お姉ちゃんとカラ松


提灯の赤い光は俺を照らすスポットライト、煮えるおでんの湯気も俺を輝かせる演出の一つになるだろう
そう、まるで霧の深いロンドンの街、危険を知らせる赤いランプは俺とガールの恋を予感させるようじゃないか
霧の煙る夜に佇む……俺!

「フッ……俺の魅力に星も隠れてしまったようだな」
「カラ松酔ってんのか?湯気でサングラスくもってんぞ」

煮汁に浮かぶおでんを菜箸でひっくり返しているチビ太から指摘され、致し方なくパーフェクトファッションのサングラスを外してシャツにぶら下げる
目の前でぐつぐつと音を立てる美味しそうなおでんたちが俺に食べて欲しいと言わんばかりに身を震わせているが、残念ながら俺の腹も無限じゃない。許してくれ、カラ松ファンのおでんたち

「お前またわけわかんねーこと考えてねぇか?」
「おっと、嫉妬はよしてくれチビ太」
「はあ?まあ、いいや。そんなことよりお前のねーちゃんなんとかしてやんな!もう限界越えてんだろあれ」

何故だか呆れた顔のチビ太が菜箸で俺の隣を指す
つられてその方向へ目を向ければ、俺の唯一の姉であるマイシスターが屋台に頭を置いてビール瓶を抱きしめていた
…………それはあまり美しくないぜシスター

「あー、姉さん。マイリトルシスター、大丈夫か?気分が悪くなってないか?」
「だれがりとるだー。おねーちゃんだぞからまつー!」

酔っ払って呂律がまわっていないが、俺が何を言っているかくらいはわかっているらしい
抱いていたビール瓶を離して右手をふらふらと振り上げて怒っているアピールをはじめた姉にひとつ頷いてみせる

「ビッグシスター?」
「そりゃ違う意味になるだろバーロー」

チビ太の野暮なツッコミに、いつもの如く大人の男として微笑みをおとす
実際の意味ではなくハートで会話をしているんだぜチビ太!

「フッ……英語はわからないぜ」
「ならなんで英語使ってやがんだ!チクショウめっ!」
「考えるなチビ太……感じるんだ!」
「どんとしんく、ふぃーる!」

シスターの援護をもらいチビ太へ俺の指先を向ける
フッ、欲しがり屋さんめ
カラ松ガールたちなら気絶してしまうかもしれない刺激的な拳銃でチビ太を狙撃した

「バーン!」
「いやバーンじゃねえよ……もう帰れお前ら」

俺の狙撃はチビ太にはきかなかったらしい
向けていた指をお玉でガツンと沈められ、屋台の飲食スペースにしたたかに打ち付けた
俺が痛みに涙目になっているというのに隣の姉は楽しそうにきゃらきゃらと笑っている

「特にねーちゃんは明日も仕事だろうが。平日だぞ今日は」
「ん?今日は平日だったのか」

いつだって仕事や予定に囚われることのない俺たち六つ子は、曜日感覚がかなり薄いらしい
姉が飲みに行くよと俺を連れ出したから明日は休みだとばかり思い込んでいた

「ああ〜仕事行きたくないよお。チビ太私を養わない?」
「じょーだんじゃねえ!ねーちゃん嫁にしたりしたら六つ子の義兄になっちまうじゃねえか!」
「いいじゃ〜ん。どうせ六つ子に一生絡まれるんだからあ、ついでに兄にでもなっときなよお」
「恐ろしい予言すんな!カラ松!ぽけっと見てねえでさっさと酔っ払い持ち帰れ」

グダグダとチビ太に絡み出した姉はもしやチビ太が好きなのだろうかと考え込んでいたものの、どうも2人の恋が回りだしている雰囲気はない
酔っ払った上の冗談だろう。おそらく。なんなら素面の時に確認するか
どうせ酔った姉を連れ帰ることになると解っていたから、酒はセーブしてほとんど飲んでいない
屋台のベンチから立ち上がり、いまだにべろべろと屋台の一部になっている姉に声をかける

