お返しは○○で



バレンタインデー。世のリア充どもが、バレンタインと言う名の熱に浮かれ、歓喜し、絶望していくイベント。
そんな日、ストレインは黙っていなかった。大人しくしてろよと思いつつ、いつもの倍の早さで暴れていたストレインを捕獲し、牢にぶち込んだ。その時の私は恐ろしく無表情だったと後で聞いた。
榎本さんが引くくらいのスピードで報告書を書きだし、副長に届けたところで、今日の業務が終了した。
特にやることもなく、寄り道も何もせず寮に帰宅する。我ながら寂しい奴だ。
テレビに映る浮かれたリア充どもをぼんやり眺めながら、どんどん進んでいく時計の音を聞いていた。

「………バレンタイン」

そう言えば、と鞄に入れていた袋を取り出す。早朝に淡島副長から貰ったチョコと餡子を混ぜたという手作りの菓子だ。
どう処分しようかと黒い物体が入った袋を見つめる。袋は完全に閉じているのに、甘ったるい香りに包まれているような感覚になって少し気分が悪い。
明日出勤すれば、恐らく感想を聞かれるだろう。とりあえず美味しかったと言えば来年にもこの兵器が持ち越される。餡子がキツめですねとでも言っているか?
うんうん唸っていると、不意にインターホンが鳴った。
誰だと思いつつ、玄関に付いた覗き穴からインターホンを押した相手を文字通り、覗き見る。
いつもの隊服、片手に1枚の紙を持って、もう片方に白いビニール袋を持って、その人は立っていた。あの紙を見るに、書類になにか不備があったのかなと鍵を開ける。副長に出したときは大丈夫だったんだけどなぁ…。
どうも、と一言言えば、入れろと短く返ってくる。ドアを開いて中に招き入れると、リビングに続く廊下でぴたりと足が止まった。でもそれは一瞬で、その人、伏見さんは、まるで自分の家の様に炬燵の中に入った。そういえば秋山さんと弁財さんが、伏見さんは炬燵が嫌いなのかとか、炬燵の魔力がどうとか話していたなと思い出す。まぁそれは置いておこう。

「これ、食う気なのか……」
「あ、無理ですね」
「だろうな」

ちょっと安心したような声で、伏見さんは袋に入った餡子チョコレートを眺める。私だってまだ死にたくない。勿論、餡チョコには、あるべき対処を取らせてもらうつもりだ。す、捨てるとかそういうことではない、ない…。

「それで、どこに不備が…」

あるんですか。と問おうとしたら、最後までいう前にはぁ?と不機嫌そうに言われた。伏見さんのはぁ?は少し怖い。元吠舞羅だからか、チンピラがたまに顔を出す。

「え、書類に不備があるからここに来たんじゃないんですか」
「…ちげぇよ」

伏見さんお得意の舌打ちと共に吐き出された言葉。ではどうしてここに?と問うと、持っていたビニール袋が差し出された。
伏見さんの意図が分からず首を傾げると、また舌を打たれる。

「寂しい奴に付き合ってやるだけだ」

がさりと音を立ててビニール袋を漁り、伏見さんが取り出したのは、なんとも可愛らしいチョコレートのケーキ。ちなみに、コンビニで買えるやつだ。

「これは……所謂逆チョコってやつですか…」
「知るか」

ぶっきらぼうに言い放った伏見さんの耳は少し赤くなっていて、なんだかいつもより可愛く見える。いつもが可愛いって訳じゃないけど…寧ろかっこいいとか舌打ちばっかで憎たらしいとかそういうのだけど。
小さなチョコケーキと伏見さん、似合わないなぁって笑うと、思いっきり睨まれた。でも全く怖くなくて、可愛かった。

「へへっ、ありがとうございます」
「チッ…別に」
「伏見さんにもあーんしてあげますね」
「は?いらねーよ…」
「そういわず、に、っん」

重なる手に、唇に触れる何か。目の前に映るのは伏見さんの顔で、瞬きをすると、眼鏡がこつんと鼻先に当たった。
舌打ちより柔らかい音が聞こえて顔に熱が集まるのが分かった。

「ッふし…!」
「お返し、くれよ」
「な、へ…」
「お前がいい」

ちゅ、なんて。わざとらしく聞こえる音が、どくりと心臓を跳ねあがらせる。
あ、とか、う、とか、口から出る音は言葉にならない。

「わ、私で良ければ、どうぞ」

空気がいっぱいになった風船にさらに空気を入れようとして、割ってしまう。それと同じように、私の頭の中もそんな感じになっていた。
きっとその時の私も、世のリア充たちと同じようにバレンタインと言う熱に頭をやられていたんだと、思いたい。



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