか。
すれ違いざまに会釈をするも、何かが彼女の琴線に触れたらしく、「あっ」と思い出したような声が上がる。
「あなた、総務課の子?」
「はい。人事Gの者です」
「もしかしてうちの課の子と一緒に企画を組んでた?」
「うちの課と言いますと?」
「ああ、言ってなかったっけ。私、討伐部隊所属の審神者なの。ほら、第三Gの」
そこで漸く話が繋がった。
うちの子…とは、もしかしなくても彼ではなかろうか。
そして彼女は彼の主で討伐部隊を統括する隊長……。
要するに、会釈だけで素通りして良い相手ではなかった。
ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべる彼女に、慌てて私は謝罪を込めたお辞儀をする。
「申し訳ありません。お世話になった方の審神者様とは露知らず、ご無礼を」
「いいのいいの。こっちだってあなたに挨拶する機会はいくらでもあったんだけど、あの子の邪魔をしたくなかったから」
「ですがご挨拶に伺わなかったこちらに非がありますので」
「ええー、そんなに気構えなくても良い良い。あの子だって関わるなって言っていたんだから」
「そ、そうでしょうか?」
「そうそう。鶴丸と一緒に我慢してたんだからね。落ち着くまでは可愛がりすぎないようにしようって」
「落ち着きがない態度をとってしまい申し訳ありませんでした。今後は気をつけるようにします」
「え、ううん、違う違う。ほら、ちゃんとお付き合いするようになるまではそっと見守ろうって話」
「えっ?」
今、この人は何て言った…?
疲労で聞こえが悪くなっているのだろうか。
それともあれか、友達と遊びに行くのをデートと言うようなあれか。
見るからに快活そうな方だからあり得ない話ではない。
ない…よね?
誰もが通行する廊下で、どう切り返すのが最適なのか分からないまま、曖昧な笑みを浮かべるも、気づかぬ彼女はどんどん話を進めていく。
「鶴丸から聞いた時は驚いたかな。まさかあの子がねーって。でもうちの課と総務課じゃ中々接点持てないでしょ。大体総務、特に人事に相談しに行くのは大抵審神者や人間の職員だし。審神者や職員側の機密事項もあるから、下手にふらふら刀剣男士が顔を出すのも難しいでしょ。私自身、この前の研修会で初めてあなたを見かけたくらいだったから。でもあの子は既にあなたを知ってたみたい。会が終わったらふらりと姿を消したから、鶴丸と二人であなたに会いに行ったのかと思ったんだけど、乱が言うには声すらかけていないって言うし。それで、そんな時にこの仕事を耳にしたから、手を上げさせてもらったの。あなたの仕事振りも見られて一緒にその仕事も出来るんだから一石二鳥じゃないって言ったら、二つ返事で了承してくれて。こちらも上に掛け合った甲斐があったって感じかな」
「そ、そうだったんですね」
一度に与えられる情報量が多すぎて目眩がしそうだ。
返せる言葉なんてそれしか思い浮かばなかった。
完全に気圧される私なんてなんのその。
感極まった彼女の言葉は止まらない。
「そうそう、あなた、審神者の適正はある?」
「一応ありますが…」
「なら良かった。あるなら話が早―――」
「主!」
ぐいぐい迫り来る彼女を制止したのは、他ならぬ話題の刀の声だった。
滅多に声を荒らげない(私も今回初めて聞いた)相手の大声に、漸く彼女は後ろを振り返る。
「何をしている…?」
「え、何って。ほら、折角会えたんだから自己紹介。これで私もやっと彼女とおしゃべりが出来るんだから、いいでしょこのくらい」
ご自身の自己紹介と言うより大倶利伽羅さんの“事故”紹介な気がしてならない…。
廊下でのやりとりは意外と響く上、彼女声は快活でよく通る。
恐らく今までの会話は彼に筒抜けだろう。
ちらりと彼女の姿ごしに大倶利伽羅さんを盗み見ると、心なしかほんのりと頬に朱がさしている気もしないような…。
まあ全力疾走してきたであろう息切れと先程の暴露内容が内容なだけに胸中察するに余りある。
