分からない



「伏見さんは恋ってしたことありますか?」
「あぁ?」

信号が赤になりチッと舌を打ったところで、隣に立つ名字がそんな質問を投げ抱えてきた。
名字は真っ赤に染まる信号機をボーっと眺めながら突っ立っている。
何故そんな質問をするのか、何故その質問を投げつけられる相手が俺でなくてはならないのか、そんな疑問より先に面倒という感情が口から出た。
ただでさえ面倒な巡回の途中だと言うのに、どうして部下の恋バナなんて物に耳を傾けなきゃいけないんだ。いや、まだ質問投げかけられただけだけど。

「そういう話は副長とかにしろよ」

ため息交じりにそう言うと、名字は信号から視線を外し目の前を勢いよく走り抜けていく車を眺めながら小さい声で、そうですねと歯切れ悪く言った。
それから、名字は信号が変わるまでの間一言も喋ろうとしなかった。
いつもは馬鹿みたいにうるさいくせに…、いつもうるさい奴がこうも喋らないと何故かこちらの居心地が悪くなってくる。
微妙な居心地の悪さを感じていると、そんな俺の心境を察知したように信号が青に変わる。さっさと巡回を終わらせ屯所に戻りたいと足を進めようとしたが、腕が何かに引っ張られ身体が少し傾いた。

「……んだよ」

腕を引っ張った張本人名字は、俺の隊服を指で掴んだまま無言のまま俯いている。伸びた髪で名字の表情は見えない。そしてふと、名字が髪を切りたいなどと言ってことを思い出す。自分で思い出しておいて全然関係ない事だなと呆れた。

「………っ、…すいません。何でもないです」

何かを言おうと開かれた口は一瞬閉じられ、謝罪の言葉を零した。俯いていた顔は真っ直ぐ俺を見上げていて、名字の表情がはっきりと見えた。何でもないという表情ではなかったが、名字の表情が見えた瞬間鎖骨に刻まれた徴がぐずりと熱を持った。
行きましょう。と点滅している信号を渡っていく背中を追いかけながら徴に爪を立てる。

「チッ」

訳が分からない。

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