独占

部屋にあげて晩ごはんをご馳走したことで焦凍くんに対する罪悪感も多少拭えて、彼も嬉しそうでめでたしめでたし。円満で帰ってもらえるぞ、と思っていたのが間違いだった。

「連絡先、交換してくれ」
「えっ」

エントランスまで見送って彼が自動ドアをくぐり抜けるだけ、というところで思い出したかのようにこちらに踵を返してきた。
連絡先。私が大学進学を切っ掛けに番号もアドレスも全て真新しいものにした上で下宿生活に入ったので、現在使っているアドレスは焦凍くんの知っている私のアドレスでは無いのは確かだ。
教えるのが嫌なわけじゃない。焦凍くんは大事な幼なじみだし、大好きな友達だ。だけど、繋がりを持つのが怖い。今も『無個性』と偽り続けている私にとって、真っ直ぐで誠実な彼は眩しすぎるし釣り合わないと思っている。
そんなことも露知らず、ずかずかと踏み込んで来てしまうのだから質が悪いというか。

「交換できない理由があるのか。大学進学を機に跡形もなく居なくなっちまうぐらいだしな」

私が渋っている間にもちくちくと攻撃するように、淡々と事実を述べる焦凍くん。交換できない理由も焦凍くんに素直に話せてしまえたらいいのに。

「そ、その節はご迷惑を・・・・・」
「悪いと思ってんなら尚のこと、教えてくれ」

【今度は絶対逃がさねぇ】

心の声が怖い。
食べ物で懐柔できたと思っていたのにもう捕食者のようなぎらつきが見え隠れしてしまっている。

「・・・・・・・・・なまえ」
「わ、分かった。分かったから個性出さないで・・・!」

おそらく彼も無意識だったのだろう。ぴし、とエントランスの床が凍りつきはじめてるのを見て反射的に降参した。
駄目だ、彼に尽く甘い気がする。

「・・・悪ぃ」



「お疲れ様轟くん、何だか機嫌いい?」
「お、緑谷。」

犯罪組織Xの捜査班に加わって二週間は経っただろうか。同じく捜査班に加わり、治安維持を兼ねた担当エリアのパトロールを終えて戻ってきた緑谷が俺を見つけて声を掛けてきた。
今俺の手にはスマートフォンが握られていて、なまえとメッセージのやりとりをしている画面を開いているところだった。そんな俺を見て『機嫌がいい』と言ってきたのだから、機嫌がいい理由はこれしかないだろう。

「なまえと連絡とってた」
「あ!あの轟くんがずっと探してた子かあ・・・!」

良かったね、どこで見つけたの?と興味ありげに聞いてくる緑谷。そう言えば高校ん時からなまえのことはちょくちょく話していた気がする。卒業して行方がわからなくなった時も緑谷にそれとなく零していたんだったか。

「今回警察と共同捜査してるだろ、そこで会った。多分緑谷も近いうちに会うと思う」
「そっかあ・・・轟くんがずっと想いを寄せてる人って何だか気になっちゃうなあ。きっと轟くんに似て良い人なんだろうね」
「・・・ああ、」

なんでだ。胸の内がもやもやする。
緑谷がなまえのことを気になる存在だと言っているのが気に食わねぇ。
あいつは、なまえは、

「いや、駄目だ。俺のだから取るなよ」
「えっ、何が?」