捕縛

「・・・携帯、鳴ってるよ」
「・・・」
「"ショート"の方の、だよね」

ぐちゃぐちゃと色んな思考がせめぎ合う中、やけに冷静に電話の着信音は聞き取ることが出来ていた。
この音は一緒にいる時に何度か聞いたことがある音で、ヒーロー事務所用の・・・"ショート"として持っている携帯の音だ。ヒーローに休みはなく、助けの声があれば直ぐそこへ向かって救けるのが仕事であり定め。そのため、すぐに気づけるようにマナーモードにはせずに音が鳴るようにしてあるものだった。そしてこの音が鳴ったからには、彼は"ショート"として出動しなければならないことが殆ど決まっている。

私の言うことが正しい。それを焦凍くんも分かっていたのか、ポケットから携帯を取り出し応答ボタンをタップし、耳にそれを当てた。

「・・・ショートだ」
『ショートさん!緊急応援要請です!○○区△番地にヴィランが出没しました!応援を頼みます!』
「ああ」

ひとつため息を吐いて通話を切る焦凍くんに、申し訳なさと少しの安堵が生まれた私にまた嫌気が差した。
私はここで彼を見送ることしか出来ない。頑張って、と声をかける資格も今は無かった。私の肩から手を離し踵を返して人を救けようとしにいく背中を、何を思うでもなくただ見つめる。
ぴた、と歩が止まったかと思うと、彼は顔ををこちらに向けて一言言い放った。

「・・・なまえ、頼むからもう逃げるなよ。敵片したら隠してること全部吐いてもらうからな」

エントランスに差し込む夕日による逆光で、焦凍くんがどんな顔をしていたのかわからない。
唯、もう逃がさないという強い意志を持った肉声と心の声が同じだったことだけは分かった。

彼は逃げようとする私を捕まえてまで、私と向き合おうとしている。もう、逃げられないところまで来てしまった。
覚悟を決めなきゃ。



彼が検察庁を去ってからも私は暫く動けずにいた。敵が暴れている以上は安全な此処にいとけ、と彼なら言うだろう・・・と思い、手近にあった椅子に腰かけて自分のつま先をじっと見つめていた。

何から話せばいいんだろう。
騙していてごめんなさい、という謝罪か。"個性"の詳細か。何故"無個性"を貫いていたのかという説明か。
言うことが多すぎて、思考がまとまらない。

下を向いていても悪い方向に進むだけだと思い、ふと前を向くとスクリーンに目が入った。
そこには先程焦凍くんが応援に向かった場所が生中継で映し出されており、多くのプロヒーローが敵を殲滅したり、市民の避難誘導や怪我人の救助を行っているようだ。もちろんそこにはヒーロースーツに身を包んだショートも映っていた。
それにしても、

「なんか敵の数、多い・・・?」
「そうだよ」

耳許でぞわぞわと這い上がるような声が響いた。咄嗟に防御の形を取ろうとするが、既に背後を取られてしまっていたので抵抗虚しく手首をがしっと掴まれてしまった。さっき焦凍くんに掴まれていた場所と同じはずなのにどうしてこんなに怖いんだろう。

「・・・何方ですか」
「怒らないで?僕の機嫌ひとつでもっと実験体の数を増やすことだってできちゃうんだから」

実験体、とは恐らくテレビに映し出されている異形の敵のことだろう。近くにいる警備に助けを呼ぼうにも、この男の"個性"が透過に関するものなのか姿が見えていないらしく私以外に彼を視認出来ていないらしかった。大人しくすると『いい子だね』と声が掛けられる。

「要件は」
「君、勘が鋭いみたいだね?"個性"教えてよ」
「個性なんて、持ってません」

持っていない、と言いながらもさりげなく個性を発動させてみる。しかし、おかしなことに相手の声が聞こえない。今は何も思っていないということかは知らないが、不気味だ。
ふうん、と興味なさげに答える敵。何か考えがあるらしい。

「君のことをずっと狙ってたんだけどね、ずっと君のそばに居たプロヒーロー様が邪魔で目障りだったからさ。実験体を湧き起こして殲滅のためにヒーローが君のそばを離れたタイミングをついたんだあ」

ねえ、ついてきてよ。
にたにたと笑う瞳の奥には何も宿っていない。何が面白くて笑っているのか、敵の心は到底理解できなかった。