虎カラを拾いたい
月の明るい夜だった
会社の飲み会の帰り道、いい感じに酔いが回ってご機嫌に鼻歌なんて歌いながら自分のアパートを目指していた
人の気配のない明るい夜は、お酒の力もあって少しだけ気を大きくさせる
いつもなら足早になる灯りの少ない公園前の道も、今だけはふんふんと気分良く鼻歌を歌いながらゆったりと進めてしまう
「あ〜、いーい気持ち〜」
うへへとだらしない笑いが零れてくる
人に見せられないようなしまりのない顔をしているだろうとは思うけれど、ふわふわした今の頭では通りがかった人に見られるかもなんて考えも浮かばない
ただただ機嫌よく、近所の公園を通り過ぎようとしていた私の耳に、何か耳慣れない鳴き声が聞こえてきた
ビャービャーと、猫にしては野太いような不思議な鳴き声に思考力の下がっている私は好奇心の赴くままに鳴き声のほうへと進んでいく
「猫のけんか…?にしては一匹っぽいような」
公園の茂みを掻き分けて、公園と路地を区切るブロック塀へ辿りついた私は、その鳴き声の主を発見した
私と同じ目線の高さに、人の顔と猫の体を持った動物が。公園のブロック塀にはまり込んでいる
「…………」
「…………」
人で言ったら何歳児くらいのサイズだろうか?
少し太めのキリリとした眉と、もっちりとした頬が愛らしい
そんな子供の顔をフードのように覆っている黄色地に不思議な青色の縞模様の入った虎柄の体毛
ニュースだとか動物番組だとかで時折目にしたことのあるその生き物は、確かとても人に近い動物だとかで
めちゃくちゃ希少で輸入規制がかけられてるとか、飼育も難しく逃げ出す個体も多いだとか
なんだか取り留めのない情報が頭を過ぎっては消えていく
くりくりとした大きな目と目を合わせたまま、お互いまんじりともせず見詰め合っている不思議な間を先に壊したのは、目の前の猫モドキだった
ブロッグ塀にはまったままの猫モドキは、ハッと自分の状況を思い出した様子でジタバタともがき始める
どれだけ暴れても塀の穴から脱げ出せそうにないどころか、塀と黄色い体毛が僅かに赤く染まっていることに気がついてしまった
「待って、暴れたら余計に怪我するから」
とにかく止めようと暴れ続けている猫モドキに手を伸ばすと、避ける間もなくむき出しの爪で指を引っかかれてしまう
痛みに思わず手を引けば、黄色と青の体毛を全身逆立てながらフシャーと凄い勢いで私を威嚇している猫モドキ
猫にしては大きなサイズの目の前の生き物に全身全霊で威嚇されてしまうと、どれだけサイズの違いがあっても少し怯んでしまう
今さっき傷つけられた指先からじわりと血が滲んでジクジクと痛みだす
「うう、何も痛いことも恐いこともしないから」
それでも赤く染まる体毛と、ぶるぶると震えながら威嚇してくる小さな体に気がついてしまえばさすがにこのまま見放してしまうことはできそうにない
未だに私を睨みつけて手を出せばあの爪で容赦なく傷つけてくるだろうけど、覚悟を決めてもう一度猫モドキに手を伸ばした
案の定伸ばした手は引っかかれ、噛みつかれ、めちゃくちゃに抵抗され。そのたびに思わず手を引っ込めてしまい見捨てられずにまた手を伸ばすということを繰り返し
私も猫モドキも半泣きで、ぜいぜいと肩で息をしながらも小一時間ほど格闘した結果
ようやくブロック塀から猫モドキを引きずり出す事に成功した
「うわーん!!やったー!抜けたー!!」
どうにかこうにか助け出せた高揚感に、思わず猫モドキを高く抱き上げて喜べば
突然視界が変わったことに驚いたのかさっきまでの抵抗は消えうせ、びっくりしたような顔のまま猫モドキが全身をコチンと固まらせてしまう
驚かせてしまったと私も慌てて、抱き上げた猫モドキを地面の上におろしてあげる
ぺたりとその場にお尻をつけて座りこむ猫くんは、私を威嚇することを忘れたように呆然とこちらを見上げている
大きく見開かれたままの目が可愛らしくて、さっきまで両手をボロボロにされていたことを忘れて思わずその頭を撫でてしまう
「もう変なとこにハマったら駄目だぞ〜」
撫でてみれば、無抵抗でされるがままの猫くん
まだ驚いたまま固まってるのなら、あまり好き放題かまうのは可哀想かと猫くんの頭から手を離しその場で立ち上がる
立ち上がった私に一瞬ビクついた猫くんに、やっぱり人間が恐いのかなと苦笑しつつその場から立ち去る為に一歩下がって見せた
「じゃあね、猫くん」
もういなくなるからねとアピールして、結構ボロボロにされた右手をひらひらと振って猫に背を向けて今度こそ家に向けて歩き出す
思ったよりも遅くなってしまったと、すっかり酔いもさめた頭で考えながら道を急ぐけれど
背後からの気配に思わず足を止めて振り返る
「びゃー」
「…ついてきちゃったの」
「びゃ」
三歩ほど離れた背後で、さっき助け出した猫のような生き物がこちらを見上げていた
どうしたものかと考えながらその場にしゃがみこんで、そっと手を差し出してみる
おずおずとこちらをうかがう仕草をしながらも、近づいてきた猫モドキは差し出した指の臭いを嗅いだあとぺろりと指先を舐めてくれる
「うう、かわいい…」
一生懸命ゆびを舐める動物に心打たれないはずがない
ぺたりと寝た可愛い耳が、さきほど大暴れして怪我させたことを詫びているようで庇護欲を刺激しまくる
近づいて、怯えさせないようにそっと小さな体を抱き上げた
考えていたような抵抗はなく、それでも緊張しているのか身を硬くさせている猫モドキ
近くで見ると、大きな両目が青みがかっているのに気がついた
その目を覗きこみながら私はこの子に問いかける
「とりあえず、うち来る?ご飯くらいは食べさせてあげるよ」
一晩だけでもどうかな?とそうナンパしてみれば、猫のような生き物は尻尾をゆるりと揺らしてから小さくびゃーと鳴き声をあげる
その鳴き声を勝手に了承と受け取って、私は今度こそ帰路につく
この子のご飯に、手当てに、私のお風呂に手当てに
寝るまでにやることが山盛りに出来てしまった
慌てて先をいそぐ私の腕の中で、猫モドキがグルグルと喉を鳴らしていることに慌てている私は気がつかなかった
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