「シスター、シンデレラはそろそろ帰る時間だぜ」
「うえー?ならカボチャの馬車を用意しなさいよお」

不満げな顔をして無茶ぶりをしてくる姉
シスターの願いはなるべく叶えてやりたいが、いつも通りおぶって帰るつもりだった俺は思わず困り顔でチビ太に助けを求めてしまう

「チビ太、カボチャの馬車はどこで手に入れたらいい」
「きいてやるつもりかよ。馬車なんかねーよ!いつものカラ松号で我慢しな」

ほらカラ松さっさと持ってけとチビ太に促され、酔った姉をおぶろうと背中を向けるものの、いつまでも姉が背中に乗ってくる気配はない

「姉さん」
「やだやだ!いつものカラ松号じゃやだー」
「あのなあ、カラ松連れてきたのはねーちゃんだろ?」
「カラ松がいやなんじゃないもん」
「っかー!面倒くせぇな酔っ払い!!」

へそを曲げて我侭を言い出す姉と、酒をだした店主とは思えないチビ太をよそにいつものカラ松号ではなく姉を連れ帰る方法を考える
一度家に帰って他の兄弟を連れてくるかとも考えたが、1度帰ってから飲みに出掛けた日は兄弟たちは姉の帰宅を待たない
おそらく眠っているだろう兄弟たちを起こして連れてくるのは気が引ける
俺が嫌なわけではないのなら、いつもとは違う連れ帰り方をすればいいのか?

姉の鞄を先に肩にかけ、姉が座ったままのベンチを後ろに引いて屋台にぶつからないようにする
わあ!と声を上げて驚いている姉を気にせず、その背中とひざ下に手を差し込んで抱き上げた

「フッ……スペシャルカラ松号だ」

いつものおんぶじゃなければいいだろうと、姉を座っている状態からそのまま持ち上げて帰ることにする
酔った一松よりもはるかに軽い姉ならこうして抱き上げたって大した重さじゃない。暴れたりしなければ落とすこともないだろう
これで満足してくれるかと抱き上げた姉を見る前に、姉の腕が俺の首に回される
なるほどその方が安定して良さそうだ

「ふふふ、お姫様抱っこ!いいねー気分いいわ〜」
「ん?これがお姫様抱っこなのか」

楽しそうに足をぶらぶら揺らす姉はかなり機嫌良さそうに笑っている
言われて気がついたが、そういえば演劇部のロマンスものでよく王子役が姫役をこうして抱き上げる演出があった気がする。なるほど、これがお姫様抱っこというものか
来るべき日にカラ松ガールを抱き上げる予行練習になったなと、俺もその日を思って笑う

「フッ……さあ帰ろうカラ松シスター」
「はーい!じゃあねぇチビ太〜」
「おう、おっことすなよカラ松」
「大事なシスターを落としたりしないぜ」

本当ならさっきのリベンジにもう1度チビ太にバーンをしてやりたかったが、俺の両腕はいまマイシスターで手一杯だ。
すまないチビ太、腕が2本しかない俺を許してくれ!
それでもサーヴィスに別れのウィンクを飛ばしてチビ太の屋台を後にする
フッ……チビ太のやつあまりの喜びに硬直していたな……全く、幼なじみさえファンにしてしまう。罪深い、俺

「ねーねーからまつー」
「どうした?シスター」

チビ太に向けてなかなかのパフォーマンスが出来たなと満足している俺に、酔いからさめる気配のない姉が話しかけてきた
酔った姉は無視すると面倒なんだ。こういうところは少しだけおそ松に似ていて、やはり血縁だななんて考える

「あのねー、今度ちょっとカラ松顔タンクトップかトレーナー貸して」

驚きに一瞬姉を落とすかと思った
どうしてか家族から不評な俺の顔をプリントしたタンクトップを、姉さんが!?

