十九:優先事項
目が覚めたら部屋には自分以外にもう一人の存在がいる。
横で眠る彼をみてこれが夢ではないことを改めて実感するエナガだった。
十九話:優先事項
陸遜とともに自分の世界に戻ってきてから最初の朝を迎えた。
家に帰り一息ついた後、今後の生活について話し合った結果、陸遜が戻れるようになるまでエナガの家で暮らすことになった。
それにあたり暫く暮らしていけるだけの生活用品を確保するべく日が傾き始めた夕方にエナガは陸遜を連れて近くの店に片っ端から足を運んだ。
おかげである程度のものは一日で揃えることができたのはいいものの、突然の環境激変にお互い身心ともに疲労したらしく、帰った後は食事など最低限のことを済ませてそのまま眠りに落ちたのだ。
そして今に至るというわけである。
「…おいしかった?」
向かい合う形で座り用意した朝食を黙々と食べ終えた陸遜にエナガは徐に尋ねた。
用意したとは聞こえがいいが、所詮いつものトーストとスクランブルエッグやベーコン、ヨーグルトという誰でも簡単に作れるものだ。
とはいえ向こうの世界では口にすることのない代物であるため、果たして陸遜の口に合っているのかどうか。
そんな不安により発した言葉であったが、陸遜の答えにそれもすぐに杞憂となって消えた。
「これからどうするのですか?」
「んっと、まずは陸遜が帰る方法を見つけることでしょ?」
「それはそうですが…私が言いたいのは、エナガ殿のことです」
「私…?私は別に――っ、あ…」
陸遜の言わんとしたことが分かるやエナガの顔はみるみるうちに蒼白になっていく。
「レポートと試験!」
「折角もとの時間に戻れたのですからまずはそちらを優先させてください。その後でも私は一向に構いません」
「本当にいいの?」
「ええ。ひとまずここでの生活にあたっての決まりなどを教えていただければ、後は何とかしますから」
「…でも」
なおも渋るエナガに対して陸遜が言った一言、それはエナガの迷いを一瞬にして断ち切った。
「留年は嫌なのでしょう?」
「…はい。お言葉に甘えて私事を優先させていただきます」
ちらりと床に目をやると、そこには昨日積み上げた文献や資料がエナガを待っているようにその存在を主張している。
当分は彼らと愛用のパソコンとの睨めっこが続きそうだ。
後片付けをした後、頑張りますと言いながらもへろへろと資料の山に向かうエナガを陸遜は微笑ましげに見守るのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
陸遜の好意を受け溜まりに溜まった文献と資料と格闘すること三時間。
そろそろ集中力も切れかけたエナガは文献から目を離すと一呼吸して凝り固まった体をほぐそうと背伸びをした。
(喉乾いたな…)
思えば朝以来水分補給をしていない。
乾ききった口を潤すべく台所へと向かおうと席を立とうとした矢先。
「どうぞ」
「ん、ありがと…って。陸遜?!」
横から差し出されたグラスに何も考えず手を伸ばしてから、エナガは陸遜の存在に気がついた。
驚きのあまりグラスを掴んだまま固まるエナガを陸遜は不思議そうに見降ろしている。
「どうして?」
「そろそろ喉が渇くかと思いまして」
「あ、うん。そうだったんだけど、飲み物の場所分かったの?」
そういえば機械の使い方や種類など日常に関わる重要事項をまだ何も教えてないような…。
なのに何故、と目で訴えかけると見よう見真似という実に尤もな意見が返ってきた。
肝心なことを教えずにいた自分の落ち度にエナガは慌ててすまないと謝罪すると、小休憩も兼ねてこの世界の常識を始め生活用品についてまで一から陸遜に教えることにした。
そして、小休止なはずのレクチャーはいつの間にやら形を変え、結局のところ夕方近くにまでもつれ込むこととなる。
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