「別にあなたの彼女を独り占めする気はないんだから、女同士のおしゃべりくらい寛容になってよね。器の小さい彼氏は振られちゃうかもね」
「だから早合点だと言っているだろう」
ドンマイ、大倶利伽羅さん本当にドンマイ。
自分も当事者、しかも想いを向けられている(?)対象者だというのに、ときめきどころか彼への同情と怒濤の情報量による衝撃でそれどころではない。
密かに想いを寄せていた相手も知られ、(善意ではあるが)勝手に応援されていた挙げ句、(これもまた他意はないが)想いを告げる前に当の相手にバラされる。
私だったら速攻家に帰って吊りたくなる案件だ。
恥ずか死ぬとはまさにこのことだろう。
…で、私はと言えば、知らぬ間に当刀どころかその主にまで認知され、応援され、これまでのあらすじ解説みたいな暴露をされ、混乱するわ、驚愕するわでどうしたらいいか分からない。
現実逃避で他人事のように目の前で繰り広げられている言い合いを呆然と眺めていると、漸く決着が着いたらしく、審神者さんが一瞬固まるといかにも困ったというような笑みを作った。
「あ、あー、うん。ごめんなさいね。早とちりだったみたい」
「い、いえ、私の方こそ…すみません」
出来れば謝罪は私ではなくあなたの刀剣男士にしてあげてください。
私が彼なら心がバキボキに折れる事態ですから。
何なら、転職も視野に入れなければならない非常事態になりますから。
こみ上げてくる思いを飲み込んで大人の対応をすると、審神者様はほっとした笑顔を見せてくれた。
「良かった。それじゃあ後はお二人で仲良くね。大倶利伽羅、しっかりね」
言うだけ言うと踵を返して立ち去っていく彼女の背中を私たちは立ち尽くしたまま見送った。
「……悪気はないんですよね」
「だから困っている」
「でしょうね」
お互い遠い目をしていただろう。
顔を見なくとも、声色から察するに相当疲労していることはよく分かった。
運が良いのか悪いのか、人気がない廊下で一人と一振りで黙したまま突っ立っていること数十秒。
ここはダメージが一番少ない私から声をかけるべきだろう。
「えっと…それでは書類の提出があるので、これで失礼します」
先程の話は触れない方が彼のためだろうと、ここは敢えて流すことにした。
どうせ自分だって冷静ではないのだ。
一旦距離をとって一晩寝れば多少は落ち着くはず。
くるりと大倶利伽羅さんに背を向けて総務課へと一歩足を踏み出そうとした折りだった。
「何も聞かないんだな」
「え?」
つい声に反応して振り返ってしまった。
勿論そこには大倶利伽羅さんしかいない。
先程の動揺はどこへやら、いつもと同じ表情でこちらを見つめている。
ただ少しだけ注がれる視線が心なしか熱く、目を合わせたら最後、逃げられないような気がした。
「えっと…聞いた方が良かったんですか?」
「気にならないならそれでいい……とはいかなくなったんでね」
どうやら私に拒否権はないらしい。
それなら先にやるべきことをやってから、話はその後だ。
「分かりました。では屋上で待っていてください。私はこれを提出してから向かいます」
「あんたらしいな」
「ご理解感謝します」
一礼すると今度こそ私は自分の職場へ逃げるように立ち去った。
任務達成で上機嫌の上司に書類を提出し、残る打ち合わせがあるのでと適当に言い訳をして屋上へと足を運んだ。
結局、まともに考える余裕もないまま屋上に到着すると、彼のもとへ歩み寄る。
こうなればなるようになれ、だ。
「お待たせしました」
「待つほど時間は経っていない」
「それはどうも。それで……私から聞いても良いんですね?」
「ああ。あんたにとっては寝耳に水のようだからな」
「ええ、全くです。おかげさまで今でも思考が混乱しています」
だって、仕事をしていてそんな素振りなど全くと言っていいほどなかった。
それに完全に仕事モードの私にそんな余裕なんて一切なかった。
一体全体いつからどうしてそうなった?
