それぞれの領分
どうしてこいつはこうも無防備なのか…。
縁側でごろんと昼寝を満喫しているエナガを見つけた三成の感想がそれだった。
呆れて物も言えないとは、きっと今の心境を言うのだろう。
一人納得しつつ、三成は未だ微動だにしない眠り人に視線を下ろす。
いくらなんでもいい加減気配を察して身じろぎぐらいすればいいものを、全く以て起きる様子もない。
いい年なはずなのに熟睡できる彼は、つくづく呆けている。
そう、平和ボケ。
シマエナガが三成の目の前に現れたのは一年前。
第一発見者は三成の友である幸村だった。
幸村曰く、「突然光と共に姿を現した」そうだ。
以降幸村と一緒に行動していたらしいが、如何せん住む国ではなく時代が違うとのこと。
殊に彼の住む時代は泰平の世で、国内での内乱など夢物語の話らしい。
ある意味秀吉の望む誰もが笑って暮らせる世に近いと言える。
そのような平和な世界で育ったせいか、エナガの危機管理能力はこの時代で生きるにはかなり乏しい。
社交性に関して言えば、三成よりも上手く、世渡り上手の部類に入るものの、如何せん、この戦乱の世を生き抜く上での肝心なスキルが備わっていなかった。
身体能力も年齢相応のものがあるだけで、身を守る術など一切持ち合わせていない。
幸村に拾われていなければ、確実に野盗やらに身ぐるみはがされ殺されていただろう。
そのあたりは本人も自覚があるようで、幸村には頭が上がらないらしい。
………が、それでも改善する気はないのか、できないのか、現状を見るに、エナガの危機管理は相変わらず呆けたままである。
(痛い目を見なければ分からぬバカだとは…実際遭ってからでは遅いと言うのに)
ここは一つ、自分が身を以て知らしめてやろうか。
このまま歩いて背中あたりに軽く蹴りを入れてしまえば、いくらエナガでも痛みで起きるだろう。
もしくは軽く踏みつけてやってもいいかもしれない。
そして、起きたらくどいと言われるまで説教してやろう。
心を決めた三成が、いざ実行に移そうとした矢先―――――。
「は…―っくし!」
布団も何もかけずにごろ寝していたため、ちょうど夏が終わったこの季節、肌寒さに負けたのだろう。
くしゃみをして意識が戻ったのか、エナガはもぞもぞと起き上った。
「…………」
「ん、…あー、三成。どうしたんだ?そんなところで突っ立ってて。俺に用?」
「ああそうだ。お前がバカ面さげて床にへばり込んでいたからな。思いっきり蹴り倒してやろうと考えていたところだ」
「え、何それ。酷いな。邪魔になるほど陣取っていないだろ?」
「存在自体が邪魔だ」
「そこまで否定するか?まあいいけど。嫌なら邪魔者は消えますよ。三成の視界からだけだけど」
「相変わらずの減らず口だな」
「三成にだけは言われたくないね」
「それはこちらの科白だ」
「ああ言えばこういうよな」
「こう言えばああ言うな」
…違う。
そういうことを言いたかった訳じゃない。
当初の予定とは明後日の方向へと流れ出す会話に、三成は頭を抱えた。
エナガと関わるといつもこうだ。
どうも彼は相手を自分のペースに持っていくのに長けている。
それが無自覚であるところが尚始末に負えない。
「っと、冗談はここまでにして。言いたいこと、あるんだろ?」
「何を今更」
「まあまあそう言わずにさ」
「今のお前に説教するだけ無駄な気がするんだが」
「げ、説教かよ。こんなところで昼寝するなってことか?」
「自覚があるなら多少なりとも自制したらどうだ?尤も問題は昼寝だけではないがな」
「それってどういうことだよ?」
「自分で考えろ…と言いたいところだが、考えたところで答えに辿り着けるお前ではないから、今回は特別に教えてやる。無防備に間抜け面を晒していると、いずれ痛い目を見るぞ」
「『襲われちゃうー、きゃっ』……的な?」
「喜色悪い声を出すな!襲う違いを考えろ!」
「あー………了解。意味、分かったわ」
「それなら今後は気をつけるだけじゃなく、努力することだな。その平和呆けした心身を改善することを」
「それは善処したいけど、多分無理だな。俺、戦闘センスないし」
「努力もせずに最初から投げ出すな。せめて少しくらいは危機管理能力を身に付けろ」