「ほ、欲しいのか姉さん!」
「かしてくれるだけでいいや〜」
「いいんだ!遠慮するな!そうかあ……なら姉さんサイズのタンクトップを用意しないとな」
「レンタルでいいんだけど」
「大丈夫だ姉さん。ちゃんと、わかってる」

姉を安心させるように決め顔で微笑んでみせる
シスターはわかってないなこれ、とか何とか言っているが大丈夫だ!勿論わかってる!
姉さんもカラ松ガールになってしまったということだろう
おそらくさっきのチビ太への完璧なパフォーマンスを見て、羨ましくなってしまったんだろう
わかる。わかるぞ……俺が姉さんなら俺から俺にもウィンクをして欲しくなるからな!勿論明日にでも女性サイズの俺タンクトップの制作に取り掛かるつもりだ
あまり待たせてはシスターが可哀想だからな

「そうだ姉さん!タンクトップの色は青で大丈夫か?姉さんの好きな色のシャツに俺プリントをする事も」

姉さんの意見もきこうと腕の中のシスターに目を向ければ、いつの間にか姉はすやすやと眠り込んでいた
いつの間に眠ったのか気が付かなかったが、寝ているのなら仕方がないなとシャツの色はやはり俺カラーの青で行くことにしよう

「……女性用のシャツはどこで買えばいいだろうか」

平和な顔で眠っている姉を抱いて歩きながら、シスターの為のタンクトップ制作について考えを巡らせる帰り道はなかなか楽しいものだ
いつもの道もあっという間に感じるも灯りの消えた我が家にたどり着いてしまえば早く眠りたいという欲求が大きくなってくる
眠ったままの姉を起こさないよう、気をつけながら玄関の扉を開け、なるべく音をたてないよう靴を脱いで家にあがる
兄弟も両親も、滅多なことでは起きてこないとは思うがまあ一応というやつだ

「ただいま……」

小声で挨拶を呟き、古くてギシギシと音を立てる階段をゆっくりと登り始める
誰かしらの声がする昼間と違いみんなが寝静まった夜は階段のきしむ音が妙に大きく聞こえるものだ
階段の中程まできた頃、ガコンと何かを落としたような何かを当てたような大きな音を立ててしまい、自分で出してしまった音なのだか自分で驚いてしまった

「……なんだ?」

俺はどこにも痛みはない。と言うことは姉をどこかにぶつけてしまったのかもしれない
うん、もし起きていたら物凄く叱られていただろう。寝ていてよかった
気を取り直して階段を登りきり、姉の部屋へ向かう
小さいながらもひとり部屋というものが昔は物凄く羨ましかったものだ
部屋と廊下を仕切るふすま扉を開けば布団が一枚敷いたままになっている。電気をつけようか一瞬迷い、目もなれてきたから必要ないかと電気をつけないまま姉の部屋に踏み入った

「……そういえば姉さんの部屋に入るのは久しぶりかもな」

布団の上に眠っている姉を転がして、思わず姉の部屋を見回してしまう
暗くてよくは分からないが、きちんと片付けられているし六つ子部屋と違い野郎の臭いがしない。それだけで凄い

「おっと、あまりジロジロとみたらいけないな」

ジェントルマンな俺は姉といえど女性に不愉快な思いはさせられないぜ
さて俺も寝るかと部屋を出ていこうとしたが、姉は靴を履いたままだった事を思い出し靴くらいは脱がせてやろうと姉の足元を見て俺は目をまばたかせた

「ん?片方しかないな?」

無防備に投げ出された姉の足にあるはずの片方の靴がない
もしかして帰る途中で落としてしまったのだろうかと焦ったが、そういえば階段の途中で何かを落としたような音がした事を思い出す
姉の部屋を開け放ったまま暗い廊下を進み階段を覗いてみれば、確かに何かが落ちていた
ギシギシと音を立てながらもう1度階段を降りて、落ちていたものを手に取れば、それは姉が履いていた靴の片方で間違いない

