人情

久しぶりに見るなまえの顔は最後に会った時の可愛らしさを残しつつ、綺麗な大人になっていた。

なまえとは高校を卒業してから音信不通になった。理由は分からねぇ・・・なんとなしに、いつものように連絡を取ろうと思えば無機質なメッセージで突き返されてしまった。
そこからは仕事の傍らなまえの行方をそれとなく探していたが、あいつは上手いこと跡を濁して分からないようにしてどこかに消えてしまったみたいだった。
何年探しても見つからなかった、そんな彼女がひょこ、と目の前に現れた時は夢かと思った。夢ではなかった。体温が、匂いが、ちゃんとあったから。

「検察官になったのか」

会っていなかった時間を埋めたくて、知らないことがあるのが何となく気に食わなくて、話題を振る。なまえはまだ動揺しているみたいだったが、ちゃんと普通に話せていたから嫌われたわけではなかったみたいで安心した。

「・・・うん、お陰様で。夢だったから」
「お前は人一倍優しいから、人を救ける仕事に就くんじゃねぇかとはずっと思ってた。当たってたな」
「救ける仕事の典型の『ヒーロー』はさすがに無理だけどね・・・」

そう言ってくすくすと笑う彼女を横目に見る。歳を重ねて大人っぽくなったし化粧も覚えてますます綺麗になったけど、笑い方は昔から変わらないみたいだった。

(可愛い)

俺は元々会話も多くないし面白い話も出来はしないが、なまえと過ごす数少なな会話と静寂が心地よくて好きだ。昔からよく世話焼いたり焼いてもらったりしてたから、気を許せてるのかもしれない。
そんなことを考えているうちになまえの住むマンションに着いたようだ。カチ、とシートベルトを外す音が隣から聞こえてくる。

もう、会えなくなるのか。
明日も会えることは会えるが、あの避けようからして"幼なじみとしては"もう会えなくなるような気がしてしまった。

(それは、嫌だ)

そう思うと途端に寂しくなってしまい、無意識のうちになまえの手を掴み取っていた。

「焦凍くん?」
「・・・・・・悪ぃ」

もう会えなくなっちまうかと思ったら寂しくなった。
隠すことでもないから、素直に胸の内を告白した。それがこいつにとっては衝撃だったようで、少しだけ目が見開かれる。

「何、言ってるの。明日も会えるよ」
「それは、仕事としてだろ。俺は幼なじみとして、ただの轟焦凍としてお前に会いてぇ。」

意味がわからない程こいつも馬鹿じゃない。
あの時の、高校の時までは確かにあった繋がりを切らせたくなくて、必死に繋ぎとめる。自然と手にも力がこもる。
瞳が揺らぐなまえの顔が視界に入るが、引くわけにはいかなかった。駄々っ子みたいなやつだってのも自分でわかってる。それでも今ここで押さないとまたこいつがどこかに行ってしまいそうな気がしたから。

「分かった、分かったから・・・そんな顔しないで」

まるで幼子をあやすかのような優しい手つきで俺の頭を撫でるなまえ。どうやら引き止めることには成功したらしい。

「・・・どんな顔してた」
「泣きそうな顔・・・?」
「泣いてねぇ」
「頑固だなあ、もう」

そのあと、困ったように笑う彼女から持ちかけられたある提案に反射的に頷いた。



自分のお人好しな性格をここまで恨んだことは初めてだと思う。
焦凍くんの【可愛い】と言った甘ったるい心の声は何とかして流したけれど、【嫌だ】【行かないで】といった悲痛な心の声を無視できる程では無かった。
これらの言葉が出てきたのも自分に非があることは分かっていたので、何とか彼に元気になってもらいたくて家に上がることを自ら提案する始末。自ら離した手を自ら取りに行くなんてお人好しにも程がある。

「お邪魔します」
「どうぞ。私一人しかいないから気遣わなくても大丈夫だよ」

きちんと断りを入れ、靴を脱いで揃える辺りも育ちの良さが伺える。

「上がり框低くねぇか?こんなもんなのか」
「ふふ、日本家屋じゃないから」

恐らく素で聞いてるであろう質問にも懐かしさを感じた。焦凍くんは人と少しずれているところがあって、好奇心も旺盛だったから逐一される質問に淡々と答えるなんてこともよくやってたっけ。
まじまじと部屋を観察されるのがいたたまれなくなったのと、流石にそろそろお腹が減ってきたのもあって廊下をぬけ扉を開けた先のキッチンへと入り込み冷蔵庫の中を漁る。

「何やってんだ?」
「お腹すいたからご飯作ろうと思って。せっかく来たんだし焦凍くんも食べていく?蕎麦じゃないけど」
「食いてぇ」

何作ってくれるんだ?と目を輝かせながら聞いてくる焦凍くんに親子丼だよと答えると、いよいよ鞄を置いてこちらにやって来たので、なにか手伝う気のようだ。

「・・・焦凍くん、お客さんなんだからゆっくりしてて?」
「いや、俺の我儘でここにいるから何かさせてくれ」
「じゃあ・・・そこに食器があるから二人分と、お箸はそっちで・・・コップも出してくれると助かります」

焦凍くんに準備してもらってる間に昨晩漬け込んでおいた鶏肉と玉ねぎをフライパンに流し込んでふつふつと温め、ひと煮立ちさせたところへ溶き卵を流し込む。材料さえあれば10分足らずで出来てしまうので簡単なものだ。作り置きしておいた副菜も小鉢に入れておけば彼も摘んでくれるだろうか。

「美味そう」
「あ、えっと。ご飯よそってもらっていいかな」

暇さえあれば傍にいようとする焦凍くんに絶え間なく仕事を割り振り適切な距離を取るようにする。家にあげてしまったとはいえ、まだ私たちの距離感の勘を取り戻せていないのだ(心の声も聞こえてくるし)。

「いただきます」
「はい」

どこまでも行儀のいい彼が、これまた綺麗な手つきで箸を持ち親子丼を食べる様は絵になる。人にご飯を振る舞うなんてやった事がないに等しいので、思わず見守ってしまう。

「・・・・・・美味ぇ」
「ほ、ほんと?良かった・・・」
「お世辞とかじゃなく、本心だぞ」
「うん、分かってるよ」

心の声もそう言ってるから、嘘をついてないって分かる。
お気に召したのか、無言で黙々と食べ進める彼を後目に私も食べ進める。初めてお揚げ入れてみたけど染みてていい味出してるなあ、なんて思いながら食べ進めていると彼から思いもよらない発言が飛び出した。

「人の作った飯なんて久々に食ったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「?」
「ふ、普段は・・・?」
「蕎麦しか作れねぇからそればっかだな」
「だ、駄目だよ!」

思わず語気が強まってしまった。何が琴線に触れたのか分かっていないらしい彼は、もぐもぐ咀嚼しながら首を傾げてる。

「・・・?何怒ってんだ」
「お、怒ってない・・・。でも、ヒーローは体が資本なんだからちゃんと食べないと!家族は物理的に無理だとしても友達とか同僚とか恋人とか、ちゃんと管理してくれる人見つけて・・・」
「そうか。だったらなまえに定期的に管理して貰うしかねぇな」

俺のことをよく知ってる幼なじみだから。
ふ、と笑みをこぼす焦凍くんを見て、また自ら首を締めてしまったらしいことに気がついた。