そもそもゲーマーバレした時点からにしても謎すぎる。
手に持っていた書類を手放したことで、愈々任務から解放された実感が沸いてきたのもの相まって、時間差で吹き出てくる疑問を大倶利伽羅さんにぶつけていく。
追究どころか追及に近い勢いでまくし立てる私に、大倶利伽羅さんは呆れるでも戸惑うでもなく静かに一つ一つ丁寧に答えてくれた。
仕事に関しては、私がオンオフつける性格だと把握していたので、私情を持ち込むつもりはなかったらしいが、仕事を受けている時点で私情だらけだし、仲間からは端から見ていてモロバレだったらしい。(だから鶴丸様に勝手に課内での打ち合わせを指定された時、後でいろいろと言われたそうな。)
私の存在を知ったのは、研修会などではなく、本当にたまたまだった。
大倶利伽羅さんが残業をしていて、諸用で西棟の会議室を通りかかった際に私が目に入ったとのこと。
仕事の愚痴を言っていたらしいが、何やら仕事を舐めるな、とか、なあなあで仕事してたら命に関わるだの、都合の良い時だけ馴れ合ってくるなだの、こちらは武器がない以上己の頭脳とペンだけだとか豪語していたらしい。
思い起こしても大分前の話であるし、当時課内で話題の某課の某グループ限定であって、実践部隊の誰それとか言う問題ではなかった。
しかし、これだけを聞けば第一印象としてはあまり良いイメージではない気がする。
大倶利伽羅さんとしては、それだけ言うならどんな仕事振りなのか興味を持ったらしい。
それが最初のきっかけだった、と。
当時の私が知ったら卒倒していただろう。
単なる積もり積もって爆発した愚痴を聞かれたなんて、間抜けにもほどがある。
そして、その仕事を見る機会は早々に訪れたというわけで。
審神者さんが言っていた研修会より以前の会議で、口だけではないと納得するものがあったらしい。(こちらとしては必死だったので、今更いろいろ言われても覚えていないし、甚だ謎である。)
そこからこちらが作成した通知文、報告書などなど、日々の業務の数々を見るようになり、気づけば目で追っていたとか。
とはいえ、審神者様もおっしゃっていたように、人事Gとの接点などないのだから、用事でうちの課を通り過ぎる時とか、会議での移動ですれ違う時とかそのくらいの機会だ。
だから審神者様の言う例の私が講師を務めた研修会があると知った時は同行を申し出たのだと。
研修の終わりが丁度昼休憩開始時刻だったのもあって、護衛を鶴丸様に任せて昼食ついでにふらりと屋上に立ち寄ったら、私が一人でゲームに熱中していたのを目撃。
普段オンオフ分けている私が、人目を避けて夢中になっているので、そんなに面白いものなのかと思ってプレイし始めた、という。
あんたもするんだな、と、感極まって衝動的にしてしまったガッツポーズまで見られていて、正直埋まりたくなった…。
何より私が布教したようなもので、これまた何てこったと頭を抱えたくなる。
「あのゲーム、楽しんでいてくれるなら何よりです」
最後まで話を聞き終えて、言うに事欠いての第一声がこれ。
他にも言うことが多々あるのは分かっているが、混乱第二波の最中にいる私にそれ以上言えというのは酷であることを分かってほしい。
「ああ、あんたと関わる時間が出来たからな」
「あの時見ただけでよくあのアバターが私だって分かりましたね…」
「悪いとは思ったがクリア後にHNが見えたからな…あんたの性格を見ていると俺同様ソロで動くだろうとふんでいた」
「おっしゃるとおりで」
刀剣男士様の観察眼、コワイ。
ともすればストーカーばりの追跡力と執念じゃないか…。
ぼそりと呟けば、思うところがあるらしく、「悪かった」、「今後はしない」とバツが悪そうな表情とともに謝罪の言葉が返ってきた。
「まああれくらいしないと接点なんてないですからね…。世の中にはイケメン無罪って言葉(文化)もあるので……今回はそれを適用ということにしましょう」
「なんだそれは?」
