二十四:現状維持
女禍という仙女に出逢ってから数日が過ぎた時分。
彼女の好意によりこの世界と自分の世界とを行き来可能となったエナガは、当初から世話になっている呂蒙に真っ先にその旨を告げた。
故郷へ戻るという願いが叶った今、最早呂蒙たちの世界にいる必要こそなくなったものの、折角往復ができるのなら時間とかの仙女の許す限りは交流していきたい。
いること以外の衣食住の迷惑はかけないと言うエナガに、呂蒙は何を今更とばかりの様子で今後もエナガの好きにするように言ってくれた。
そんなこんなで会う機会こそ少しだけ減ったものの、エナガが残ることは陸遜にとっても願い通りの結果だと言える。
とはいえ、ただそれだけで二人の関係が縮まるというわけでもなく、今のところその距離は平行のまま安定している。
現状維持と言えば聞こえがいいかもしれないが、要するにまだ進展していないということだ。
もちろんこの曖昧な距離を陸遜はいずれ近づけるつもりでいる。
ただ闇雲に急いだところで実るものではないため、今は確実に実を結ぶべく策を練るといった段階にある。
特に彼女、エナガは分かりやすいようで肝心なところが読めない。
注意深く心情を読もうにも何も考えていないのだとしたら…いくら陸遜とて無理な話だ。
彼女の世界で暮らしていた時間をみても、悲しいかな恋愛対象にある異性としてあまり意識されていないように感じられた。
連れてきてしまったという責任が一番にあったが故のこととも考えられる。
いずれにしても陸遜にとってエナガは難易度の高い攻略対象であることは間違いない。
考えれば考えるほど溜息ばかりが出てくる難問だ。
そして今もまた執務室へ戻る途中の通りで口から出たのはやはり溜息だった。
複雑な胸中の陸遜を知ってか、これまた絶妙のタイミングで現れたのは、甘寧と凌統という意外な組み合わせの二人だった。
どうやら待ち伏せていたらしく、ばったり出会った二人の人物を見て嫌な予感が陸遜を襲う。
「そういえばさ、軍師さんってエナガの家にいましたよね?」
「ええそうですが…」
何かと問いかけようとするも、凌統と甘寧の口元に浮かべられた意味深な笑みに逃げろと第六感が告げ出した。
退却しようと一歩後退するも成人男子、それも武将の二人に両肩をがっしり掴まれてはそれも叶わなくなった。
あれから何だかんだで一応の和解はしたようなのだが、なにもこのようなところで意気を合わせないでほしい。
勘弁してくれと業と大げさに溜息をついてみせるも、やはり無駄なようだ。
「で、少しは仲が進展したんだよな?」
「なっ、いきなり何を言い出すんですか!」
「エナガなら自分の世界に戻ってますんで今なら何を言っても大丈夫ですよ」
「そうそう、だから吐いちまえよ」
「……お二人とも、私を何だと思っているのですか?」
和解こそしたものの何かにつけて張り合う癖に、こういうことに関して妙なタッグを組まないでほしい。
呆れつつも実際のところ、環境に慣れて二、三日は寝付けなかったのもまた事実なため、これ以上の非難の言葉は言うに言えないのが実情である。
とはいえここで素直に本音を吐露すれば相手の思う壺。
何もないと答えれば答えたで予想通り同情の視線が降り注ぐ。
そしてエナガは鈍いからとかもっと押していけだの、いっそ襲ってしまえなど言いたい放題言ってからかってくるに決まっている。
こういうのをエナガ曰く“ウザい”と言うのだろう。
ちなみに、エナガが鈍いのではなく自分がそういう対象として認識されていないからだ、という悲しい事実など己が自尊心に懸けて言えたもんじゃない。
言いたいことはあるがそのどれもとてもじゃないが言えるものではないのが陸遜にとって非常に痛いものである。
それだけで頭痛がするため、この事態の回避策を練るのも通常よりも鈍くなり、その結果相手側に新たな援軍を投入させてしまうことになる。
「あれ、陸遜に凌統、甘寧まで、何してるの?」
「姫!」
「おっ、姫さんじゃねーか」
「実はですね…」
終わった。
今さら凌統を制止したところで無駄なのは目に見えている。
頭痛が更に悪化するのを感じながらも、二人が事の詳細を尚香に話している隙を衝いて持ち前の俊足を活かしてその場から一目散に立ち去った。
◆ ◆ ◆ ◆
陸遜が尚香らの尋問から逃れていた頃、エナガは休み中に出された課題を済ませるべく図書館に赴いていた。
窓のない密室に近い地下室の文献部屋。
大量の本に囲まれ本好きにとっては好奇心を掻き立てる嬉しい空間だが、それに加えて今回の出来事によりまた別の意味で非常に興味深い場所ともなった。
資料の場所を記したメモを片手にエナガは棚の番号を確認しながら足を進めていく。
目当ての棚に辿りつき、本の背に張られた番号を慎重に目で追う。
漸く探していた本を見つけすっと手を伸ばしかけたのだが。
「エナガっ」
「わっ」
背後からの声をポンと左肩に乗せられ、思わず声を挙げてしまう。
慌てて口を塞ぎ後ろの相手を見ると、案の定犯人は友人の理絵だった。
時と場合を選んでほしいと思うものの、彼女のことだ、注意しても無駄だろう。
ニコニコと屈託のない笑顔を向ける友人に半ば脱力しつつもエナガは探していた本を手に取った後、ひとまず話ができる場所へ行こうと理絵に言うと、二人して図書館を後にした。
「で、前に迎えにきてくれた例の子とは上手くいったの?」
「結局それが聞きたかったわけ?」
近くのファミレスに入って席についた直後、開口一番に出た言葉がこれである。
付き合うべきではなかったかと今更ながら後悔がエナガを襲う。
誤魔化そうにも性格上その場しのぎの嘘をつけるほど器用な方ではなく、だからと言って馬鹿正直に言うことも事情が事情なだけにできない。
ああだこうだと間を伸ばし、その間に注文した飲み物が運ばれてきてから、エナガは渋々開きたくない口を開いた。
「彼とは相変わらず良い友達でいるよ。それ以上でもそれ以下でもないから」
「どうして、なんであれから告白しなかったの?」
「しないよ。…今後もするつもりもないし」
「意気地なし」
「何とでも。こればかりはもう決めたことだから」
「………ふうん」
エナガの頑なな意思を察したのか、理絵は納得いかない顔をしたものの、それ以上は突っ込んだことを言うことはなかった。
つまらないと文句を言わないあたり、理絵なりに冗談ではなく真剣にエナガのことを気にかけていたらしい。
その証拠に別れ際に彼女は何かあったら相談に乗るとエナガに一言そう告げた。
家路へと歩く中、エナガは一人先程の理絵の言葉を反芻する。
どうして告白しなかったのか。
理由こそ言わなかったが、言えるのなら以前女[D:23207]に言った通りのことを言っただろう。
ただそれは自分の本音を誤魔化すだけのものでしかない。
住む世界が違うだの立場だの解ったようなことを並べ立てたところで、結局は自分に勇気がないのだ。
好きなら障害を恐れずどんな困難にも突き進められるほど無謀でも猛者でもない。
意気地なしで卑怯者、それだけである。
「告白はしない、絶対に」
自分に言い聞かせるようにエナガはそう呟いた。
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