十七:思わぬ帰還(予期せぬ帰還)
閃光が溢れエナガを包み消えゆくのはほんの僅かな時間だった。
そんな刹那ともいえる一コマの間で己が感情を自覚させられることになろうとは――。
恐らく陸遜自身全く思ってもみなかっただろう。
先の会話からもエナガが故郷に帰りたがっていることは痛いほど分かった。
仮に自分がエナガの立場であっても同じ思いを抱くだろう。
元の世界に帰ること自体反対する気もなかったし、むしろ頼まれたら進んで協力するつもりであった。
…少なくとも異変が起きたあの瞬間までは。
無意識の領域だったのだ。
光に消えゆくエナガを引き留めるように彼女へと手を伸ばしたのは。
自分の前から手の届かない所に消えてしまうのだけは許せなかった。
そう、ただそれだけ…。
何故そこまで彼女に拘るのか。
答えは一つ。
それが何であるかを、この時、陸遜は漸く理解し自覚に至ったのだった。
十七話:思わぬ帰還(予期せぬ帰還)
光も音もない渾沌の闇に陸遜はいた。
閃光に巻き込まれた直後、その眩さに目を閉じたところまでの状況は把握していた。
しかし、光が消え異変も収まったかと思いきや、目を空けた視界は闇に閉ざされていたのだった。
僅かばかりの明りさえ存在しない完全なる漆黒と自分の鼓動が聞こえるのではないかと錯覚を覚えるくらいの静寂。
どう考えてもここは自分がいた場所ではない。
視界こそ奪われているものの肌に感じる空気や少し歩いてみても何にもぶつからないことなどからそれがよく分かった。
(エナガ殿は…?)
つい先程まで傍にいたはずの存在が今は見当たらない。
気配を探すも周囲には人はおろか生物の気配さえ感じ取ることができなかった。
恐らく近くにはいないのだろう。
とはいえ、視界を失い右も左も分からないこの状況下でこれ以上下手に動きまわるのは自殺行為といえる。
だからと言ってこのまま何もしないでいることは陸遜にはできなかった。
無謀な行為だと覚悟の上で陸遜は止めていた足を一歩闇の中に踏み出した。
そうまでしてエナガを探そうとする理由は、…至極単純で明白である。
(好き、だからなのでしょうね…)
こんなことになるまで気付かないほど自分は鈍感だったとは……。
自分の中ですんなりと出たその答えに陸遜は苦笑する。
だが、以前のように訳の分からない違和感を抱えたままよりもはっきりしてしまった方が開き直れるというもの。
事態は深刻なはずなのに今の陸遜は不思議と何とかなるというこれまた普段なら考えられないくらい楽観的だった。
そんな折、目の前にふっと現れた人の気配に陸遜はもしやと思い声をあげた。
「エナガ殿!?」
「ぅわっ?!…ってこの声、もしかして陸遜?」
「ええ、私です」
「よかった。いきなり声がしたからびっくりしたよ」
「驚かせてしまいすみません。怪我はありませんか?」
「ああ、怪我はないよ。そういう陸遜は大丈夫?」
「ええ。とにかく貴方が無事でよかったです」
「私も陸遜が無事で安心したよ。目を開けたら真っ暗闇で近くにいたはずの陸遜はいなくなってるし…最初は動くのはまずいかなーって思ったんだけど、じっとしていても始まらないと思って歩いてたんだ。でも、こうしてお互い無事に会えたんだからひとまず万々歳だなあって」
陸遜と再会できた安堵からか今までの不安を吐き出すようにエナガは言った。
表情こそ見えないものの聞こえる弾んだ声からいつものエナガらしい笑顔を浮かべているのだろうと陸遜は思った。
ともすれば気分も沈みこんでしまう闇の中、束の間の安息だった。
「ひとまず離れないように手繋がない?」
「えっ?」
「…この暗闇、陸遜の世界に行く前に入った感じのやつと似てる気がするから、いつ変な所に飛ばされるか分からないんだ。あ、嫌なら無理して繋がなくても他の方法考えるから」
突然の申し出に陸遜は動揺するも、直後のエナガの言葉を聞くと成程と納得すると同時に、一瞬でもあらぬ期待をしかけた己に失笑した。
そう、今は他所事に意識を持って言っている場合ではないのだ。
再会こそできたものの、この暗闇から逃れる術はまだ見つかっていない。
「り、陸遜…?」
「あ、いえ。何でもありませんよ」
反応がない陸遜に不安を覚えたエナガに心配するなという代わりに彼女に近づくと気配を頼りに自分からその右腕を掴んだ。
そして離れないよう掴んだ腕から今度はその手を採るとぎゅっと握りしめた。
「えっと…いいの?」
「ええ。エナガとなら構いませんよ」
嫌どころかむしろ大歓迎ですよ。
口にこそ出さなかったが、陸遜は心の中でそう言った。
今はまずここから脱出することが先決。
陸遜の顔つきがいつもの柔和なものから戦で見せる軍師のそれに変わる。
エナガの話ぶりからすると、ここは彼女の世界と陸遜の世界を繋ぐ空間なのではないだろうか。
だとすればどこかにいずれかの出口があるはず…。
しかし、以前彼女から聞いた話だとその出口は一定の場所にあるわけではなく、人のように気まぐれに現れたり消えたりする可能性が高い。
不規則的ならば下手に動こうがこの場に留まろうが所詮は運次第ということだ。
エナガと出会うことができたのも幸運だっただけなのだろうか。
仮にそうだとしても、これは少し――。
「都合が良過ぎますね」
「どういうこと?」
「この状況です。この広大な空間で離ればなれになったにも関わらず、いとも簡単に私達は再会できました。運が良かったと済ますには少々…」
「気になるところがあるってこと?」
「ええ。エナガ殿が私の世界に来た時の話を考慮すると、まるで何者かの意図があるように感じるのですよ」
「それじゃあ誰かが私を何らかの理由で陸遜の世界に連れて行ったってことだよね?」
「理由こそ分かりませんが恐らく…」
「もしかしてその誰かに会えば何とかなるかも…」
「ええ。ひょっとしたらその者は今も私達をどこかで見張っている可能性もあります」
陸遜の結論を肯定するかのように空間がゆらりと揺れた。
驚く二人を他所に漆黒の闇が音を立ててはじけ飛ぶ。
「「!!」」
外から流れ込むまばゆい光に二人はまたも目を閉じることを余儀なくされた。
そして、閃光から解放された二人が最初に目にしたものは――。
「ここは…書庫、みたいですね」
視界にはずらりと棚に詰め込まれた書籍。
鉄製の棚が整然と並ぶ室内に窓は一つもなく、照らされる光は白く光る灯が一定の間隔で設置されている。
見慣れない光景に陸遜が目を奪われている中、隣にいたエナガは茫然としながらもこう呟いた。
「ここ……」
「エナガ殿?」
「私の大学にある…図書館なの」
戸惑うエナガに声をかけた陸遜だったが、エナガの一言により今度は自分が戸惑うことになった。
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