「あ、ググらなくていいですよ。とにかく、私は気にしないことにしましたから」
「“それ以外”のことも、か?」
「え、あ、それは……」
どうしよう。すっかり抜け落ちていた。
我ながらとんだ間抜けである。
ヒクヒクと引き攣り笑いを浮かべて一歩後ずさるも、無駄な抵抗。
相手はこちらとは対照的な良い笑み(と言っても口角が多少釣上がっているくらいだが)を浮かべて、じりじりと距離を詰めてくる。
駄目だこれ、逃げられないやつだ…。
「本来ならもっと時間をかけてあんたを口説くつもりだった」
「家に来いとか言った口でよく言いますね」
「なんだ、やっと気づいたのか」
「……鈍くて悪うございました」
「気づいたのなら上々だ。あいつらのせいで予定を狂わされたが、今となっては余計な世話でもなかったな」
「ですかね…」
まあ(私は実際会話したことのない)同郷のお刀様のかっこいい判定が下りるかと言えば、現状怪しいのかもしれない。
だけどあれはサポーターである相手が悪すぎたと思う。
きっとかのお刀様だって同じ立場になったら、辿る運命は変わらないだろうに。
一歩、また一歩とこちらは後退、相手は前進を続けているうちに、コツンと踵がつかえて止まる。
万事休す。
降参とばかりに両手を挙げると、いつもの溜息ではなくフッと笑みがこぼれた。
すっと目の前に右腕が迫ってきたかと思えば、頬を優しく撫でられる。
これ、身じろいだら頬を固定されていろんな意味で終わるやつだ…。
瞬時に察した後の私の行動は速かった。
ガシッと上げていた両手でその手を掴む。
これには相手も想定外だったようで、一瞬ビクリと僅かに手が跳ねた。
すかさずぐぐぐっとその手を互いの正面まで持って行き、一言。
「まずは友人から始めましょう」
「…………」
「ほら、ネット上ではフレンド申請しましたけど、現実では友人どころか会社の同僚でしたよね?そこからひとっ飛びにクラスチェンジは難易度的に無理があります。特に私は」
ここに来てもゲームネタを引っ張ってくるあたり、残念極まりない。
だけど今はそんなこと構っていられない。
はいそうですか、把握。なんてノリで神様と付き合っていい話じゃない。
それが出来たら苦労しない。
だから今は時間が欲しかった。
言外にそうした意を込めた(最早力みすぎて睨んでいると言っても過言ではない)視線をぶつければ、虚を突かれて少しばかり呆けていた大倶利伽羅さんの表情が徐々に真剣味を帯びていく。
「分かった」
「ありがとうございます」
「言っておくが手を引くつもりはない」
「ええ…でしょうね」
「だから覚悟するんだな」
「…………」
今度はこちらが黙る番だった。
結局、あれよあれよと落ち着く所に落ち着くことになったのは、数ヶ月後も経たない頃のこと。
それこそ、私以外の彼らが予期した未来であった。
【おまけという名の蛇足】
翌年三月某日。
「異動ですか……」
「そう、管理課本丸管理第三グループだよ」
そろそろだとは思っていたが、まさか実働部隊、現場へ派遣されることになるとは思ってもみなかった。
呆然と上司の顔を眺めるだけの私に、相変わらずニコニコと人当たりの良く笑う上司。
最早何を言っても無駄である。
「同じグループに知り合いは……?」
ダメ元で聞いてみると、上司はあっさり教えてくれた。
「ああ、今年度お世話になった討伐第三グループの大―――」
最後まで言われなくとも誰かが分かった。
同時に当の彼ではなく主である審神者様の顔が脳裏に浮かぶ。
あの方に審神者適正があるかを問われて答えてしまった時、全てが決まったのだろう。
脳内の彼女が嬉しそうにうんうんと頷いて、お一人で納得していらっしゃる。
知り合いがいるから大丈夫だのという上司なりの軽いフォローは、その時既に私の耳に入ってはこなかった。
-おわり-
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