思い違いは事故の元


【注意事項】

・名前なし審神者がいます。
・書きたいとこだけ書いて尻切れトンボ。
・(気力が出たら続きを書くかもしれない。)
・髭さにというより、髭切⇒審神者



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それに目が行ったのは、出かける前に彼女とした世間話のせいだろう。


「兄者?どうされたのだ?」
「ん、ああ。あれは…」
「ああ、あれか。主が言っていたな」
「ばれてんだーだっけ」
「…そうだったか?」


うろ覚えな名称を口にしているものの、彼の視線は相変わらずそのまま、例の棚に釘付けだった。
そんな兄に何か得心したように弟は数時間前に彼らの主との会話を思い出す。


『そう言えば明日はバレンタインだっけ…』
『ばれんたいん?それは何の呪いだ?』
『呪いというか、イベント…お祭りかな』
『お祭り?』
『あー、日本だと女性が好きな人にチョコを渡して告白する日だったけど、一昔前から自分へのご褒美だったり、友達とかへの感謝の気持ちだったり、とにかくそんな感じかな。確か海外だと男性が女性に花を贈るんだったかも』
『成程。それで君はどうするのだ?』
『私?どちらかと言えばチョコ好きだから自分用に食べたい派かな。ああ、でもみんなへ日頃の感謝の気持ちとして配るのもありかー。うーん、そうすると今回は間に合わない?いやどうだろう…』


恐らく彼女としても、さしてこの祭りに興味があるわけでもなさそうだった。
現にいつもの報告の合間、暦をふと見たところで思い出したようにつぶやかれたのがきっかけである。
そして、彼女が審神者として就任してからかれこれ五年ほど、そうした催しが本丸内で見られなかったのが良い例だ。

膝丸が思い返している内に、なにか気になる物を見つけたのか、髭切はふらりと女性陣が群がる例の商品棚へと足を進めていた。


「あ、兄者?」


髭切は迷うことなく女たちの群れへと紛れ込み、彼女ら同様お目当ての商品を物色する。
兄に続くべきか否かを躊躇う膝丸だが、周囲の女性たちの並々ならぬ気迫に、何となく二の足を踏んでいる。
膝丸がオロオロしながら遠巻きに兄を見守ること数十分、目当ての物を見つけた髭切は、それを手に取るとそのまま会計を済ませて戻ってきた。


「待たせたね。じゃあ帰ろうか」
「して一体何を―――」
「はい、お前にもあげる。一日早いけど、いつものお礼だよ」
「!」


言葉とともに手渡されたそれを見つめ、膝丸は目を見開く。
中身が何かなど改めて確認するまでもない。
弾かれたように再び視線を兄へと向け、その瞳はゆらゆらと揺れている。
感極まるとはまさに今の膝丸を表しているのだろう。


「兄者!」
「うん、気に入ってくれたみたいだね。ほあいと…楽しみにしているよ」
「ああ、任された!来月、楽しみにしていてくれ!」


…と、まあそんなやりとりを店内で繰り広げていれば、視線は自然と集まるもので、二振りを取り巻く周囲の空気は、なんとも言えない微妙なものから高揚したものまで多様なものがあった。
端から見ても要らぬ誤解を抱かせるには十分だったらしく、偶然通りかかった刀によりこの一連のやりとりは審神者の耳へと入ることになる。



*****



静かな執務室に一人、審神者は一時の休憩を楽しんでいた。
近侍も小休憩ということで万屋へと出向いているので、戻ってくるまでは自由時間となる。
折角なので自室からお気に入りの紅茶と洋菓子を持ち出して、こうして一人まったりすることにしたのだ。


「やっぱりチョコレートって最高。自分へのご褒美って大事だね、ほんと」


そう言うと、つい先日購入したチョコレートを一粒口に入れる。
時期が時期なだけに普段は出回らない種類のものもあり、それはもう選ぶという行為だけでも気分を高揚させた。
甘すぎず、しかし濃厚な味が口内に広がるにつれて、思わず口元が弧を描く。
そんな至福のティータイムの終わりを告げたのは、近づいてくる一つの足音だった。
近侍にしては軽快なもので、はてと審神者が首を傾げていると、足音は執務室前で律儀にピタリと止まった。


「主、俺だよ。加州清光。入っていい?」
「どうぞ」
「(やった!)お邪魔しまーす。」


丁寧に障子を閉めると清光はいそいそと審神者の傍へとやってきた。


「良い香りだね。紅茶…だっけ?あとそれってもしかして――」
「チョコレート。いやあ、見つかっちゃったか。清光も食べる?」
「え、いいの?それじゃあお言葉に甘えて、いただきまーす」
「こらこら立ち食いしなくていいから、ほら、ソファーに行こう。非番だったよね?それなら少しくらい時間あるでしょ?」
「あるに決まってるじゃん。だってそのために来たんだし」


