二十一:構内見学




夏季休暇前日ということもあり通常に比べ人通りが幾分か少ないキャンパス内をエナガは陸遜を連れて歩いている。
状況はどうであれ折角この世界に来たのだからいろんなものを見ていってもらいたいと考えたエナガは、レポート提出の目的も兼ねて大学を選んだ。



「斜め右にあるのが体育館で、その隣にある建物が一番新しい校舎だよ。そしてその隣が教授の研究室」

「ではこの先にあるのは?」

「教室にカフェテリア、あとは図書館と事務室があるんだ」

「かふぇ…?」

「ああ、えっと、食堂みたいな場所だよ」

「食堂もあるのですか…」

「なら夕食はカフェテリアで食べようか」

「しかし…」


難色を示す陸遜の様子に合点がいったエナガは、代金は問題ないから気にするなと笑顔で言う。
なおも是としない陸遜に内心真面目だと苦笑し、彼の世界で散々お世話になったお返しをさせてくれと半ば頼みこむような形で納得させた。

そんなやり取りをしているうちに、大学に足を運んだ当初の目的であるレポートの提出場所に到着した。
一階にある提出専用の小部屋は締め切りが明日ということもあり鮨詰め状態というわけではないため、陸遜を扉付近で待たせたエナガは混雑を気にする必要もなくレポートを提出することができた。


「お疲れ様でした。これでなすべきことは終わったのですね」

「うん。あとは――」


最後まで言う代わりにすっと視線を陸遜に向ける。
エナガの言わんとすることを理解した陸遜だがすぐここでそれを議論する気は毛頭ないらしく、気負うエナガに気長にいこうと軽く話した。

今はこの時間を有意義に使いたい。
エナガの意思を尊重するあたり異界を繋ぐ主は良心的だといえ、そう考えると自分の場合も然程深刻にとらえる必要もないように感じるのだ。

陸遜はなおも心配の色が消えないエナガにそう告げると、夕食の時間まで構内を案内してくれと促し、それにまたエナガも肯こうとした矢先。
視界に何者かをとらえたエナガは目を見開いたかと思うと焦燥の色を見せ、咄嗟に陸遜の腕を掴むと走り出した。


「陸…じゃなくて伯言こっち!」

「え、あの…」

「いいから急いで!」

「は、はい」


事態をのみこめないでいる陸遜はエナガの引かれるまま足早にその場から立ち去った。




◆ ◆ ◆ ◆




「こ、ここまでくれば…」

「一体何があったのですか?」


突然引っ張られたかと思うとそのまま近くの校舎に連行され、人気のない廊下を暫く進んだ後に行き着いたのは空き教室。
エナガの行動に最初こそ驚いていた陸遜だったが、何か事件でも起こったのかと連行されながらも周囲に気を配っていたのだが…やはりこれという危険は見受けられずにいる。

疲労の色を一切みせない陸遜とは対照的に必死だったのも相まってエナガはぜえぜえと肩で息をしていた。
呼吸を整えるのに数十秒かけた後、再度大きく深呼吸をしたエナガの口から出た言葉に陸遜は脱力させられることになる。


「…友達がいたの」

「……は?」

「あそこで会うといろいろといらない詮索されるかなあって思って」

「…あの、もしかしてそれが理由ですか?」

「え、ああ、うん…驚かせてごめんね。でも、あの場で鉢合わせていたら後々面倒かなって」

「面倒と言うと?」

「何というか、どこで知り合ったのかとかどういう関係なのかとか…私のことだから上手く誤魔化すことができないし、流石に違う世界で知り合いましたなんて言えないしね」

「まあ…それはそうですね」


確かに異世界というのは向こうでもこちらでも不用意に発言していいものではない。
一歩間違えれば正気かと疑われることは目に見えている。

ただ、それとは別に逃げなくてもよかったのにという思いが陸遜にはあった。
知り合った場所をそのまま言うのは問題ではあるが誤魔化す手段などいくらでもある。
少なくとも嘘が苦手なエナガをフォローすることくらい陸遜には朝飯前だ。
だから態々逃げる必要もなかったし、関係だって(陸遜的には不本意ではあるが)友人とすればそれで問題解決と言えよう。


「…複雑なところですね」

「陸遜…?」


面倒事を回避したと判断する理性とは真逆の感想を抱く感情に苦笑したところ、どうかしたのかと尋ねるエナガになんでもないと誤魔化すことになった。





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