抱擁


「・・・久しぶりだな、なまえ」

会議室に入室してきて初めての顔合わせかと思われたプロヒーローと検察官。そのはずなのに、まばらとはいえ人がいる前での大胆な抱擁。それに動じていなかったのはこのプロヒーローだけだろう。
私が反射的に離れようとした素振りを身動ぎで感じ取った彼はそれを抱き込めるようにぐぐ、と私の頭を自分の肩口に押し付けるように力を込めた。まるで離さないとも言わんばかりに。
そんな沈黙の状況が何秒か続いた後、我に返ったように先輩検察官がおずおずと声をかけてくれた。

「えー・・・と。貴方たち知り合いだったの?」

やっと沈黙を破る一声は動揺に溢れつつも、私にとっては救いだった。あわよくばこの状況を打破するような・・・『離してやって欲しい』のような一言も欲しいところだが、そうも言ってられなかった。

「ああ、小学生の頃からの・・・所謂幼なじみだ。」

先輩から声をかけられたことにより、ようやく自分たち以外の人間もいると認識したらしい彼は私を抱擁から解き放ったかと思うと、するりと私の頭を撫でる。
そうだよな、という彼の確認に一瞬戸惑いつつも正直に首を縦に振った。

「・・・そ、うですね。家が近くて、」

私の答えに満足したのか、どことなく甘さを孕んだ笑みを浮かべたショートがこちらを見つめている。

「みょうじちゃんったらそうならそうって言ってくれればよかったのに。どうしてあんな他人行儀みたいな・・・」
「忘れられてるかなあ・・・と思ったんです」
「俺は忘れてねぇ。」

またも迷いなくばっさりと断言するショートにたじろいでしまう。
確かに私と彼・・・ショートは幼なじみだったし、学区が同じなので家が近かったのも事実だ。然し、他人行儀な振る舞いをしていたことも事実であり、そこには私なりの明確な理由があってのことだった。
扉を開けて私を視認してからの、あの色違いの瞳がゆらゆらと揺れているのを見てしまってから『忘れられている』ことはなかった・・・と到底分かりきっていたのに、『他人行儀』と言われて咄嗟に出た言葉は苦し紛れにも程がある嘘だった。

「ここ暫くは全くと言っていいほど会えなかったんだが・・・また会えて嬉しい。」

よろしくな、と言う彼の眼差しは慈愛を纏いつつも、一度狙った獲物を取り逃がさない捕食者のようなそれが奥でぎらぎらと光っていた。



「・・・ー以上の証言を元に、明日からはこのエリアを中心に拠点アジトの捜索をお願いします。この付近の防犯カメラの映像も全て洗って、剛田さんへの接触人物の他にも怪しい人物がいればマークしておいてください」

ホワイトボードに貼り出された地図にぐるりとマーカーで囲みながら説明を行う。この補充捜査の指示は、剛田さんが接触したと思われる時間帯と場所、男が向かってきた方向などを加味して予測したものである。とはいえ絞り込むことは危険なのでなるべく広い場所を捜索するように。そのため、面積に比例して人員も相応に投資しなければならないが迅速な収束のため。志は皆ひとつだった。
先程はあんなことがあったが、彼もプロとして活躍する社会の一員。仕事のこととなると切り替えはちゃんと出来ているようで、真剣に検察官としての私の言葉を聞いているようだった。

「明日は私も現場調査も兼ねて捜査に参加させて頂きます。一日だけではありますがよろしくお願いいたします。」

ぺこり、とお辞儀を合図に情報共有会議が終わると捜査班の面々は明日に備えて帰宅の準備を進める者、残った書類仕事を終わらせるために泊まり込みの準備を始める者など様々だった。
私も挨拶をそこそこに人目につかないように退室する。あの捕食者のような瞳をしていた幼なじみが絶対に接触してくると分かっていたからだった。
ここまでつらつらと言ってはいるけれど。私はショート・・・轟焦凍くんが嫌いなわけではない。良くしてもらっていたし、真っ直ぐで誠実で優しくて・・・尊敬できるし、むしろ大好きだ。
だからこそ、余計に距離を取ってしまいたくなる。このもやもやした気持ちがなんと言うのかは未だに分からないままだけど、彼を避けてしまいたい明確な理由は別にあったので、自衛のためにも彼とは深く関わらない方がいいのは自明の理に適っていた。

「帰るのか、なまえ」

・・・それでもそうはさせてくれないのが、轟焦凍という人間である。