再会


「帰るのか、なまえ」
「焦凍くん・・・」

捕まりたくない人物にあっけなく捕まってしまい、ようやく出た一声は昔の彼への呼び名だった。幼なじみというプライベートな関係を持ち込む訳にも・・・とは言っても数年来の再会。それは私も彼も予想していなくてお互いに余裕が無い。
彼の方はもう幾許か落ち着きを見せているけど私の方はたまったものではなかった。

「・・・帰るんだったら送ってく」

じゃら、と車のキーを見せながらそう話す焦凍くん。車で送ってくれるとのことなんだろう。

免許、取ったんだ。
しばらく会わないうちにまた彼の新たな一面が垣間見え、寂しいようなくすぐったいような。
そうやって幼なじみの彼と話していくうちに心の綻びができ始めた頃。

【こいつともっと話がしたい】
【やっと見つけたのに、逃がしてたまるかよ】

「・・・!」

焦凍くんの声がこちらに流れ込んできた。
流れ込んできた、というのは決して比喩などではなく。私の"個性"を以て聞こえてきた彼の心の声だった。
恐れていた事態が、"個性"の暴発が起こってしまっている。

私が焦凍くんを避けたい明らかな理由は正しくこれだった。
焦凍くんの前だと気が緩むのかどうしてか、彼の心の声がこちらの意思に関係なく聞こえてきてしまうのだ。
仕事中は気を張っていたからか彼の心の声が聞こえることも無くすっかり失念していたけれど、やはり彼の心の声が勝手に聞こえてしまう現象はまだ治っていなかったようだ。
"個性"を制御できる前は道すがらの人の声も聞こえてしまっていたけれど、制御が出来るようになってから・・・"個性"を意識的に発動できるようになってからは、彼の声以外は聞こえなくなっていた。

どうしよう。
それも、罵詈雑言ならいっそ良かったのに。彼の声は避けたくなってしまうほどに質が悪い。
どれもこれも自分に向けられる心の声が甘さを孕んでいて、彼のルックスや性格も相俟って年頃の女性なら勘違いしてしまうような言葉をぽんぽんと出してくるのだ。
勿論、『無個性』を貫いてるので心の声がこちらにだだ漏れなことなんて彼は一切知らない。

彼の心の声を聞くたびに自分が嫌になってきて、期待してしまいそうで辛くて・・・連絡先を消してまで逃げ出したのに。

「なまえ?」
「・・・は、えっと。どうしたの・・・?」

彼の私を呼ぶ声ではっと我に返る。一度考え出すとズブズブ思考の沼に嵌るのは私の悪い癖だ。今はこの状況を如何に温和に切り抜けるか、考えないといけないのに。

「駐車場。行くぞ」
「あ、うん。焦凍くんも疲れてるだろうし、送りは大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」

大丈夫。ちゃんと普通に話せてる。
また明日ね、という言葉を掛けてこのまま踵を返せば事なきを・・・。
という考えは彼が私の腕を掴んだことで断ち切られてしまった。

「・・・悪ぃ、久しぶりに話がしてぇんだ」

駄目か?と申し訳なさそうに聞いてくる彼を見ると、彼は何も悪いことはしていないのにそんな顔をさせてしまっている自分が惨めになってくる。
冷たく突き放して逃げ出したつもりでも、結局鬼にはなり切れないんだな・・・と半ば諦めたような気持ちで、ひとつ首を縦に振った。



「家、どのへんなんだ」
「△△区のあたりだよ」
「番地は?」

ぴ、ぴと無骨な手がカーナビの上を滑る。どうやら焦凍くんは本気で家まで送るつもりのようだ。

「ね、焦凍くん?駅までで全然大丈夫だよ・・・?東京こっちはあっちと違って人気も街灯の数もまだ多いから・・・」
「その分犯罪率も高ぇだろ。△△区なんて昨日もヴィランが出てたんだぞ。・・・だから送らせてくれ」

【聞きたいことも山ほどあるしな】

心の声も相俟って余計に丁重にお断りしたくなってくるのだけど、助手席に乗り込んだが最後。彼は梃子でも動かず、きちんと送り届けるつもりのようだった。
変に諦めが悪くて頑固なところも昔から変わらないなあ・・・。そういう彼の一面も誠実なヒーローに向いてるんだろう。
私が根負けして口に出した番地を彼が入力して、いよいよ車が動き出す。

「・・・久しぶりに会えてよかった」

前を見て運転をしている彼がぽつりと言葉を漏らした。目線はかち合っていなくても、彼が私を本気で心配してくれたのが声色でわかる。

「・・・うん。焦凍くんのことは毎日のようにニュースで聞いてたからこっちはあまり久々な感じはしないんだけど。ちゃんと立派なヒーローになってて吃驚しちゃった」
「見てくれてんのか」
「それは、勿論」
「・・・そうか。さっき再会した時忘れられてんのかと思ったから」
「・・・それは、忘れられてても当然かなって思ったから」

大学進学を機に何も言わずに連絡先を消して、足跡も濁して逃げたわけだし・・・と、後に続くはずの言葉は声に出すことなく飲み込んだ。
我ながら身勝手なことをしたとは思うけれど、そうした方がお互いの為になると思っての行動だった。

「忘れてねぇよ。一日も忘れたことはねぇ。ずっと、探してた」
「・・・ご、ごめんなさい」
「悪ぃと思ってんならもう俺の前から勝手にいなくならないでくれ」

守りたくても、守れねぇだろ。
という、彼の心の声でもあり音にして出た言葉は私の心を揺らつかせるのには充分だった。