二十三:とばっちり



「…やはり狭いな」


エナガの部屋を見て仙界からの来訪者の一言がそれだった。
相手が相手なだけに冗談でも悪かったなと言えないエナガは精一杯の引き攣り笑顔でそうですかと相槌を打つ。
そのぎこちない表情を横でばっちり見てしまった陸遜に十分快適だったと何とも言いようのないフォローを言われて感謝どころか余計惨めな心地に追いやられた。
自他共に認める狭い室内で最低限のもてなしをしながら何とか気を取り直して何故今ここに現れたのかと話を振ったところ、これまた呆気にとられる返答が返ってきた。


「気まぐれだ」

「き……」

「それはどういうことですか?」


エナガの言葉を代弁するように陸遜が何か裏があるのかと女[D:23207]に説明を求めたが、それもやはり様子見に来ただけとはぐらかすような答えだった。
ならばと何故自分が異なる世界に迷い込んだのかを直接女[D:23207]に問い詰めた。
自分たちの目の前に現れた時点で少なくとも女[D:23207]がこの件に関わっているのは間違いないはず。
こればかりは言い逃れはさせないとより真剣な面持ちで向かいに座る女[D:23207]に向き直る。
エナガの思いを酌んだらしくそれまで不敵な笑みを綺麗な面に浮かべていた女[D:23207]も茶を一口含んだ後、一呼吸置いてから口を開いた。


「…賭けをしていた」

「賭け…?」

「ああ。異なる時空と時空を繋ぎ人の子を移動させることができるのかという賭けだ」

「それでエナガ殿と私がその成功例ということですか?」

「そういうことだな。正確には時空と時空の狭間に拒まれず行けたのはエナガ一人だか」

「じゃあ陸遜は…?」

「私の力を使った。お前を帰す際巻き込まれたのでな」


どちらかといえば望んで巻き込まれたのだろう?
言わないまでも向けられた視線に陸遜はそれを感じ取った。
それを知ってなお拒絶することなく自分をエナガの世界に導いたのは何か思惑があってのことなのだろうか。
探ろうにも恐らくあの仙女のことだ、そう簡単に胸の内など明かしてくれるはずもない。
いや、もしかしたら裏などなく単なる気まぐれなのかもしれない。
ひとまず無理に探りを入れるだけ無駄だと判断した陸遜は、その場の発言権をエナガに委ねて自分は傍聴者を決め込んだ。


「えっと、つまり…私が陸遜たちの世界に行けたのはたまたま相性が合っただけということですか?」

「まあそんなところだろうな」

「………」


そんなことに変な運を使いたくない。
心底そう思い二人の前で頭を抱えたくなったエナガに対し、その変な運で彼女と出会えた陸遜は嘆息する彼女に同情すべきかいささか迷い苦笑するより他なかった。


「で、でも、最初私の意思とは関係なしに足が…」

「それは少しでも相性がある者を逃さないようにするためのものだ」

「ちょっ、それは少し勝手過ぎやしませんか?」

「そうか。それはすまなかったな」

「い、いいえ…って、なんか謝られた感じがしませんけど……」


からかわれた。
言葉の代わりに少しつり上がった口元を見てエナガはそう確信する。
怒ろうにも相手が仙人、しかも事の張本人であるため下手に機嫌を損ねては不味い。
自分は自業自得かもしれないが例の如く気分によって陸遜が自分の世界に帰れなくなってしまっては大変なことになる。
ここは我慢と拳をぎゅっと握り耐え忍ぼうとすると、それすらも手の内というように女[D:23207]はまたもエナガを脱力させるに値する発言をしてくる始末だった。
陸遜が何も言わないでいるうちに女二人のやりとりは妙な方向にエスカレートしていく。


「〜〜〜っ、女[D:23207]さん。私をおちょくって楽しいですか?」

「ああ楽しいな。本当にお前はからかい甲斐がある」

「……そうですか。ええもう怒っていないなら結構です」

「ほう、怒ってほしいのか?」

「ほしくないです」


さながら漫才をみているようだと感じるも、口にすればエナガを追い詰めることになりかねないため、ここは敢えて何も言わないのが吉だろう。

いずれにしてもこの仙女はエナガのことを気に入っているらしい。
彼女の真意はよく分からないが一連のやりとりからして敵意がないことはよく分かった。
逆に言えば今はそれだけ分かれば十分ということになる。

そろそろ制止に入った方がいい頃合いかと陸遜が口を挿もうとすると、先を読んだ女[D:23207]がそれを制し仕切り直した。


「それで本題にもどるが、エナガ」

「は、はい」

「この度は巻き込んでしまいすまなかった。せめてもの詫びとしてこれを受け取ってくれ」

「これは?見た感じだと赤い石みたいですけど…」


そう言ってエナガは手渡された石を上に掲げまじまじと見つめる。
手の内に丁度良い感じに納まるくらいの赤い鉱石。
宝石にしては独特の輝きを放ってはいないため、原石に近いものだろうか。


