ささやか過ぎる任務


ローの付けた期待不感症という病名は、思い付きながらに中々、的を得ていた。
発症を確認する場面として最も顕著だったのが食事の席で、ティアに予備知識のない食べ物は総じて無味無臭と化した。

大皿料理などは被害も甚大になる為、クルーは皆持てる限りの言葉を尽くして、その料理がいかに美味いものであるのかを説く必要があった程だ。

暑い、寒いといった環境変化にも疎いようで、夏島から冬島、或いはその逆で航海すると必ずティアだけワンテンポ遅れて寒暖差を感じる。
自覚するのに時間がかかっているだけで、体はとっくに次の気候にさらされている訳なので、冬島の航海の度にティアは風邪をこじらせた。
死にはしないが、とても身動き出来ないレベルに寝込む彼女を見兼ね、夜はローの部屋で眠るよう命じたのは半年程経った頃のことだった。

女クルーだからと同室にしていたイッカクには、クルーとして最低限の仕事がある。リハビリを卒業出来ていないティアとは、どうしても生活リズムが合わない時があるのだ。
そして、大抵の場合、面倒ごとは少女が1人の時に発生した。
どの道寝込めば診察や看病をすることになるのだからと自分の側に置いたが、作業的な役割を担うことがない船長が、実はお守りとして適任でもあった。

「……おい。もうすぐ海域の境に入る。何か羽織って寝ろ」
「アイアイ、キャプテン」

新しく手に入れた医学書を読みながら、今にも湯冷めしそうな少女に声を掛けて、ついでに就寝命令を出す。
すっかりローの生活サイクルに染まり夜更かし癖が付いたのは反省点だが、未だ一人前の役割り分担に不安がある内は良いだろうというのが皆の総意だった。
強いて言うなら、その温い体温で布団を転がり、能力者故にあまり温まれもしない入浴を終えて戻るローに、快適な寝床を提供するのがティアの任務になりつつある。

ころり。ころん。
一定間隔で寝返りを打ちながら、少し眠気を覚え始めた頭で考える。

「…私…もっと、頑張らないと…」

だが、何を頑張ればいいのかが分からない。
分からないと、何もかもゼロなのが彼女の能力のデメリットである。マイナスにならないだけ良いとベポは慰めてくれるけれど、頭の悪くない少女には解っているのだ。
ローが自分を拾い、世話を焼いてくれる根底には【マァマァの実】の能力を活かしたい理由がある。そして、今の自分では役に立てないだろうことも。

天竜人に刃向かうことになったのに、自分というお荷物を拾い、今では船長室で寝起きすることを許してくれている。
恩があるのだ。応える義務あり、そうしたいとティア自身も思っている。

でも、どうすれば【良い想像】ができるのかが分からない。最悪の状況さえ、まぁまぁに抑えるだけのポジティブシンキングは少女にとって理解の及ばない次元に思えた。

最近覚えた、歯痒いとか、悔しいという感情が胸を渦巻いて、気付けばティアは泣いていた。

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