対照

「・・・本格的に、まずいかも」

週末に焦凍くんが庁まで迎えに来て、そこから私の家で料理を教えつつ一緒に食べる・・・というルーチンが続いて何週間経っただろうか。梅雨が明けて、もう世界は青と緑の眩い色彩に包まれる夏がやって来ようかとしていた。

何回か、犯罪組織Xの捜査班に顔を出すことはあったしそこでショートとして働いている場面には何度も遭遇している。けれど、気を張っているからか彼の心の声が仕事中聞こえることは無い。ここまでは良かったのだ。
ただ、プライベートになってしまえば話は別で。気が緩むのか、轟焦凍くんとして会っているからかは分からないけれど彼の心の声ががんがんと入ってくる。

主にかわいい、とかそういう方向に勘違いしてしまいそうな発言を聞くと動揺してしまう私も私だけれど、こう、何回もこれが続くと精神的にきついものがある。
彼が悪気は無いのは分かっているし、この"個性"について話していない私に非があることも確かだ。人の本来触れてはいけない部分を勝手に聞いてしまっているのだから、余計に気分は悪いだろう。

「不味かったか?」
「ち、違うよ。私がちょっと・・・」
「?体調悪いのか」

【心配だ、見たところは大丈夫そうだがこいつは無理して平生を装うからな・・・。ちゃんと俺が見ててやらねぇと】

「っ、大丈夫・・・」
「・・・そうか」

心配かけてごめん・・・だなんて、へらりと笑ってみせるけれど全然大丈夫ではない。
今の自分は、上手く笑えているだろうか。



彼とは二度、疎遠になったことがある。
一度目は中学を卒業する前。
今まで暗黙の禁忌になっていた将来のことについて、私が焦凍くんに口を挟んだことによる喧嘩別れみたいなものだった。話し合うことも出来たのだと思うけれど、将来を本格的に追い始めた焦凍くんと私には、忙しさ故話し合う時間を作り出すことが難しく、意図せず疎遠の状態になっていた。
二度目は私が大学に進学する前。
その時は喧嘩でもなく、自らの意思で彼の元を物理的に離れた。そこからつい数ヶ月前まで会うことが無かったのだけれど・・・。

その時に彼の元から離れた『理由』が、また私を蝕み始めていた。

その理由は"個性"に関するものだけど、思い知らされる切っ掛けになったのも"個性"で知ってしまったから・・・というなんとも皮肉なものだった。
"個性"の暴発によって彼の声を聞くうちに分かってきたことがあった。彼には裏表がなく、良くも悪くもストレートなのだ。心の中で出す声と音に乗せて出す声が全く似ていて、そこで彼が真っ直ぐで優しくて、誠実なことを知った。
でも、そんな真っ直ぐな声を聞く度、私に『"無個性"と偽っている』という重圧が重くのしかかってきて、だんだん惨めな気持ちになっていくのだった。

真っ直ぐな彼と、偽りだらけの私。

それに加えて、大人になってから出会った私たちには『ヒーロー』と『一般市民』という違いもあり、ニュースに取り上げられるうちに分かってきたこと・・・超人社会の中でも強力な"個性"を持つ彼と、"無個性"と偽ってまで隠してしまうべき"個性"を持つ私の対比がある。
後者は単に私の甘えなのかも知れない。"個性"は使いようや鍛えようによって生かすことも殺すことも出来る。彼の"個性"はヒーローになりたいという彼の希望と努力によってヒーローに向いた強力なものになったのだ、と。

とにかく。
それらを全部含めて、本格的にまずいのだ。