春、私は小学校へ入学した。
自分の"個性"が明かさない方がいいと言われるようなものだと知っていること、"無個性"を貫く以上は本当のことを知っている人がいないから頼れる人間は校内にいないこと。
それらを加味して、幼稚園からの知り合いがすっかり減った人間がひしめく小学校で、人付き合いがなかなか出来なかった。
小学生、しかも一年生となればまだまだ本音と建前を使い分けるなんて程遠く、裏表がなく純新無垢であったからどんなに怖い言葉が聞こえてきても、素直だなとしか思わないようになっていた。
その中でも一際、並々の小学生ならぬ声を持っている人がいた。
毎日どこかに怪我を作ってきて、何かを恨むような顔をしている男の子。・・・それが轟焦凍という人間への第一印象だった。
彼とは同じクラスで、きちんと意識をしたのが入学して1ヶ月経った時の席替えで隣になった時だった。赤と白の目を引く髪色をしていて、綺麗なオッドアイを持っている男の子なのに今まで人付き合いを避けてきていたから全然意識になかったのだ。
人付き合いを避けるという点においては彼も同様で、避けると言うよりは避けられているウエイトが大きかった。どこかすごい人の息子さんのようで、それで恐れ多くなって遠巻きに見ている人がいるか、その人のことを話題に出された彼が不機嫌になって避けられているか・・・。いずれにせよ人付き合いを円滑に形成できていない点が似ているな、と思っていた気がする。
そんな彼の心の声は『親父』への恨みや怒りの声か、ごく単純な【眠い】【お腹がすいた】と言った声ばかりだった。好奇心旺盛な今の時期においてのこの心の声の少なさは、私にとってとても心地よかった。隣にいてもうるさくない・・・・・。話したことはあまりないけれど、勝手に私が彼に安心しきって無意識のうちに観察するようになっていた。
ある日、彼が痛々しい痣を作ってきたことがあった。観察していたから分かったことだ。本人はしれっとした顔をしていたけれど、
【・・・やっぱ痛むな】
という心の声で心配の色が強くなり、なりふり構わず心配の声をかけてしまった。これが私と"焦凍くん"のちゃんとしたファーストコンタクトだった。
「・・・大丈夫?」
「・・・何が」
「その、あざ。昨日までは無かったし痛そうだったから・・・」
「これくらい何ともない」
人付き合いを避けてきたから同級生との接し方が分からない。
「邪魔だ」
「あっ・・・」
何を喋っていいかが分からずに、おどおどしていると痺れを切らした轟くんに押しのけられてしまった。
間違えたのかな、なんて声をかけるのが正解だったんだろうと落ち込んでしまったけれど、
【・・・心配かけてしまった】
という心の声があったから、轟くんが本当は優しい人なんだというのも容易に分かった。
それからは彼が新しい傷や痣を作ってくる度に私が心配するものだったから、彼も諦めたのか『優しいんだな』と一言投げるだけで、冷たくあしらわれることがなくなっていった。
この頃から何となく、お互いを下の名前で呼ぶようになった。きっかけは焦凍くんからだったけれど、私のことを下の名前で呼んでくれる人が今まで同級生でいなかったからすごく嬉しくなって、私も彼の名前を呼んだ。
逆に私が心配されたこともある。
数ヶ月に一度は"個性"の暴発状態から来る熱を出して休むことがあった。その時は決まって焦凍くんが連絡簿渡しを兼ねた見舞いに来てくれるのだけど、初めて家に訪れてきた時はびっくりした。いつも連絡簿は誰が持ってきてくれたかは分からないけれど、ポストに入っていたことしかなかったから。
「なまえ」
「焦凍、くん?どうして・・・」
「・・・お前が心配で、」
【顔、赤いな】
【辛そうだ】
【大丈夫なのか】
という心の声と共に連絡簿と、それから焦凍くんがまとめてくれたであろうその日のノートを渡された。
「心配、してくれたんだ」
「心配するに決まってる。・・・だって俺たちは、"友達"だろ」
「ともだち・・・」
「違ったか」
「ち、違わない」
「・・・ああ」
心配されたエピソードも多々ありつつ。
"無個性"である私はそれゆえにいじめやからかいの対象になることが多かった。そんな場面に颯爽と守るように現れて、何とも思わなくなっていた私の代わりに怒ってくれたことが嬉しくなって、
「焦凍くんは、優しいね」
何となくこぼした言葉が、いつの日か焦凍くんが私にかけてくれた言葉を返す形になった。ヒーローみたいでかっこよかったよ、と付け足すと
「ヒーローになるのが、夢なんだ」
と真っ直ぐな眼差しで答えてくれた。話を聞いていくうちに今まで毎日のように作ってきていた怪我はヒーローを目指す特訓のために出来たものだということ。この時に、彼のことをほとんど知らなかったことを知った。
「焦凍くんは絶対にいいヒーローになれるよ・・・!」
「・・・なまえがそう言うんなら、なれるかもな
」
この時からだろう、今までに見た事がないくらい優しい目をする彼が見受けられるようになったのは。
「・・・!今の、すごくいい顔だった」
「今の?」
「うん。ヒーロー志望の、優しい焦凍くんにぴったりの笑顔」