ありがとう。



負けだ。そう耳に当てたタンマツから聞こえた黒色の声に、嫌な予感がした。またなにか、消えるんじゃないかって。あのよく分からない喪失感に襲われるんじゃないかって。
勢いよく地面を蹴って、お面の間をすり抜けていく。こっちに向けられたクラッカーが音を鳴らす前に腕を振るう。淡い黄色が視界に見えた。黒色と茶色に貰ったタンマツの青でもなければ、王様に貰った赤でもない。けど、そんなのに気を掛けてる場合じゃなくて、がむしゃらに足を動かす。
お面達から逃げるように走ると、視界の向こうに王様と茶色、少し離れたところに黒色がいて、安堵のため息を吐く前に、黒色に向かってロケット花火が向けられる。

「――――っ!!」

届かない。伸ばした手は空を切り、王様の赤で埋め尽くされる。
オレが出した声は黒色に届いていたのかも分からない。そもそも、自分がどう黒色を呼んだのかも分からない。
亜麻色が優しく微笑んで大丈夫だよ。と頭を撫ぜる。
右目の上を腫らした黒色と涙と鼻水でぐちゃぐちゃの茶色に飛びついて、オレも茶色と同じように目から格好悪く涙を流す。

「オレ、ごめ…」
「なんで、お前が謝ってんだよ」
「なんも、っ出来なかった。また」

最初、あの始まったときもそうだった。
なんとなく、なんとなくだった。上級生と喧嘩をする二人に加勢しようとして、一緒にボコボコにされた。一瞬だけでも、かっこいいヒーローみたいになりたかったのかもしれない。でも結局、オレは無力だった。タンマツに備わったスタンガンも意味をなくし、王様に貰った力だって全く使えなかった。
また、また大事な物を失うところだった。


「また…?」

呟いて、違和感を覚える。またってなんだ。何か大事な物を失くしたことなんて、と言うより、大事な物なんて今まで出来たことが無かった。初めて、二人が俺の大事なものになったのに。なんで、またって思ったんだ…?
ズキン、いつかの様に頭が軋む。亜麻色に名前を聞かれた時みたいに。頭が痛くて痛くて、思わず目元を押さえたとき、マスターの声が降ってくる。

「いつまで泣いとんのやお前も」
「………これは、違う…」

いつの間にか滲んでいた涙を服の袖で拭って、顔を上げる。前も来たバーだ。カウンターには茶色と黒色もいて、黒色のこめかみには白いガーゼが貼られている。
それを見て思わず眉を寄せると、目が合った黒色に舌打ちされた。なんでだろ。

「しっかし、キイロ君の知り合いだったなんてびっくりだよね」
「きいろ…?」

聞きなれない名前、というか色に亜麻色の言葉を復唱する。相変わらず笑顔を浮かべたままの亜麻色がそう、と目を細める。

「名前、憶えてないって言ってたから。髪の色からキイロ君って呼ぼうと思ってね!」

ふふんと得意げな表情を浮かべた亜麻色に、何と言っていいのか困り果てていると、カウンターの向こうから大きなため息が聞こえてきた。

「おっまえ…呼び方に困るからて、黄色は無いやろ黄色は」
「駄目だよ草薙さん!漢字の黄色、じゃなくてカタカナのキイロ、なんだから!発音に気を付けて!」
「めんどいわ!」

マスターの鋭いツッコミが入り、亜麻色の笑い声が響く。すると、何が何だかわからない。といった顔をした茶色が声を上げる。

「ちょ、ま…え、どういうこと、っすか…お、お前、この人たちと知り合いだったのか?」
「うん、そうだよ〜、キイロ君とおれ達は仲間。クランの人間だよ」
「はぁ!?な、何で黙ってたんだよ!」
「あ…うん、ごめん…」

素直に謝罪すると、茶色は複雑そうに口ごもる。オレが茶色たちに王様のことを話していたら、もしかしたら結果が変わっていたのかもしれない。過ぎたことを悔やんでも意味がないとは思うが、今は悔やむしかなかった。黒色だって怪我しなかったかもしれないのに…。
少し居心地が悪くて、茶色の視線から逃げるように俯くと、誰かの手が肩に乗る。

「勘違いしないであげてね。キイロはおれ達に言われて黙ってたんだと思う。彼の能力は色々と面倒なものかもしれないしね。認識してしまったら、それを彼に言ってしまえば、彼の記憶もろとも記憶が消されてしまうかもしれないから。…そっちの眼鏡君には、心当たりがあるみたいだね」
「っ……」
「え?え?どういうことだ?」

一人だけ、状況が分かっていないらしい茶色が黒色に説明を請う様な視線を向ける。黒色はそれに気づいているのか気づいていないのか、少し俯いた。
心当たりがある。亜麻色にそう言われて黒色はなにも言わない。無言は肯定。って誰かが言ってた。黒色はオレの能力を知っている。何で、どうして、いつ、疑問が浮かんでくる。

「違和感は、あった」

どくり、心臓が跳ねた。胃の底から食べたものがせり上がってくる感覚、気持ち悪い。そう思った時、頬に冷たい何かが当たり全身をびくつかせる。
頬を押さえて犯人であろう、水の入ったコップを持った亜麻色を見ると、落ち着いて、と微笑まれる。それになんだか安心して大きく息を吐いた。小さくお礼を言い、黒色を見つめる。

「ごめん」
「は、」
「それと、ありがとう」

それしか思いつかない。
一人で抱え込んでくれた。違和感を留めておいてくれた。壊れないように、壊さないように。それがどんなに大変なことか、オレにはよく分からない。でもきっと、すぐ忘れてしまうオレには理解できない辛さがあるだろう。それを解ってやれない謝罪。気づけなかった謝罪。一人に背負わせてしまった謝罪。
"そこ"はオレの、オレ達の大事な場所。それを守ってくれての、ありがとう。

「別に、お前のためじゃねぇよ」

照れくさそうにそっぽを向いた黒色に笑いかけると、手の甲で額を叩かれた。痛くなかった。




《ありがとう。》

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