「石は石でもただの石ではない。異なる時空と時空を繋ぐ示石だ」

「それってここと陸遜の世界を行き来できるってことですか?」

「まあそういうことになるな。但しこれを使えるのはお前だけだ」

「私だけ?」

「石を使うのにも相性がいるということですか?」

「そうだ」

「え、でもこんなすごいもの私がもらってもいいんですか?」


詫びどころか対価に合わないくらいこちら側に都合が良すぎるものではないか。
エナガにとって貰えるものなら是非とも貰い受けたい品ではあるが、逆にこんな大層なものを自分があっさり手に入れてしまっていいのかという不安もないわけではない。
顔色を窺うように恐る恐る女[D:23207]の方を見ると、何を今更とでも言うような微笑みで当たり前だと返されてしまった。


「あ、ありがとうございます」

「気に言ってもらえてなによりだ。では…陸遜、この辺りでお前には先に帰ってもらうことにしよう」

「え?」

「待ってください。話が見えないのですが…」

「どうもこうもそういうことだ」


訳が分からないと二人して抗議するも、女[D:23207]は聞く耳持たずとまともにあしらうことなく指を弾く。
途端光とともに陸遜はその場から消え去ってしまった。
いきなりのことに茫然とするエナガに女[D:23207]は構うことなく姿勢を正すと何事もなかったかのようにある話題をきり出した。


「さて、私に聞きたいことがあるのではないか?」

「えっと、特には……」


言いかけてふとあることが脳裏を過ぎった。
場合によっては手に持つ石を使って陸遜たちのいる世界へ行ってはならなくなる。
もしエナガの仮説が当たってしまったら、最悪さっきのやりとりが陸遜との最後の会話となってしまう。
知りたい、知らなくてはいけないという思いと、知りたくないという思いがエナガの中で鬩ぎ合う。
数十秒の逡巡の末、意を決して陸遜たちには言えなかったある懸念を口にした。


「この世界と陸遜のいる世界は時間的に繋がっていて、歴史的な関係がありますか?」

「ないな」

「ああやっぱり……え、ないんですか?」

「ああ、お前が何をしても少なくともお前の世界の歴史を捻じ曲げることにはならない。それは保証しよう」

「そうですか。…ありがとうございます」

「だから安心してあの人の子に想いを告げるといい」

「ああそうです……は?あの、女[D:23207]さん?」


今ものすごいことを言われなかっただろうか。
表情を強張らせたエナガとは対照的に女[D:23207]は確信犯的な微笑を浮かべていた。
にやりという形容詞が当てはまるような笑みにエナガはあることを確信する。


(まさかこの人……っ)


遅い帰りだなんてよく言ったものだ。
あの時、どうやってかは分からないが女[D:23207]はエナガと友人のやりとりを知っていたのだ。
案の定再度エナガが視線を向けると、女[D:23207]は彼女の言わんとすることを察してすまなかったなと暗にそれを肯定してきた。
覗き見とは仙人と言えども失礼な、という憤りよりも今のエナガには見られてしまったという羞恥心の方が数倍勝っている。

何も言えず放っておけば蹲り膝を抱えてしまいそうなほど動揺しているエナガを見て、女[D:23207]は嬉しそうに眺めていた。
面白いのでもう少しこのままにしておくべきか、それとももっとからかってしまおうか。


「告白は…しません」

「何故だ?想いを無下にされるのが怖いか」

「それもあります。他にもいろいろと問題があるので」


想いに気づいた後、陸遜に手を引かれている時に過った憂慮が再びエナガの中で甦る。
相手が相手なだけに身分や立場などエナガの世界や国では考える必要のない複雑な問題も絡んでくる。
好きだからという理由でどうにかなるレベルの問題ではない。

それにこの世界とあの世界が時間的に別のものだとしても、自分がいることで何らかの歪みないし問題は生じてくるはず。
自分の感情だけでこれ以上掻き回すようなことはしたくない。
それがたとえ逃げで卑怯だとしても。


「自分の気持ちにも見て見ぬふりは難しいかもしれませんが自分から進んで告白する気はありません…ずるいのは分かってますけど」

「私からすればお前の考えていることは杞憂だと思うが……まあいい。お前がそう決めたのなら私はこれ以上口出ししない」

「ありがとうございます」

「そうと決まれば早く行くがいい」

「行くって…どうやってですか?」

「簡単だ、お前が行きたいと望めばそれでいい」

「それだけでいいんですか?」

「ああ、この示石はこの世界とお前が迷い込んだあの世界を繋ぐものだからな」

「そうだったんですか…」

「早く行くといい。あの者も待っているはずだ」

「はい。女[D:23207]さん、本当にありがとうございました」


立ち上がり改めて深く礼をした後、エナガは石の放つ光とともに部屋から消えていった。
それを見送った女[D:23207]は満足そうに笑みを浮かべると残ったお茶を一気に飲み干した。




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