「はは、本当にシンデレラだ」

先程姉に向けてシンデレラと表現した俺は正しかったようだ
有名なラブロマンスであるシンデレラは部員にも観客にもウケがよく演劇部でも何度か公演したことがある
俺は王子役をした事はなかったが、何度も同じ劇を練習するうちに全てのセリフが頭に入っていた
階段の途中でうちのシンデレラが落としたガラス造りではない靴を手に、眠ったままのシンデレラの部屋へもう1度戻る
電気の消えたままの姉の部屋は暗いが、窓にはめてある障子はうすく光を通すものなので熟睡している姉の様子はよく見える
姉の足元にかしずいて、手にした靴を姉の足に履かせてみれば当然それは姉の足にピッタリとあっている
シンデレラのクライマックスシーンを、頭の中で再生させてあの頃を思い出していく。ああ、この言葉を舞台で口にしてみたかったな

「『愛しい人。貴方に再び巡り会うために、私は来たのです。どうか私の手をとって下さい』」

そして、シンデレラは王子の手をとりハッピーエンドだ

「……なんてな」

ぐーすか眠っているシンデレラも、毎日何もせず過ごしている王子も様になるはずがない
無意味にもう1度履かせた姉の靴を今度こそ両足とも脱がせてやろうと足を掴み、ふと気がつく
今はこうして家でヨダレをたらしながら寝ている姉も、いつかシンデレラと同じように誰かが迎えに来て、ここからいなくなってしまうのだろうか

「そうだよなあ」

俺を含めシスコンのケがある六つ子が邪魔をしているものの、いつか妨害工作をくぐり抜け姉と思いを交わす猛者が現れるだろう
靴を脱がせてあらわになった姉のつま先に視線をおとす
弟たちほどシスコンをこじらせていない俺としては、姉にはただ幸せになって欲しいと思う。まあもう少し側にいてくれるのが勿論1番いいが
いつか、そのうち、できるだけ遠い未来で、姉を1番幸せにしてくれる奴になら任せてもいいだろう
祈るような気持ちで、いつか見た演劇を真似て姉のつま先に口付けた

「カラ松?そんなとこで何してんの……」
「おそ松か」

寝ぼけた様子でおそ松が声をかけてくる
起こしてしまったのかもしれない
振り返れば眠たげにあくびをしながら尻をかいている
普段通りのおそ松に感傷に浸っていたことが馬鹿馬鹿しくなってしまう
さっさと姉の靴を脱がせてその場から立ち上がる

「姉さんが酔って寝てしまった。とりあえず布団に転がして靴を脱がせたんだが……起こした方がいいだろうか?」

そういえば明日も仕事だとか言っていたから、着替えとか何かしらしておいたほうがいいのかもしれない
考え込む俺におそ松がぽんと背中を叩いてきた

「いーよいーよ。後はお兄ちゃんかやっとくから、お前も早く寝る準備してきな」
「……そうか?じゃあ任せる」
「ん〜、おやすみィ」

あくびをしながらも、勝手知ったるという様子で姉の部屋に入り何か……ウェットティッシュのようなものを手にするおそ松に、俺ではよく分からないがおそ松は姉をどうすればいいかわかるらしいと納得して、あとを任せることにした
やはり何だかんだと言いながら長男なんだなと、少し頼り甲斐を感じながら俺もさっさと眠ろうと姉の部屋を後にした
俺が去った部屋で、おそ松が眠たげな演技をやめて深くため息を吐き出し何事か呟いていた事など俺は全く知る由もない

「……弟に嫉妬なんて、馬鹿くせえ」

姉のむがむがいう寝言が、かなり間抜けに夜の暗闇へ消えていった



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