4:縁の行方




階段でのやりとりがあってからエナガは愈々自室に閉じこもるようになった。
少しは外気でも吸いに外出しようと言っても頑なに断り続けるエナガに陸遜らがほとほと困りかけていた頃、事情を知る尚香が彼女のもとを訪ねてきた。

この世界に迷い込み始めてできた女友達ということもあり尚香の訪問にエナガは快く受け入れた。
部屋に入るのを許されるや、尚香はエナガの腕を掴むと有無を言わさず強制的に部屋の外へと連れ出した。
話してくれと懇願するも私に任せてと返ってきただけで解放してくれる気配はない。
仕方なくされるがまま引きずられていった先は城下にある大きな食堂だった。


「たまには外で食べるのもいいでしょ?」

「でも、いいの?」


かりにも姫の尚香が護衛もなしにこのような大衆食堂にいてもいいのか。
驕りと言うが本当にいいのか。
二つの意味を含めて問うと尚香はそのどちらも心配する必要はないと言う。
仕舞いには今度そんなことを聞くと怒ると無茶苦茶な脅しまでかけてきたため、そこまで言うなら大丈夫なのだろうとこれ以上とやかく言うことをやめにした。


「兎に角、今は美味しい物を食べて気分転換しなくちゃダメよ」

「尚香…」

「聞いたわよ。…無理してるんでしょう?」

「無理というよりは今の今までサボっていたツケみたいなものだから仕方ないよ」

「だからといってずっと部屋にこもりっきりだと体に悪いわ」

「…それでも、早く帰る方法を探さないと。陸遜たちに迷惑をかけ続けるわけにはいかないから」


自分は重荷以外の何物でもない。
それを先日階段での一件で嫌と言うほど実感させられた。

なおも何か言いたげな尚香の視線に敢えて気づかないふりをしてエナガは今し方目の前に出された食事に手をつけ始める。
この話はこれまでと態度で示したつもりだが、当然納得のいかない尚香はぶつぶつと何やら呟いた後、自身の食事に手をつけることなく再度エナガに問いかけた。


「ねえ、エナガ」

「…何?」

「陸遜のところに居づらいのなら私のところに来ない?」

「その方がもっと無理だよ…」

「きっと兄さまもエナガなら喜んで歓迎してくれると思うわ。あ、でも、陸遜が納得しそうにないわね」

「まさか…それはないよ」


仮に陸遜にとって不都合なことだとしても、恐らくそれは自分が持つ現代の情報流出を防ぎたいからだろう。
いくら戦が身近にない世界でのほほんと暮らしてきたエナガでも自分がこの世界にとってどういう存在なのかぐらいは把握している。
そんなことはないとなおもくってかかろうとする尚香の言葉を適当に流しながら、エナガは早く食べないと冷めるよと口ばかり動かす彼女の注意を食欲へと向けさせようとした。




◆ ◆ ◆ ◆




エナガと尚香が外出していた頃、彼女たちのいる食堂とはうって変わってしんみりとした室内で陸遜と陸瑁は食卓についている。
こうもしんみりとしていては折角の温かい食事もどこか冷たいように感じながら黙々と食べ続けながら陸瑁は先程のことを思い返した。

強制的とはいえ折角エナガがやっとまともに部屋から出てきてくれたのだ。
一緒に食事でもしたかったのだが、助っ人の尚香は屋敷の主らに構うことなくまるで本でも借りていくようなノリでエナガをそのまま外へと連れていってしまった。
護衛という名目で付いて行こうと思えば行けたのかもしれないが、流石に姫直々に同行するなと言われては逆らうことはできない。
肝心の兄は兄で何もすることなくそれを見送っている始末だ。

自分がしっかりするしかない。
そうは思うものの、自分が何とかできるかは…正直自信がない。
陸瑁としては出来る事ならこのままエナガが傍にいてほしいと思っている。
欲を言えば偽りの義姉としてではなく堂々と義姉として。

この願望を兄が許してくれるかは分からない。
以前エナガに対する気持ちを兄にそれとなく聞いてみたが、自分と同じ気持ちでいてくれるかはよく分からなかった。
反応からしてエナガの存在を好ましくは思っているように見受けられる。
ただそれが異性に対する好きとしてなのか人柄として好きなのかと問われると本人ではないので断言できない。
とは言え兄の言動を思い返してみて、仮に本人の自覚はないとしても恐らく前者のような気がするのだ。
陸瑁としては兄の本心を知りたいのだが、兄のことだ、そうあっさり教えてくれそうにないのは目に見えている。
考えれば考えるほどもどかしさからくる不満と苛立ちに苛まれていく。


「義姉上が本当の義姉上になったらいいのに」

「…それはどういう意味です?」

「そのままの意味ですよ」


わざとらしく不貞腐れた言い方をしてみたところ返ってきた兄の反応の少なさに陸瑁は目を丸くする。
本当に自覚はないのかと恐る恐る口にすると、悲しいことに本人は何に対する自覚なのかと聞き直してくるではないか。

流石に逆に聞かれては返す言葉もない。
こういう類の問題は他者から指摘されるより出来れば自身で気づいてほしいのだが。


(いい加減早く気づいてくれたらいいのに…)

「瑁?」

「…何でもありません」


妙なところで自分に鈍感な兄にこちらの方がやきもきさせられる。
やれやれと内心不満だらけの陸瑁はそれ以上兄に突っかかることなくつい疎かになっていた目の前の食事へと意識を向けた。
そのため陸瑁は気づくことはなかった。
陸遜の表情が一瞬硬いものになったことに…。




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