×××のメール



「えっ、と……?」

どちら様で、と問うと不機嫌に眉が寄せられる。見覚えのありすぎる、何年も前に死んだ男の顔と、目の前にいる青年がぴったりと重なって見えてしまう。あの男と違うところを上げれば、眼鏡、穴の空いていない耳、など少ししかない。それほどまでに、似ているのだ。

「覚えてないんですか」

ぴったりと背中を壁につけて、これ以上それが近づけないようにと、手を申し訳程度に前に出す。でもそれは、生暖かい体にぴたりとくっつきほぼ意味を成していない。
二十代くらい、顔立ちの整った青年に、所謂、壁ドンなるものをされて心臓をあらゆる意味で撥ねさせない者はいないんじゃないかと思う。因みに私は驚きで撥ねた。

「ずっと、探してた。名前さん」
「っ、ちょ、まっ」

壁に追いやられたまま、逃げ場もなく青年がぴたりと身体を寄せる。青年と自分の間に挟まれた手からお互いの心臓の音がよく伝わった。

「あっ、あの、えっと、ほんとに」
「伏見猿比古。覚えて…ないんですか」
「えっ」

誰なんだ。そう問おうとした。しかし、青年の口から発せられた名前に思わず、下を向いていた顔を上げた。思ったより近くにあった整った顔、それから離れようとするが、動かない頭にもう後ろには余白が無いのだと思い知らされた。上げてしまった顔を今更下げることも出来ず、その青年と視線を交えることになる。
重そうなフレームの眼鏡の奥で、ゆらり、熱が揺れる。

「猿比古くん…?」

最後に見たのはいつだったか、少なくとも、あの男が死んでからは一度も顔を見ていなかった。
忘れていたわけではない。あの大きな家には人っ子一人いなかったし、自分も彼もお互いの連絡先などタンマツに入れてなかった。

「えっと…大きくなったね…?」
「そうですね、でかくなった。何年経ったと思ってるんですか?」
「あのっ、ちょ、猿比古くん、」
「なんですか名前さん」
「っ、ちょっと、離れて…くれませんかね…?」

甘ったるい声で、なんで?と、耳元で息を吹きかけるように紡がれる言葉。それがくすぐったくて肩を揺らすと、頬に細い手が滑る。頬から、髪をすき、耳に手が触れた瞬間、また肩が揺れる。

「耳、弱いんですね」
「っ、!」

嬉しそうに言って、イヤリングのついた耳たぶを甘く、噛まれる。少しの痛みに全身が揺れ、カシャン、と音を立ててイヤリングが落ちた。
かわいい。その言葉は誰に向けて言われたものか、それを理解する前に、役目を全うしなかった手を動かして、彼を突き飛ばす。

「っ、な」
「猿比古くん、ごめん!」

不意を突かれ、よろけた彼から落ちたイヤリングをそのままに、後ろを振り返らず走りだす。履き慣れているはずのヒールが今は鬱陶しく思えた。
走ったせいか、別の理由か、体が熱かった。






「……チッ」

やっと見つけた彼女。お手伝いさん以外であの家に出入りしていた人物。小さくなっていく背中を見つめ、伏見はきつく手を握る。手にはまだ彼女の体温が残っていた。
落ちたイヤリングを拾い上げ、蔑むようにそのイヤリングを眺める。そして、再びそのイヤリングを地面に落とすと、容赦なく踏みつける。

「…名前さん、名前…名字名前…」

ポケットから彼女から盗み取った名刺とタンマツを取り出すと、あるサーバーにアクセスし、その名前を入力する。一拍おいて端末の画面に表示された住所と電話番号、メールアドレス。
それをみて伏見は口元に笑みを浮かべる。
メール画面を開き表示されたアドレスを宛先に入力し、本文を入力する。
送信、と書かれた文字をタップすると、軽い電子音が鳴り送信が完了される。

「逃げられると思わないで下さい」

走っている最中であろう彼女がメールを見た瞬間、どのような表情をするのかが楽しみだ。
伏見は青い隊服を翻し、屯所へと足を進めた。






「メール…猿比古くんから…?何で、っ!」

『名字名前さんの現在地』

「なんだこれ!」



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