幸せを知らない


美味しい、甘い、幸せだと一足先にパンケーキを食べていたベポも、少しだけ悲しそうな顔で手を止めている。
バンドウは気まずげに頭を掻き、ローは無表情と苦々しさを足して割ったような顰めっ面である。

「…あのな、ティア。実はこれ、どっちも同じように焼いて、同じクリームとソースをかけてんだわ」
「…え…」

種明かしをされても、ティアは信じられないとばかりに皿を見比べる。
事実、彼女が食べたそれは、一皿目と比べ果実の香りもクリームの甘みも感じない別物だったのだ。
同じく、【別物だった】パンケーキを味わったローが溜息をつく。

「…もっかい食ってみろ」

促され、口にしたパンケーキからは果汁と砂糖の程良い美味さを感じる。
呆然とするティアの手ごとフォークを掴んだローも、やや大きな一欠片を残すだけだったパンケーキを丸ごと頬張る。
ちゃんと、ベポに食べ始めさせる時確認した通りの味がした。

「ーーティア。お前の能力は、本来なら未知数な時程有意義なものだ」

空になった皿をまだ放心して眺めている少女の手からフォークを外させ、強引に、目を合わせてローは続ける。

「…【マァマァの実】を使いこなす為に、お前は想像の天井を上げる必要がある」

【マァマァの実】の能力者。平穏無事ではないが、だからといって大惨事に至るでもない。
ごく在り来たり、正しく中庸。そんな結果をもたらすとされる、実用性はそこそこあるのに、あまり需要を見込まれない悪魔の実を食べたのがティアだ。
正確には、幼い頃のショーで面白半分に食べさせられたのだが。

凡庸でしかない能力とされるが、裏を返せば、最低限の痛手で済む保険的な能力としても使える筈なのだ。
火あぶりや、真剣での人間ダーツなど、普通なら死んでいただろうショーを、手足や胴の怪我程度で生き残っていたのがその証明だとローは考えていた。

億万長者になることを願って、道端でコインを拾うのが精一杯。得ることを望む者からすれば物足りないだろう。
だが、首が飛ぶような攻撃が、頬のかすり傷で収まったら?潜水艦であるこの船が航行不能に陥るような嵐が、通り雨で終わったら?

戦いに於いて何より重要なのは、目的が果たされるまで生き残ることだ。
特にローにとっては、どうしても譲れない【密かな目的】があった。

己の本願を果たす為に、必ず使える能力だと踏んで、島に立ち寄ったのだ。
元から、多少時間を割いてでも、使い熟せるよう鍛えるつもりだった。

だかしかし、ティアの不遇は、彼女自身の能力との相性が最悪の極みなのだ。
不幸と苦痛しか知らずに育った少女に、まぁマシな着地になるような、希望的な想像力は備わっていない。
味わった痛みから想像のつくダメージを和らげることはできても、思い描いたことすらない幸せや満足はイメージされず、結果パンケーキは無味無臭となった。

自身を【幸せ】と結びつけて思い描けない、哀れな少女を見据え、ローは何度も繰り返してきた台詞を今日も言い聞かせる。

「…この船で手に入る全てを、お前の全身全霊で感じろ。体感と記憶の上書きしかねェ。想像の幅が広りゃ、お前のそのーー期待不感症とでも言える厄介な自己催眠は薄れてく筈だ」

アイアイ、キャプテン。
そう返された涙声は、目を赤く染めはしたものの、雫として溢れ落ちはしなかった。

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