キミの声に誘われる



我ながら、馬鹿だと思う。
ただの布にプリントされた写真。それに向かって欲をぶつける。

「はっ、ぁっ」

溜まった欲をティッシュに包んでゴミ箱に投げ捨てる。
カバーに包まれたクッションを抱きしめてベッドの上に身を投げると、ベッドが情けなくギシリと鳴いた。
フワフワと綿でも投げ当てているように襲ってくる睡魔に負けようとしていると、聞きなれた電子音が部屋に鳴り響く。
日々の超過勤務で既にだるい体を起こして、充電器に刺さったタンマツを手に取る。碌に画面を見ずにタンマツを耳に当てると、聞き慣れた声が鼓膜を揺すった。

『夜分遅くにすみません。伏見さん、今大丈夫ですか?』
「、あぁ…」

渇いた喉に言葉が突っかかり声が少し掠れた。

『お休みになられるところでしたか?でしたら明日でもいいんですけど』
「いや、大丈夫だ」

心配したような、気遣う様な声が心地良い。
いつもは気持ち悪いくらい騒いでいるくせに、こういう時はちゃんとしている。

『手短に済ませますね』
「ん、」

耳元で聞こえる名前の柔らかい声、さっきまでおれを襲っていた睡魔に加勢して瞼を重くさせる。
あぁ、そう言えばおれ、さっきまでこいつのこと考えながら一人でシてたのか。なんて、ふと思い出すと、背徳感が睡魔を押しのけてやってくる。

『伏見さん?聞いてます?』
「ん…あぁ、聞いてない」

タンマツを握る反対の手、ゆるりと伸ばしたその先で、案の定欲を吐き出したばかりのそれは服の上から出も分かるくらいに存在を主張していた。
つ、と指で撫でるとわざとらしいくらい体が跳ねる。

「っ…」
『伏見さんおねむですか?おねむなんですね!?通話切りますよ、ゆっくり休んで、』
「だめ、切るな。何か喋れ」
『へぁっ、だめって伏見さかわい…じゃなく!大丈夫ですか?睡魔がピークなのでは!?室長に言って明日お休み貰いましょうか?』
「んっ、はぁ、っ」

伏見さん?と名前の声が聞こえる。もっと、もっと。
右手で、耳が痛くなるくらいタンマツを押しあてて、その声が聞こえるようにボリュームを上げる。
左手で下着と一緒にズボンをずり下ろせば、反り勃つそれが顔を出す。それの先端を軽く握り、指の腹で刺激すると、全身から一気に力が抜けて行くような感覚がした。

「呼べ、」
『え?』
「名前、呼んでっ」
『ふ、ふしみさん?』
「はっ、あ、いい。もっと」
『伏見さん、あの、』

困惑した名前の声。様子がおかしいのに気が付いている。頭が上手く回らない。声が、もっと聞きたい。もっと聞かせてほしい。彼女のタンマツから聞こえる自分の声から、自分の欲に彼女が気づけばいい。気づいて、絶望する?軽蔑する?もうこれから彼女から声を掛けられることが無くなるかもしれない。彼女の顔も見れなくなるかもしれない。
いくら彼女が自分のことを好きなどと言っても、その好きは違うものなんだろう。こういう、自分の持つ欲の塊ではない純粋な好き、なんだろう。

「く、はぁ…最悪だな」
『伏見さん……?』
「ナニ、してると思う?」
『え?』
「っお前の声…オカズにしてるって言ったらっ、おれのこと…は、嫌いになる?っあ」

びくり、全身が震えてまた濁った欲が吐き出される。それをティッシュで拭ってゴミ箱へ投げる。今度は壁に当たって床に落ちた。
タンマツに耳を当てても、声が、聞こえない。
掛け布団を頭から被って、クッションを抱きかかえてまだ通話の切れていないタンマツに声を掛ける。
名前、名字、名前名前。名前。
声が震える。ボロボロと言葉と一緒に布団に染み込んでいく液体が鬱陶しかった。

『嫌いになんか、なりませんよ。いやむしろ、伏見さんに性欲があるなんて…と感動してました……伏見さんもするん…です、ね?あの、その』
「うん」
『う、んんん!はっ!マッッ、て!今の録音したい!っていうかほんとどうしたんですか伏見さんデレ期ですか?私を悶え死にさせる気ですかそうなんですか!!?』
「おまえとしたい」
『へっえ………………え!?』

言葉が零れる。勝手に、ぼろぼろと情けなく。いつもの名前の声。名前の声が聞こえる。そのことに、酷く安心した。
もっと、聞きたい。いつもの軟らかい声も、少し興奮したような声も、照れたような声も、驚いたような声も。もっと。

「声、ききたい。さわりたい、」
『ふ伏見さん…?』
「て、にぎってほしい」
『ちょ、え…』
「すき」
『っ、ほんっと、なんですか。本当に殺す気ですか貴方は…。伏見さんが言うなら私はなんでもしますよ。声も聞かせます。さわ、うん…好きなように、してください。手も握ります』

あと、

『私もすきですよ』

そこからの、記憶はあまり覚えていない。連日の出勤で体が限界だったらしい。
でも、

「………」
「おはようございます。寝ぼけ顔の伏見さんも可愛いですよ」

ぼやける視界で柔らかく笑う名前。一言余計なのだ。
クッションじゃなくて、本物を、体温のあるそいつを抱きしめると、なんだか眠たくなってくる。

「おやすみ」

そう言って再び目を閉じた。
次起きたとき、また彼女がいることを願いながら。


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