十四:鉢合わせ
若干ぎくしゃくした雰囲気になりつつも二人は無事少女の家まで辿り着いた。
玄関前まできたところで最後まで案内してくれた瑁に礼を述べるエナガだが、笑顔とともに返ってきた言葉は、案の定礼には及ばないとのものだった。
そればかりか自分も少女の見舞いに同行したいと言ってきたのだ。
別段断る必要もないとエナガは頷くと、玄関の戸に手を伸ばす……が、二人の気配を察知したかのようにギィ…ッと扉が自動で開け放たれた。
驚いて今まで瑁に向けていた視線を正面に戻したエナガは、目の前にいる人物を目の当たりにして再度驚愕の色を露わにする。
しかし。
実際に驚きの声を挙げたのはエナガではなく、
「あ、兄上?!」
傍らにいた瑁の方だった。
その声にエナガが再び視振り返ると瑁の顔には驚きとともにしまったと幾分かの気まずさが見え隠れしている。
逆に“兄”と呼ばれた側は最初こそエナガと瑁という組み合わせに目を見開いたものの、何かを察したのかそれ以上驚くことはなかった。
そして、見事間に挟まれたエナガはというと、彼がここにいる驚きもさることながら、これからどうしたらいいものかという困惑の方が勝っている。
「えっと、なんで陸遜がここにいるの?」
「ああ、それは……」
無難な言葉を選んだつもりがそれはむしろ逆にエナガにとって自滅の選択肢だった。
僅かばかりの躊躇の末、陸遜が彼女に告げた内容を漸くすれば、エナガが無事目的地にたどり着けるのか心配だったかららしい。
道を尋ねた際、本当に大丈夫かと念押しの確認でも多分と不安な要素を残す物言いだったのが余計に気になったとのこと。
どうやら自分は心配の種と化しているようだ。
もしかしたらここ一連の出来事を通して陸遜の中でトラブルメーカーと位置づけられたのかもしれない。
考えるにつけ肯定の事例しか思い浮かばないことにエナガは肩を落とす。
「エナガ殿、大丈夫ですか?」
「…うん、何でもない。何というか、ありがとう」
苦笑交じりにそう返すとやはり気にするなとの返答が戻ってきた。
その人を気遣う柔らかな表情をみるにつけてエナガは改めて背後にいる瑁と陸遜を見比べた。
「やっぱり、似てるね」
「「え…?」」
言われた本人たちは突拍子もない感想に何をいきなりとばかり疑問符が飛ぶ。
息ぴったりの反応やタイミングにエナガは思わず笑みを溢した。
年が幾分か離れているため双子のようとはいかないが、逆にそれが面白い。
思わぬところでツボに入ったエナガはこみ上げてくる笑いを誤魔化すように早く見舞いに行こうと二人を促したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
少女の回復をその目で確かめた後、陽が傾き人通りが疎らになった帰り道をエナガは歩いていた。
もちろんその隣には案内を買ってでた瑁と一足先に訪れていた陸遜がいる。
鉢合わせた直後こそ二人の関係に面喰らったが、瑁の一連の言動から薄々そうではないかと感じ取っていたのもあって、今はもう戸惑うことなく自然体で接している。
少女の家を後にしてすぐ、瑁に何故自分を知っているのかと先に思っていた疑問を口にしたところ、やはり情報の出所は兄の陸遜だった。
それ故エナガにとっては初対面でも瑁にとってはそうではなかったということだ。
「やはりエナガ殿は違う世界から来たんですか?」
「そうだよ。…まあ信じられない話だと思うけどね」
兄から聞いたであろう事実だが、そうはいっても俄かには信じがたいものではある故の問いだろう。
エナガとて自分が逆の立場ならそう易々と信じるわけがないと思っているため、やや遠慮がちに問われた言葉に苦笑しながらも不快に感じることはなかった。
エナガからの答えに納得した瑁は信じますと断言した。
そのあまりの力の入れっぷりにエナガの口には自然と微笑が浮かぶ。
先程苦笑混じりに答えたエナガに気分を害してしまったかと内心不安に思っていた瑁もまた微笑む彼女を見て安堵を含んだ笑みを浮かべた。
そんな中――。
「仲が良くなったのは非常に喜ばしいことだとは思いますが…」
ごほん、と業とらしい咳に視線を変えると、困ったようにこちらを見る陸遜と目が合った。
先の鉢合わせとはまた違った微妙な空気が三人を取り巻いたのは言うまでもない。
「私がいるのも忘れないでいただけませんか」
「「す、すみません」」
慌てて同時に謝る二人に、陸遜はふとあることを思い出した。
飲み比べ後の一件である。
あの時、エナガと凌統とのやりとりに中々自分は口を挟むことができなかった。
別に大したことではないと分かってはいるのだが、今回のことといい何というか…何とも言い難い複雑な気分になる。
自分だけ除け者にされた寂しさのようなそうでないような…。
いずれにしても率直に言えば、“面白くない”ということになるのだろうか。
そう考えると糸が絡んでいくようにぐるぐると胸中にある蟠りが肥大していくように感じた。
陸遜がそんなことを思っていることなど知る由もないエナガはその沈黙を怒りと感じとったらしく、必死に弁明を試み始めた。
「なんというか、集団での会話より一対一の方が慣れているからつい…」
「それは遠まわしに私が邪魔だということですか?」
「ち、違うって。だから話に夢中になると周りが見えなくなる癖があって、邪魔だと思うわけないでしょ」
「…そうですね」
「…陸遜、まだ分かってないよね?」
「そんなことはありませんよ」
「ならなんでそうムキになるわけ?」
「ムキになっているのはエナガ殿でしょう」
「…私から言わせてもらえば、言い返す方がムキになってる証拠だと思うけど」
「ならば言い返したエナガ殿がそうなのでは?」
「な……っ」
ああ言えばこう言うという典型的なやりとりに、第三者となった瑁は仲裁に入るべきなのかと戸惑うも、傍からみれば痴話喧嘩にもとれるそのノリにそれも馬鹿らしいと溜息をついた。
と、同時にいつになく突っかかる兄に珍しさを感じ、蚊帳の外なのをいいことに改めて二人をまじまじと観察した。
人あたりのいい兄が自身と同じくらいの年齢の、更に言うなら女性相手にこうした応答をするのは今まで見たことがない。
それが良い事なのかそうでないかはよく分からないが、悪くないと瑁は思う。
ともあれ……。
「今度は私がのけ者かぁ…」
空を見上げ業とらしくぽつりと呟いた瑁に、エナガと陸遜はハッと我に帰りばつが悪そうに苦笑した。
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