※忠誠のメールの続きのような物
まるで世界に独りぼっちになったみたいだと猿比古は思う。誰もいないホーム、ベンチの上で膝を抱える。吹いてきた風が冷たかった。
何処かも分からない場所、帰る方向も分からない。
アイツが珍しく出かけるぞ。なんて言って、嫌だって言ったのに連れだされた。ペンギンを観るらしい。
面倒臭がりそうなアイツが、電車に乗った時点で気づけばよかったんだ。
平日の昼。たいして人の乗っていない電車で、たいして人の降りない駅で、ぽん、と誰かに背中を押された。
慌てて振り向いたけど、電車の扉はもう閉まる寸前で、窓越しに見えたアイツの笑顔が気持ち悪かった。
▽
「はぁ!?」
「ぎゃははっ!!今の顔最高!!」
下品な笑い声をあげ人の目も気にせず大笑いする男、伏見仁希。こんな男でも一子の父である。フヒッ、と声を上げ笑いを堪えようとするが、それは失敗に終わりまた下品な笑い声を上げる。今度は机を叩くというオプション付きで。
「うっせぇよクソ野郎……てか今なんつったし」
「あー?おめぇの顔の横に付いてる耳はお飾りかぁ?」
「今はお飾りであってほしかったよ…!」
おサルと出掛けるから今日は休暇にしてやるよ。家来さん。などとイラつく電話が来た時点で気づけばよかった。あの男がまともじゃないことなんて、昔から知っているのに。
出掛けたはずの仁希から気持ち悪いお茶のお誘いメールが入って、何の疑いもなくここへ来た自分が馬鹿だった。猿比古くんと出掛けると言ったそいつは、いつもの様子で、いつもの恰好で、いつものように一人で、何故かパフェを貪っていた。似合わないと思ったことはしっかり正面を向いて言ってやった。
頼んだ珈琲が来たところで猿比古くんはどうしたのだと聞くと、そいつはなんでもないように、手洗いに行ってくると伝えるような軽さで○○駅に置いてきた。と言ったのだ。
椅子に掛けたコートを羽織り鞄を持ち上げると、仁希は不思議そうな顔をして名前を見上げる。
「どこ行くんだよ」
「猿比古くんのところに決まってるだろ」
「あー?ほっとけよ。一々迎えに行く意味が分かんねー。一人で帰ってくんだろ」
「あんな小さい子が何処かも分からない駅から、一人で帰ってこれると思うお前の方が意味分かんねぇよ」
テーブルに置かれた伝票を持って仁希を殴ろうとするが、それは空を切る。ニヤリと笑った顔面にそれを投げつけてやればそれはもう綺麗にヒットした。少しすっきりしたところで急ぎ足で店を出る。会計はあいつに任せてもいいだろう。名前は仁希に聞いた駅をタンマツで調べ、その方向へと急いだ。
▽
手が痛いくらいに冷たい。吐く息が真っ白になって消えていく。
何時間そうしていたのか分からない。誰かに話しかけられたような気もするけど、どうでもよかった。ここで死んでもいいや。なんて、また真っ白な息を吐く。
「さむい…」
そう呟いて、今日何本目かの電車を眺める。アイツが来るとも思っていない。けど、誰か来てくれるんじゃないかって、馬鹿な希望を抱いてる。
は、と白い息を吐くと、風か何かで眼鏡が曇る。また、電車がきた。
「猿比古くんっ!」
曇った視界、ぼんやりと誰かの影が見える。徐々にクリアになっていく視界に、突如、何かに抱きしめられた。あったかい。冷え切った身体にそれはとてもあたたかくて、無意識にそれにしがみ付いていた。
「あ〜〜、よかった…。こんなに冷えちゃって…私のマフラーで悪いけどほれ」
ちゃんとここにあるのをしっかり確かめるように、冷え切った頬を撫でられ、よしよし、と頭も撫でられる。首が絞まるんじゃないかってくらいぐるぐる巻きにされたマフラーがあたたかい。
ぼんやりとした頭で、心配そうな表情を浮かべる名前をまた無意識に呼んでいた。
「どうした?何かほしい?温かい物食べる?」
「きて、くれた…」
名前は一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐ柔らかい笑みを浮かべて猿比古の頭を撫でる。
「帰ろっか」
そう言って手を差し出す名前に、猿比古は首を横に振る。名前は何度も瞬きをしてどうして?と心配そうに声を掛ける。
差し出されていた手を両手で握り、猿比古は名前を見上げ、白い息が出る口を開いた。
「すいぞくかん、いくって」
「水族館?」
「ん、」
別に水族館でなくてもよかった。どこでもいい。
「いきたい」
手を握る力を強めると、名前は猿比古と目線を合わせるようにしゃがみこむ。そして、
「猿比古くんの仰せのままに」
ふわりと笑った。
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