「そのくらいはやってるさ。でもな……」
この期に及んでまだ言い訳か。
今日と言う今日は覚悟を決めさせてやる、と、三成は意気込むも、エナガの次の言葉に口を挿むのを一旦中止した。
「幸村がさ…無理に身に着ける必要はないって言うんだ」
「幸村が?」
よもや言い訳の理由として出されるとは思わなかった相手の存在に、三成は己が耳を疑った。
いくら何でも嘘を付いてまで幸村を理由に努力を怠るエナガではない。
そのあたりは三成とて解っている。
だからこそ訳が分からなかった。
目を見開いたままエナガを凝視する三成に、居心地が悪くなったのか、エナガは視線を庭へと変えつつ溜息をついた。
「あー、別に全く鍛錬するなとは言ってないからな。それに、護身術程度の身のこなしは一応教えてもらってる」
「なら何故それ以上を求めないんだ?」
「だから言ったじゃん。必要ないって言われたって。要は戦力外通告みたいなもんだろ。三成みたいに直球じゃないけど」
「だが―――」
確かにエナガは戦に向いていない。
精神面においても、肉体面においても。
知略を巡らせる器でもないし、己が腕で相手をねじ伏せる力もない。
頭では分かっているのに、三成にはどうしても納得できなかった。
エナガに対しても、幸村に対しても。
三成が行き場のない憤りに似た不満を持て余していると、エナガはエナガで思うところがあるのか、逡巡の末、再び口を開いた。
「住み分け…かもな」
「どうしてそう思う?」
「何となく。そりゃ道中とか戦時とか、戦力が多いに越したことはないけどさ。得意不得意はあるから無理に出来るようにしないで、お互い苦手なとこをカバーし合うというか……」
「どうみても助けられてばかりだったように思えるが?」
「否定はしない。だから断言できないんだよ。あとは……俺がこの世界の人間じゃないから、かな」
「郷に入れば郷に従えではないか」
「俺もそう思った。で、それを幸村に言ったんだけどさ。幸村の返しが…」
「『必要ない』と」
「そ。いつかは元の平和な世界に帰る人間が、戦う必要はないってこと」
そう言って笑うエナガの姿は、三成にはどこか寂しげに映った。
(ああ、そうか……)
だから戦おうとしないのか。
そして、戦えないのだ。
三成の中に渦巻いていた不満が、徐々に霧散していく。
エナガには帰る世界がある。
その世界は殺戮とは無縁の世界。
だからこその平和ボケであるし、殺す・殺されるという生か死かの危機感がない。
けれども、一度その世界に足を踏み入れてしまえば、業に従ってしまえば、世界が変わる。
この世界に骨を埋めるのであれば、仕方がないが、いずれ平和な世界に帰るとしたら、話は別。
それが分からない三成ではない。
(幸村はそれを見据えた上で言ったのだろうな。そしてエナガも理解しているということか)
そう。
二人とも己の領分を分かっている。
見抜けなかった己が浅はかだったという訳だ。
(俺もまだ未熟ということだな…)
三成はエナガに気づかれぬよう苦笑した。
「おーい。三成。聞いてるか?」
「聞こえている。なんだ、鬱陶しい」
「人に声かけといてそれはなくね?……で、説教は?」
「お前は全くどうしてこう……いや、もういい。それがお前だろうからな」
「分かってくれたのなら助かるよ。理解者は多い方が良いしさ」
「この場合、理解というよりも諦めの境地なのだがな」
やれやれと、三成は嘆息する。
呆れをふんだんに含んだ溜息にも関わらず、エナガはけらけらと笑っている。
そんな彼に毒気が抜かれて行くのも、またいつものこと。
なんだかんだで悪い気がしないのも、またいつものこと。
(俺もとうとうあいつらの仲間入りということか…)
この場にいない友を思い浮かべながら、三成は感化された己に対して、いよいよ諦念の心地に至るのだった。
=====
ついにやらかしました男主夢。
大丈夫、これ友情夢。ほのぼの。
ニアホ○が(も)萌えるので、当分はこんな感じの雰囲気ばかりの夢になるはず……。
(予定は予定であって(以下略))
2014・10・某日
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