真っ赤なリンゴはかわいいの



「ふしみんはさぁ、好きな子とかいないの?」

ゼリー飲料のパックを握りつぶせば、ぐじゅり、なんて気持ち悪い音が出た。伏見はそれを聞いて顔を顰めるが、どちらかといえば名前の口から出た言葉に顔を顰めたと言っていいだろう。
ふざけたあだ名で、一応上司である自分を呼び続けるこの女、名字名前。敬意なんてものは欠片も感じない。

「どうなの?」
「いねぇよ」
「えーうそだぁ」

何が嘘なんだと伏見は舌を打ち、パソコンのキーを叩いていた手を止めた。ずず、と音を立ててまだ湯気の立つ珈琲を啜る。砂糖もミルクも一切入れていない珈琲の苦味が、舌を滑り、喉の辺りを通過したところで、名前がまた口を開く。

「ほらぁ、ミサキチャン、とか?」
「っ!ごほっ!」
「うわぁ汚い、図星ですかぁ?」

喉を通りかけていた珈琲が気管に入り、一気に噎せる。伏見がごほごほと咳き込んでいると、不意に生暖かい物が背中に触れた。
よーしよし、なんて表情を変えずに伏見の背中を摩る名前に些か不気味さを感じたが、少し楽になったのでまぁいいだろうと伏見は息をつく。

「すいません」
「チッ」
「ポテトチップス食べた後の手で摩っちゃったから、塩ついてるかもしれません」
「マジふざけんなてめぇ」
「いやん、怒らないで」

テヘペロ、とふざけながらウインクを飛ばす名前に、伏見はどこからか取り出したナイフを勢いよく名前に投げつけた。
そんなナイフを名前は危なげなく躱し、自身のデスクへと戻って行く。
一応背中を掃っていると、カタカタとキーを叩く音が聞こえてくる。普段はふざけた奴だが、仕事となると突然の残業でも文句を言わずに仕事をこなす。

「……で、ミサキチャンって誰なのー?」
「あ?知ってどうすんだ、よ…」

名前の声にパソコンの画面から視線を外すと、目の前に名前の顔があった。思わず身を引き、ぱきりと、チョコレートでコーティングされた細い棒状の菓子を頬張り、じっとりと舐める様な視線をこちらに投げかけてくる。

「知りたい?」
「知りたかねぇよ」
「そっかー、残念だなぁ、すっごい楽しいこと思いついたのにぃー、ふしみんにあげようと思ってたポッキーは私の胃の中に納めておくね」
「んだそれ」
「あれ?欲しかった?食べかけ食べる?」
「いらねぇよ」
「しょうがないなぁ、ふしみんはー」
「な、んっ」

伏見の口の中に無理やり押し込まれた甘い菓子。短い棒状の菓子の先端を咥えさせられ、反対側を名前が噛みつくように咥えた。鼻先が触れ合う距離で伏見と名前の視線が交わり、名前の眼が可笑しそうに細められた。

「んー、早く食べないと全部食べひゃうよ」

ぱき、ぱき、とすでに短かったポッキーが名前によってさらに短くなっていく、もう少しで唇と唇が触れる。そう思った瞬間、パキンッ、と一際大きく鳴った細い棒が折れる音。
伏見の目の前ではニヤリと嫌な笑みを浮かべた名前が、もそもそと口の中にあるであろう菓子を咀嚼していた。

「テメッ!」
「んふふー、ちゅーされると思ったー?ふしみんの耳真っ赤、かぁわいー」
「離れろクソ女!」
「んもーふしみんツンデレー、もっとデレてよー」
「うぜぇキモイしねっ」
「はいはいごめんごめん。はい、これお詫び」
「は、っ…!?」

唇に触れた柔らかい感触、大きく開いた眼で見えるのは、長い睫毛を伏せた名前で、不覚にもドクンと心臓が跳ねた。
軽い音を立てて離れていくそれに名残惜しさを感じながら、乱暴に袖で唇を拭う。それを見て名前は酷い、などと声を上げているが、伏見にはそれを気にしている余裕はない。どくん、どくんと跳ねる心臓が鬱陶しい、顔に集まる熱も鬱陶しい。

「ばか」
「はいはい」

顔を真っ赤に染めた伏見が、小さな声ですき、と呟くと、名前は心底幸せそうな顔で知ってると笑った。




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