ある日の休日、私の部屋でいつものようにダラダラとただ時間を潰していると、不意に猿比古の声が私の名前を呼んだ。
「なぁ、名前」
「ん、んっ?なに?」
あまり自分から話をしようとしない猿比古が珍しく二人でいる時に口を開いた。そのことに驚いて、不自然に猿比古の方へ顔を向けると。
「え、ど、どうしたの?」
これまた珍しくしょんぼりしたような猿比古の顔。いつもは無表情か、ムカつく変な笑みを浮かべているか、不機嫌な顔なのに…。
熱でもあるのかとそっと額に手を置くと、「何してんの」と元気なさげに言われた。額から伝わる熱は普段とそれほど変わりなく、風邪を引いている様子もない。
「なんか変なもんでも食べた?」
「……、あぁ。そうかもなァ」
「えっ」
いつもの人を馬鹿にするような笑みを浮かべたが、やはり元気というか、テンションが低い。
「名前…」
「え、え?えっ!?なになになに!!?」
名前を呼ばれたかと思えば、日に焼けていない白く長い手が伸びてきて、ぎゅうっと抱きしめられる。体の中にあるすべての力を使っている様にきつく抱きしめられ、少し、いや、かなり苦しい。
「ちょっさる、ひこ!?くるしいって」
このまま潰されるんじゃないかというほど力を籠める猿比古に声を掛けてみても、背中を叩いてみても無反応。ただただ抱きしめる力が強くなっているだけだった。
「さるひこ、なにっ、どうしたの?苦しいから、離してよ…!」
「なぁ名前」
「?」
名前を呼ばれると同時に苦しみから解放され、猿比古の冷たい指が頬をなぞった。前髪で顔が半分見えないけれど、しっかりと猿比古の綺麗な青い瞳に私が映る。
猿比古は、ふ、と自嘲気味に嗤い、私の額に自身の額を合わせた。
さっきも近かったけど、唇が触れ合いそうなこの距離は心臓に悪い。
ただの他人と言う間柄ではないけれど、この端整な顔立ちの人にこんな距離で見つめられ続けると言うのは中々恥ずかしい物だ。一種の拷問か何かかな?
愛おしそうに私の頬を撫でる猿比古に心臓をばくばくと鳴らしながら首を傾げると、
「さ、猿比古!?」
目の前にいる猿比古の表情に、思わず固まった。いや、表情と言うより、猿比古の目からほろりと零れ落ちる涙を見て固まった。
驚きすぎて、口から出るのはただの空気だけだった。
「名前、名前」
「さ、るひこ…?」
迷子の子供の様に縋り付いてくる猿比古に困惑しながらも、そのいつもより頼りなく見える背中に腕を回す。
「このまま…お前を殺せたらいいのにな」
「えっ、ころっ…!?」
「クッ、冗談…」
いつもなら絶対しない寂しそうな表情。冗談とは言っていても、猿比古の目からはまた涙が零れそうだった。
「ねぇ、猿比古…何があったの…?」
ソファの上に正座をし、猿比古にしっかりと向き合う。情けなく眉を垂らした猿比古の口元には少し笑みが浮かんでいるが、今はそれすらも悲しい表情の一部に見える。
「……、よく、聞けよ」
一度言葉を切った猿比古は、私の頬に手を当てながら真剣な表情、でもやはり少し悲しそうな表情で、
「俺はあと一週間しか生きられない」
時が止まる様な感覚とはこういうものなのか、と頭の端でそう思った。
猿比古の言葉を頭の中でゆっくり咀嚼し、理解していく。何秒、何分黙っていたのだろうか、自分の中では何時間も時間が経っている様な感覚。
それほどまでに、猿比古の言った言葉は衝撃的だった。
「なん、なんで…」
「力を使い過ぎたんだ」
「ち、力の使い過ぎって、そんな…そ、それなら他のみんなもそうなるはずじゃ!」
「2色使いってのが普通じゃなかったんだよ。2色の力が俺の身体の中でぶつかり合って、中の方からどんどん命が削られていったんだと」
「そ、んな…」
ぱたぱたと頬を伝っては流れていく涙。
猿比古の手が腰にまわされ抱きしめられる。先ほどの様なきつい抱きしめ方ではなく、壊れ物を扱う様な。
「そんなに悲しい?」
「悲しいよ!だって、だっ、さるひこが…っどうして……」
ここで私が泣いてもしょうがないということは解っている。
きっと、悲しいのは猿比古の方なのに、私が泣いて猿比古の命が助かるわけでもないのに…。
「さるひこっ、やだ…やだよ」
「うん」
「死なないで…」
「…悪い、名前……うそ」
「やだ!悪い、なんて……え?」
一瞬にして涙が止まり、驚いて猿比古を見上げると、いつもの人を馬鹿にしたような笑み。
「は、うそ…って」
「今日、何の日」
「え?」
「もう四月だけど」
「!」
かちり、とパズルのピースがはまった音がした。
「もう猿比古なんて嫌い!エイプリルフールも嫌いだぁ!!」
「うるせ…お詫びに何でもしてやるって」
「うう〜っ、キスして、ギュってして」
「はいはい」
「…死なないで」
「こんなバカ残して死ねるか」
「さっきの嫌いはやっぱ嘘」
「知ってる」
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