防衛本能


ローとハートの面々が、ティア島に上陸していたのはある目的のためだった。

『希少な実を食べた能力者がいる』

曖昧な情報ではあったが、どの道シャボンディ諸島へ向かう航路の途中だったこともあり、噂話がローの興味を引いた瞬間に彼らの上陸は決定事項となっていたのだ。

寂れてはいないが、栄えてもいない。
そんな中庸そのものな島の内地にあるヒューマンショップに、能力者は奴隷として飼われているらしい。
聞き込みをするまでもなく耳に入ってきた情報で、散策がてら街に出ていた一同が自然と集合することとなり、航海士という職務上最後に下船してきたベポの目撃情報から天竜人と目的がブッキングしたことを知った。

『で、どうするんすか、キャプテン』
『…現物を見て、決める』

天竜人相手だろうと、自身の探求心や収集欲を遠慮するような男ではない。分かっていて、半ば投げやりに問われたローは当然のように歪な笑みを返した。

そして、献上品用の檻へと移されていく件の能力者ーー今はティアと名乗る少女を観察した結果の強奪事件なのである。

女としての色や下の役には立たないほど窶れた、傍目には心さえ壊れたように見えた奴隷の少女。
その退廃的な無感動が気に入った辺り、中々の悪食であるとはロー自身も理解している。
とは言え、鶏ガラのようだつた少女がひと月程掛けて会話や寝起きに支障が無くなるにつれ、面倒見の良いシャチを筆頭にクルーたちが兄貴ぶって世話を焼き始めたのも想定通りだった。

ただ一つ誤算があるとすれば、あまりにも低過ぎる【少女の概念】にあった。
寝床を与えただけで、航海中の保存食を分け与えただけで、ティアは平身低頭しながら幸せだと言う。
口先だけのご機嫌取りならまだマシだったが、残念ながら彼女はの本音なのだ。

ヒューマンショップのショーを観た訳ではないし、一々蒸し返すような面倒は好まない。
それでも細い体のあちこちに残る傷痕や生傷を見れば、ほとんど拷問に近い内容だったことは想像がつく。
顔や、いわゆる急所にあたる部分は避けられていたが、それだってあと数年、早ければ数ヶ月保ったかどうかだろう。痩せ衰えていても、若い、女の辿る道など最後は一つだ。

ティアもそれをよく理解していた。
知恵がない訳ではないと踏んだローの期待以上に、彼女は頭のいいタイプだった。奴隷の身には不運な程に。

救いの手などない。終わりが来るとすれば命の尽きる時。
そう理解して不遇の中を育った少女は、自らが享受する全てに【されるがまま】で向き合う癖がついてしまっていた。
痛みや苦しみ、恐らくは辱しめすらも、押し付けられれば悲鳴ごと飲み込むのだ。嘆いても変わらないと覚えてしまったから。

そして、人並みに扱われることを畏れ多いと感じる程に、己の価値を霧散させてしまった。
精神(こころ)を守るにはそれしか無かったのだとしても、少女の能力にとっては最悪の状態と言えた。

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