発現

"個性"の発現は4歳まで。

私の父は個性発動時にはIQが240まで上がる『IQ』、母は一度見たものを忘れずに映像も込みで覚えておける『記録』という"個性"を持っている。なので、私にも戦闘向きではないけれど頭脳に関する"個性"が出るだろうと思われていた。
"個性"の発現は前触れもなくやってくるけれど、目に見えない"個性"は本人の気づきを以て確認されるか、検査によって判明することが多い。私の場合は後者だった。"個性"を"個性"だと気づかずに、抱え込んでしまい熱を出して病院に運ばれてから"個性"であると判明したのだ。

「"個性"が発現しているようですね。カウンセリングと精密検査をしてみたところ、みょうじさんの場合は人の心の声を聞くことが出来る"個性"のようです」

「ただ人の心の声というのは非常にストレートでこれから先嫌というほど"個性"によって傷ついてしまう、あるいは人間不信に陥ることが多いと我々は危惧しています」

「基本的に"個性"発現時は微力であり、鍛えていくことで"個性"を強いものにしていくのですが、みょうじさんの場合発現した時から最大火力だった為、圧に心が耐えられなくなって熱を出したと考えていいでしょう。いきなり自分の周りにいた全ての人間の声が入ってくるのですから、無理もありません。」

「なので、これから先この"個性"と向き合うためには鍛えるのではなく抑えていく、あるいはコントロールしていく方が賢明かと。超人社会といえどこの"個性"は人にとって忌避されるものでしょうから、あまり公にしない方がみょうじさんの為です」

齢4歳の私にはお医者さんの言っていることがあまり分からなかった。ただ、あまり喜ばしくない"個性"だというのは表情から、そして悲しげな心の声でなんとなく分かった。
二十分にも及ぶ診断結果とこれからの"個性"との向き合い方について、両親は慎重に、大事に考えてくれた。
毎日のように怯えて泣きじゃくる私。

「・・・っお、おかあさん、こえがね、こえがたくさんきこえるの・・・、こわい・・・っ」
「なまえ、大丈夫・・・大丈夫だからね。自分の"個性"はほかの人には内緒・・・ね?」

考えた上で"無個性"を貫くように言われたのだ。

"無個性"を貫くように言われても、常に暴発している状態の"個性"のせいで人の心は嫌という程聞こえてくるし塞ぎようもない。そのため、何を言われても物怖じしないような子に、との考えで精神面を鍛える特訓が小学校入学までに毎日行われた。

「いつか絶対にこの"個性"を誇れる日が来るから・・・うまく使えるようになろうね、なまえ。」
「・・・うん」

両親は決して私を見捨てなかった。だから私がこの"個性"と向き合うにつれて人が怖くなっていくも尚、両親だけは信頼できた。

ーそうして、2年後には年齢に反して精神だけはどこか達観したような大人びた子どもになった。特例として"無個性"で通すように、お医者さんに紹介状を小学校宛に書いてもらい、受諾、そして入学を迎えた。