どうせなら近侍が戻って来るまで歓談するのも悪くないと、審神者は自らも応接用ソファーへと腰を落ち着けた。


「んー、おいしい」
「気に入ってくれたみたいで何より」
「主が選んだやつでしょ。おいしいよ。あ、そう言えばさっき乱が万屋から戻ってきてさ、うちの源氏兄弟がチョコ売り場でいちゃついてたって」
「は?え?何、あの二振りってそういう仲でもあるの?」
「あ、あー…どうだろう?違うような気がするんだけど、でも乱が言うには髭切が膝丸にチョコをあげてて、膝丸が大喜びしてたって話だったかな。なんていうか、相変わらず二振りだけの世界っていうやつ?」
「いや、それはガチなやつでは?そうか、何というか、鶴丸じゃないけど驚いた…」
「そうなのかな?いやでも髭切ってさ、ある―――」
「失礼する。主、ただいま戻ったぞ」


加州の言葉は戻ってきた近侍の一声で中断させられた。
話題の当事者のうちの一振りというだけあって、中に居る一人と一振りは顔を合わせて固まった。
数秒ほどの沈黙の後、審神者は一つ咳払いして入室を促す。


「お疲れ様。気分転換はできた?」
「ああ、君もその様子なら十分休養はできたようだな」
「ええ、まあそれなりに、ね。加州」
「う、うん。そうだね。仕事再開なんでしょ?俺そろそろ行くね」
「あ、そうだね。付き合ってくれてありがとう」
「俺の方こそ、ご馳走様」


膝丸が戻り、加州が去ったことで仕事が再開されるはずだったが、膝丸は入り口付近で立ったままテーブルに置かれた皿を見つめていた。
皿の上にあったチョコレートは、既に先程加州と平らげてしまっている。
だから何を食べていたかなど膝丸が知るよしもない。
それなのに皿をじっと凝視するものだから、先程の会話も相まって審神者としては気が気ではなかった。


「ひ、膝丸?」
「甘い香りがするな」
「あ、ああ…さっき食べてたから」
「何を?」
「チョコレートだけど。もしかして甘いの苦手だった?」
「いや、甘すぎなければ大丈夫だ。それよりそれは誰かからもらったものなのか?」
「まさか。自分用だよ。この時期いろんな種類のチョコが売っているから、つい気になって買っちゃうんだよね」
「そうか。それなら良かった」
「そうなの?」


何が良いのかさっぱり分からない審神者だが、これ以上の追求は藪蛇であることくらい理解していたため、喉元まで出かかった指摘をぐっと堪えて飲み込んだ。
そして、敢えて問いたださなかった結果、事態は思わぬ方向へと転がり落ちて行くことになる。



*****



「ああ、ちょうどよかった。はい、君にあげる」


出会い頭、唐突に告げられた言葉と差し出された紙袋に、審神者は虚を突かれて固まった。
状況を飲み込めず曖昧な笑みを浮かべる審神者を余所に、当刀はにこにこと笑みを絶やすことなく話を続ける。


「本当は明日渡そうと思っていたんだけど、これから遠征に行かないといけないからね。日をまたぐことになるみたいだから、ちょっと早いけど良いよね?」
「えっと、何が良いのか皆目見当つかないんだけど」
「あれ?君甘いもの…えーと、ちょこっとってやつ好きなんだよね?」
「チョコのこと?」
「そう、それだ。ほら、今日も打刀のあの子と食べていたんだってね」
「ああ、チョコだね。甘いのも苦みがあるのも好きだよ。でもそれとどういう……ん、もしかして、これ、チョコレート?くれるの?私に?」


問いかけるように見上げると、彼は肯定とばかりに深い笑みを浮かべて頷いた。


「僕の気持ちだよ。受け取ってくれるよね?」


いやはや、なんとまあ。
思いも寄らない相手からのサプライズに、審神者は先程とは別の意味で固まる。

加州とのやりとりは恐らく弟から聞いたのだろう。
そして、チョコレートの話は、朝、近侍である膝丸と話していた内容で、確かその時兄である髭切もたまたま居合わせていた。
当時はさして会話に割って入ることなく審神者と弟とのやりとりを眺めていただけだったはず。
しいて言うなら、「君はそのちょこが好きなんだねぇ」と、納得するようにつぶやいていたくらいだろうか。
単に今日は風が冷たいなという感覚での独り言かと思えば、何故かしっかり記憶していたという。


(え、これ素直に受け取っていいの?いや良いんだよね?え、でもこれどういう意味?そういう意味?いや、そういうってどういう意味?え、でも加州の話じゃ膝丸にもあげてたんだよね?それで何だか良い雰囲気でいちゃついてたって言ってたよね?あれ、じゃあこれは普通に義理で良い?日頃の感謝的な?ほら、メイン家族(弟)でついでに主(上司)、みたいな?下手に戸惑ったり断ったらこちらが遺体…じゃない痛い話?勘違い女乙って落ち?)


