躊躇

「えっみょうじちゃん今日も泊まり?」
「そう、ですね・・・業務が立て込んでるのと家に帰るのが勿体なくて・・・」
「あんま無理しないでよ?せめて明日は家に帰りなね」

庁の仮眠室を借りること4日は経っただろうか。私は家に帰れずにいた・・・否、家に帰れなくしてしまうために自ら業務を受け持ったので帰れずにいるのだった。
ここまでして頑なに家に帰りたがらないのも、先日の焦凍くんとのルーチンから芽生えてきた『理由』故だった。
今更避けるにしても連絡先は割れてるし住処も職場も割れている。忙しさにかまけてセキュリティが強く関係者以外が容易く入ることの出来ない庁に立てこもってしまって、携帯も見ないようにしてしまえば強制的に焦凍くんとの繋がりは簡単に断つことができた。
幼稚だと言われてもいい、また再会した時にこっぴどく怒られてしまってもいい。焦凍くんのことについて、"個性"について冷静に考える時間が欲しかった。こういう時、現場に出る警察じゃなくて良かったと心底思う。

然し、5日間籠ってプライベートの連絡を切って仕事で忙しくして少しは気持ちが落ち着いたと思っていても答えは出ずじまいで、更にはとうとう『今日こそは帰れ』とのお達しがあったので強制的に定時で庁を追い出されてしまった。

(いる・・・)

案の定エントランスには焦凍くんがいた。毎日忙しいプロヒーローの身なのにどうやって時間を捻出しているのかが本当に分からない。
ここで声を掛けないのはおかしいだろうか、でも声をかけてしまえば恐らくここ最近の音信不通ぶりを責められるに違いない。でもこれは私に非があるから仕方の無いことで。でも・・・、

「お」

どうしようかと考えあぐねている間にもあの碧と灰の瞳とかち合う。
偶然を装って吃驚したふうに名前を呼ぶ?連絡が取れなかったことを真っ先に謝る?一体何が正解なのか分からない。
そんなことを考えてる間にも焦凍くんはずかずかとこちらへ歩みを進めてくる。

【なまえ・・・!】

駄目だ。合わせる顔がまだない。
私は逃げるように踵を返そうとしたけれど、それも焦凍くんに手を掴まれることで阻止されてしまった。

「・・・心配した」
「ごめ、忙しくて、携帯も見れてなくて・・・」
「忙しいのは分かるがせめて返事くらいくれねぇと・・・、お前の身にまた何かあったんじゃねえかって、思うだろ・・・」

ぎりぎり、と焦凍くんの手に力が篭もる。余程心配を掛けていたみたいで、顔は見えなくても声が少し震えているのが分かる。

「前会った時から変だった。なんかあったんだろ。・・・俺のせいか?」

違う、そんなこと言わせたいわけじゃないのに。

「っ、焦凍くんは何も悪くない、私・・・」
「あの時と同じだ、なんで踏み込ませてくれねぇんだ」

【俺は、頼りないのか】

違う、焦凍くんはいつだって私にとっての頼れるヒーローで。

「なまえ」
「違うの、真っ直ぐで偽りの無い焦凍くんの横に立ってられるほど、私は綺麗な人間じゃない・・・。偽りだらけだから、」
「は・・・?偽りって、」

どういうことだ、といよいよ肩を掴んでこちらに体を向けさせられた。ゆらゆらと揺れる色違いの目が真っ直ぐに私を見つめている。

口を、滑らせすぎたかもしれない。
でも私にはもう、どうすればこの場を切り抜けられるかが分からなかった。このまま素直に話してしまって喧嘩別れしてしまった方がいいのかもしれない。隠せと言われた個性を上手く隠すにも暴発の爪痕が深すぎた。


「・・・携帯、鳴ってるよ」