1:兄のような義弟
「慣れって怖いなあ…」
ぽつりと感慨深げに吐かれた言葉は空に消えることなく音として偶然室内に入ってきた陸遜の耳に入った。
「どうかなされたのですか」
「ん、どうってことはないのだけれど。…ただ、私にも順応性があったのかって思ったの」
その話だけで何を意味するか合点がいった陸遜はそれ以上何も追及せずに机で読書をしている部屋の主、エナガの向かいに座る。
この二人、所謂ところの姉弟として周囲に知られている。だがその容姿は全くといっていいほど共通点がみられない。
彼らを見た誰もが思うだろう、異母姉弟だと。
実際そういう関係として表面上通しているのだからそれに疑念を抱く者はここには然程いなかった。
(なんというか、弟というより兄って感じがするのは私の気のせいじゃないよね?)
容姿は言うまでもなく、頭脳明晰で人当たりなど性格においても文句なしのしっかり者。
目の前に居る世間体上の“弟”を見て改めて思った感想がそれである。
素直に感心する反面、年上としてその感想は如何なものかと己の不甲斐無さに情けなくなってくる。
(いっそこの際だから3年くらい引いて年齢偽装すれば良かったのかも…)
「そうしたら何か問題が起きた場合あなたが後々大変でしょう?」
「…どうして分かったの?」
「以前にも似たような状況があったので大体解りますよ」
「……そういえば」
口には出さないでいたはずなのだが表情や雰囲気にしっかり出てしまったらしい。
自分が分かり易い性格なのは重々承知だが、それを差し引いても陸遜のそうした察知の良さを見るにつけて、まるで長い間一緒にいたかのような錯覚に陥ってしまう。
実のところエナガが陸遜と暮らすようになってからまだ半年も経っていない。
正確に言えば四カ月になる。陽射しが強い真夏から年も暮れようとする冬にさしかかる時期だ。
まだとは言うもののエナガの境遇を鑑みるともう四カ月と言ったところだろう。短くも長い時の経過にここのところエナガの中に焦りも生まれ始めている。
早くなんとかしなければ。
そう思いながらも不思議と心地よくなってきているこの居場所をなくすことに躊躇いもある。
「…エナガ殿?」
「ん、ごめんなさい。少しぼーっとしてて…」
人前ではほとんど呼ばない名を口にされ漸く思考の世界から戻ってきたエナガは内にある思いを悟られぬように誤魔化した。
とはいえ、何かと敏い陸遜のことだ。恐らくそんなエナガの思考も全てお見通しなはず。
それでいて人の心に土足で侵入しようとせず敢えて何も言わないところも彼が彼たる所以なのだろう。
その優しさに甘え今の今までずぶずぶときてしまったが、このままではいけない。
窓から見える景色も緑豊かな夏の雰囲気から鈍色の冬景色にすっかり様変わりしている。
(…早く帰る方法をみつけないと)
吹き荒ぶ木枯らしが空を切る音を聞くにつけ、エナガは追い立てられるように感じるのだった。
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