浮かんでは流れてく



どろりと、トーストの上をすべるはちみつの様に、ゆっくり手を伝い、手首にまで流れ込んでくる生暖かい感触がまだ残っている。頬に触れていた冷たい手が、自分の喉を押しつぶす様に締め付け、息が苦しくなる。嬉しそうに微笑んだ彼女の顔が瞼の裏にこべりついて離れない。
ごめんね。彼女の薄い唇がそう動いた。

「っ、!」

甲高い電子音と共に、勢いよく飛び起きた。
ぜぇ、はぁと、息が乱れ、心臓がどくりどくりと早鐘を打つ。額から、背中にまで流れる汗を感じては、と息を吐きだした。

「夢…」

ピピピピ、と鳴りつづけるタンマツを手に取り、アラームを止める。
ふと、無意識に左手が伸びていた。そのことに気づいたのは、いつも隣に居た彼女の姿が、無かったから。冷たいシーツをなぞると、脳裏に赤に染まった彼女が浮かび上がる。

「っ、う」

二段ベッドから転げ落ちるように降りて、ほとんど何もないキッチンへと向かう。
シンクに這い上がって来たものをすべて吐き出し、水を流す。ぱたり、蛇口ではない場所から水滴が落ちた。
ぱたり、ぱたり、流れ続ける水と一緒に頬を伝った水も一緒に、排水溝へと流れていく。

「なん、なんだよ」

今はいない彼女に悪態をつき、また込み上げてきたものを吐き出す。とは言っても、出てくるのはお酢の様な酸っぱさがある胃液のみ、びちゃり、溢れ出てくる唾液と共にそれを吐きだせば、いくらかましになってきた。
ぐわん、ぐわんと脳みそを直接揺らされている様な頭痛に、顔を顰め歯を食いしばって痛みに耐える。

伏見君

「やめろ」

泣かないで

「泣いてねぇよ…」

ごめんね…

「謝る、くらいなら…っ」

幻聴ともいえるそれに一つずつ答え、伏見はキッチンに座り込む、ひやりとしたフローリングがどんどん体温を奪っていき、それが何故か心地よく思えた。
ごめん、ごめんね。と、頭の中で彼女の言葉がぐるぐると渦巻いて、ずきり、ずきりと頭の痛みは増していく。
頭を押さえ、伏見はとうとう床に寝そべる。あの時の彼女のように、自身の身体も体温を失っていく感覚が心地良い。このまま死んでしまえたら、自分は彼女の元へ行けるだろうか。
ごめんね。と彼女の声がまた頭に響く。幻聴だ。そう解っていても、縋りたくなる。

「、いなく…なるなよ……」

彼女はもう何も、答えない。
ベッドの上で、またアラームが泣き出した。



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