「んだこれ…」
それを見つけたのは、久しぶりに定時で寮に帰ることのできた日だった。
伏見が寮に帰ると、扉の前に小さな植木鉢が置いてあり、その鉢には橙色の可愛らしい花。マリーゴルドが咲いていた。
誰が置いたんだと思いながらも、伏見はその鉢を少しずらし扉を開ける。マリーゴールドの咲いた鉢はそのままに、特に気にすることもなく部屋に入った。
翌日。出勤しようと扉を開けると、あの花はまだそこにあった。よく見ると土が少し濡れている。誰かが水をやりに来たということだ。水をやるくらいなら持って帰れよ。と悪態付き、伏見は橙色の花に背を向けた。
その日、少しの残業をして伏見が寮に戻ると、伏見はギョッと目を見開いた。
そこには朝から動いていないマリーゴルドと、1メートルほどの高さのある橙赤色の花が並べて置いてあった。
鉢に刺さったプレートを見ると、オニユリと書いてある。ご丁寧に、マリーゴルドの方にもプレートが付け足されていた。
伏見はチッ、と舌を打ちオニユリの入った鉢を扉の前から退ける。そうしないと部屋に入れないからだ。
「チッ、なんなんだよ…」
頭を掻き並べられた鉢を一瞥し部屋に戻る。取りあえず明日まで様子を見るか、と伏見はようやく部屋の前に置かれた花に気を向けた。
また翌日、相変わらず花はそこにあった。やはり土は湿っている。伏見が寝た後にでも水をやりに来たのだろう。何、人の部屋の前で植物育ててんだよ。
伏見は舌を打ちいつものように出勤する。今日は、花が気になった。
「伏見さん、これの確認をお願いします」
「あぁ、」
秋山に手渡された書類に目を通しながらも、頭は部屋の前に置いてあった花のことを考えている。
マリーゴールドに、オニユリ。
カタン、とパソコンにその名前を打って検索する。
「花、ですか?」
書類を受け取るため隣に控えていた秋山が首を傾げる。伏見は眉を寄せお決まりのように舌を打つ。それに秋山は苦笑いを浮かべ、贈り物ですか?と問う。
「違う。贈られて、というか、置かれてたんだ」
「あぁ…あの部屋の前の…」
「チッ、誰だか知らねぇがうぜぇことしやがって…」
花言葉。目に入ったそれをクリックし、表示されたそれに伏見は思わず眉を寄せた。
「嫉妬に、嫌悪…やっぱり嫌がらせか」
マリーゴルドの花言葉。嫉妬、絶望、悲しみ。オニユリの花言葉。嫌悪、愉快、純潔、富と誇り。
横を見ると、秋山が複雑そうな顔をしている。は、と息を吐いて書類にサインをする。
馬鹿馬鹿しい。ただの嫌がらせのためだけに花言葉なんてものを使うとは。よっぽど暇なんだな、と呆れた。
「室長に提出して来い」
秋山に書類を渡し、席を立つ。後ろから秋山の声が聞こえてきたが、聞こえなかったふりをして寮に向かう。
自分が気に食わなければ、直接嫌がらせでもしてくればいくらでも対処の仕様があると言うのに、今回は面倒だ。ただ花を贈りつけてくる。ただそれだけ、花に意味があろうとなかろうと、迷惑な物は迷惑。嫌がらせとしては大成功だろう。
「チッ…」
寮につくと、真っ白な小さな花、プレートにはアメリカイヌホオズキと書かれている。タンマツを取り出して花の名前を検索、花言葉は…、汝を呪う、男への死の贈り物。
「きれいでしょ?」
「っ!」
「こんにちは、伏見くん」
綺麗に笑みを浮かべた女。青い服は普通の隊服のはずなのに、まるで彼女に合わせて作られた洋服にも見える。手には白い花が咲いた鉢を持っていて、この女が伏見の部屋の前に花を置いていた犯人だということが一目でわかる。
長い髪を耳にかける仕草はどこか優雅さを感じ、伏見は振り向いたまま動けなかった。
女が不思議そうに首を傾げると、艶のある長い髪がゆるりと揺れた。その動きにハッとして、伏見はやっと女を警戒し始める。我ながらなんて失態だと思う。
「マリーゴールドは嫉妬」
歌うように女が口を開く。長い睫毛が黒い瞳を覆い隠した。
「アンタが犯人か」
「そうだよ」
あっさりと肯定され、伏見の身体から少し力が抜ける。
「オニユリは嫌悪」
女は相変わらず綺麗な笑みを湛えたまま、ゆったりと言葉を紡ぐ。
「アメリカイヌホオズキは」
「汝を呪う」
「そう、よく知ってるね」
小さい子共に語り掛けるように甘い声が鼓膜をくすぐる。それに眉を寄せると、女は楽しそうにころころ笑う。
「じゃあ、賢い伏見くんには、スノードロップをあげよう」
「は?」
「花言葉、調べたら教えてね」
そう言って女は持っていた鉢を伏見の前に置き、ブーツの底を鳴らしながら去って行った。その背中が見えなくなるまで睨みつけ、伏見は手に持ったままのタンマツに指を滑らせた。
「スノードロップ…」
花言葉、あなたの死を望みます。
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