混乱の渦が審神者を襲う中、髭切は手荷物それを無理に押しつける訳でもなく、律儀に差し出したまま待っている。
審神者とは対照的に目の前の彼はいつもどおりの微笑を浮かべており、それが余計に審神者を混乱させていた。

受け取るか、丁重に断るべきか。
いやしかし―――。


「主?」
「あ、はい!」
「うん、良い返事だね。ほら、受け取って」
「え、ええ?ありがとう?」
「ふふ、どういたしまして。僕の方こそ、ありがとう」


気づけばギュッと紙袋を握りしめさせられていた。
優柔不断が招いた結果と言えばそれまでだが、ともあれ審神者は髭切の言う気持ちを受け取ることとなった。
2月13日、夜のことである。



*****



翌朝、眠い目を擦りつつ審神者が食堂へと足を進めている折りのこと。


「おはよう、主。実に良い朝だな」


曲がり角にさしかかった時、出くわしたのは膝丸だった。
どうやら機嫌が良いらしく、早朝の清々しさも相まって、寝ぼけ眼な審神者にはそれはもう眩しいばかりの笑顔である。
一体何がそんなに良いのやら。
不思議に思いながらも審神者もまた笑顔で挨拶に応じた。


「おはよう膝丸。何か良いことでもあった?」
「ああ、あったとも!うむ、そうだな。…改めてだ、主。おめでとう、そして、ありがとう」
「は?」


脈絡のない祝福と謝辞に審神者の口から思わず間抜けな声が漏れる。
ぽかんと口を半開きにしたままでいると、それが膝丸にも伝わったのか、少しばかり首を傾げられた。


「ん?どうかしたのか?」
「いや、どうもこうも…どういうこと?」
「む、どうもこうも兄者と君は晴れて恋仲になったのだ。目出度いことではないか」
「は?」
「して、主。今後君をなんと呼べば良いだろうか?主であることには変わりないのd――――」
「はあ!?」


膝丸の声をかき消す勢いで審神者の絶叫が本丸中に響き渡る。
予期せぬ主の豹変を目の当たりにした膝丸は、口を開きかけたままピシッと固まった。
悲しいかな、彼には審神者が叫ぶ理由が分からない。
そして、審神者には彼が口にした事の経緯が分からない。
分からないもの同士で固まること数秒、恐る恐る再び口を開いたのは、審神者の方だった。


「あのさ、どうしてそう思っ―――」


言いかけた折りに審神者ははたとあることに気づく。
そう言えば、昨夜、あったではないか。
何がって、いや、他の何でもないアレが。
流されるまま半ば強引に受け取った紙袋。
時間も時間だったので未だ食べずに私室に置いてあるチョコレート。
あの時髭切は何と言っていただろうか…。


(あれ、やっぱりそういう意味だったんだ…)


答えが出たところで、現状が解決するどころか雲行きが完全に怪しくなってきたのを審神者はひしと感じた。
強引とは言えお礼を言ってチョコレートを受け取った、すなわち、髭切の気持ちを受け取った。
少なくともそういう解釈を彼らはしている。
そして、今、審神者はその誤解を解かねばならない。
果たして誰も傷つけずに解くことは可能なのか、いや、きっと無理だろう。


(こんなことならあの時しっかり確認しておけば良かった…。いやでも確認してさあ答えをと言われてたらそれはそれで………)


途方に暮れて天井を仰ぐも、悲しいかな、そこに答えは書いていない。
ここに来て主の様子がおかしいことに気づいた膝丸だが、その理由まで察することは出来なかった。
昨夜、同室の兄から話を聞いた時点で、彼の中では先程彼が述べた図式が成り立っているのだから。
よもやその前提条件が謝りであるなど気づけるはずもない。


「あ、主。その、すまない。やはり急すぎたな。よくよく考えれば昨日、いや、昨夜の今朝。それも当の兄者が不在なのだ。実感もまだないのだろう」
「…………」


流石にここまで言われて黙っている訳にはいかない、いかないのだが、内容がないようなだけにどこからどう正していけばいいのやら。
朝から言いようのない疲労がどっと審神者を襲う。
心なしか痛む米神を押さえながら、審神者は重い口をゆっくりと開いた。


「あのね、膝丸。すごく申し訳ないんだけど、ごか―――」
「おっ、こんなところにいたのかよ。ほら、油売ってないでさっさと飯行くぞ、飯」
「和泉守、今朝の厨当番だったのだな」
「ああ、そうだ。分かったんなら、さっさと食堂へ来な。話はそれからだ。ほら、食いっぱぐれるぞ」


追い打ちをかけたのは、他でもない審神者の腹の音だった。
和泉守の言葉に同意するようにグウと鳴る腹を押さえつつ、審神者は内心頭を抱えた。
嗚呼、どうしたものか。
そうして、誤解は誤解のまま、解かれることなく朝が終わろうとしていた。



【完?】

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