お姉ちゃんとチョロ松
ガタガタと規則的に揺れながら、電車が駅のホームへと滑り込んでいく
夕方と夜の合間の電車内は、仕事に疲れた労働者たちを詰め込んでいやな熱気が籠っている心地がして息苦しい
いつもの如く停止線でピタリと止まった電車は扉を開き、詰め込まれた私たち労働者を駅のホームへと空気を吐き出すように排出する
この電車を動かしている人も、この電車自体だって労働者なんだと思うと、もう色々とゲンナリしてしまう
人ごみに流されながら、吐き出された駅のホームから改札口へとのろのろと行進する
私の心持ちのせいか周りのおじさんお兄さんお姉さん方、労働者の同士たちはみんな一様に疲れた顔で改札を抜けていくように見える
まだ週の半ばという事実が重苦しい
みんな気持ちは一緒なんだろうな、なんて謎の連帯を感じながらピ、という電子音と共に私も改札をぬけてようやく地元へと帰り着いた
そうしてようやく大きく息を吐き出せる
今日も一日頑張りましたと自分で自分をいたわり、さっきよりも軽くなった気のするヒールで地面を叩きながら愛しの我が家へ歩き出す
ただ、毎度我が家へ帰り着く前に魔のロードが私の前に立ち塞がる
赤塚の商店街は仕事帰りの人がお弁当や総菜を買って帰れるすばらしい立地と、おいしそうな香りで私たちを迎えてくれる
疲れた体に優しい赤塚商店街は素晴らしいけれど、そのあちらこちらにある居酒屋や、ちょっとした小料理屋
そして私を誘惑してやまない、飲み屋街へと続く路地が私を魅了してくる
秋の気配の色濃い今の季節に、少しあたたかいお通しとジョッキのビールが出てきたら最高!だなんて気持ちにさせる悪魔の道だ
まっすぐに家を目指していたヒールが、どうするべきなのかと進みが遅くなってしまう
おととい、昨日と休肝日は作ったので正直アルコールを受け付ける態勢はベストコンディションと言える
でも寄り道をしてしまえば、また末弟に女子力3%だとか女のビール腹とかないよねーと言われてしまうんだろう
私はいったいどうしたらいいのか
ゆっくりと進む私を、道行くサラリーマンたちが追い抜いて行く
苦悩してうつむいていた私は、あることに気が付いてアルファルトを見つめていた視線を上げる
赤ちょうちんの眩しい地味な店構えの小料理屋
そこから芳醇な秋の香りが漂ってくる。これは、秋刀魚を焼くにおいだ。よく脂ののった魚の焼ける良いにおいが食欲をそそる。
ゴクリと生唾を飲み込んだ私は背筋を伸ばし、迷わず小料理屋の暖簾をくぐった
末弟の嫌味がなんだというのか、私お腹でてないもんまだ大丈夫だもん
「あ」
「あ」
小料理屋のテーブル席に座る松野家三男と目があった
「チョロ松!」
「姉さん、帰ってきたんだ」
六つ子の中でも三白眼ぎみな目を瞬かせながらこっちを見るチョロ松
まさかこんな偶然があるとは思わなかった
流石に驚いたものの、嬉しい偶然にうきうきとチョロ松の正面の席に無断で座る
「うん、いま帰り」
「そう。おつかれ」
チョロ松と一言二言会話をしながら、カウンターでお料理をしている女将さんに生ひとつと声をかけておく
愛想よく返事をしてくれる女将さんに笑い返しながら、雰囲気も女将さんも感じ良くいい店かなと出てくる料理に期待が膨らむ
正面に座るチョロ松の前にはすでに付きだしの小鉢と生ビールが並んでいるものの、他に注文した料理があった形跡はない
私とそう変わらず、今さっきここに入ってきたばかりかなと当たりをつける
「それにしても偶然だねぇ。あ、もしや待ち合わせ?」
「こんな品の良いとこ兄弟となんか来ないよ」
「だよねー。1人の時御用達?良く来るの?」
「まあ……たまにね」
偶然入ったお店に弟がいた事が嬉しくて、思わずテンション高く質問攻めしてしまう
けれど、チョロ松は私の絡みにもなれたもので小鉢に箸をつけながら返答してくれる
弟が大好きなお姉ちゃんは、一人飲みに同席しても文句を言わず一緒に飲んでくれるのが楽しくて仕方がない
女将さんがお手拭と一緒に持ってきてくれた小鉢とビールにお礼を言って、ビールジョッキを片手にチョロ松に促す
何だかんだ姉に甘い三男は特に嫌な顔も見せず、箸を置いて半分ほどになっている自分のビールジョッキを構えた
「お姉ちゃんとの出会いにカンパーイ!」
「何だそれ」
「………っくあー!弟と飲むお酒サイッコー!」
「はいはい」
たいしてアルコールも入れずに機嫌が最高潮になっている自覚はある
だけど普段からどちらかというと制止する側にいる三男が一緒にお酒を飲んでくれるのが珍しくて嬉しすぎる
弟が季節のおすすめ欄のお高いメニューに指をすべらせていることも今なら気にならない
「姉さん、僕これ食べたい」
「オッケー!お姉ちゃんが奢っちゃうから注文しちゃいな」
グッと親指をたててお姉ちゃんの頼りがいをアピールすれば、甘えベタな三男が吹き出すように笑う
「たく、姉さん値段全く見てないだろ。確認くらいしなよ」
「いーのいーの。お姉ちゃん今月は懐あったかいから大丈夫だって」
「へー?なら僕こっちも食べたい」
「いいよー。いっぱい食べな!」
「だから確認くらいしろって」
下三人と違って、おねだりでも何でもどこかでブレーキをふんでしまうチョロ松のおねだりなんて何にも怖くない
その証拠に笑うチョロ松の顔には姉さんは仕方ないなとかいてある
まったく面倒見がよくて世話焼きで、力づくでも甘やかしたくなる可愛い弟で。お姉ちゃん胸にグッとくる
「チョロ松、日本酒いっちゃお」
「え?もう?」
「和食には日本酒だってー。ちょっといいやつ!ね?」
「えぇ?大丈夫なの?」
「だーいじょうぶだったら。あ!ねぇ十四代ある!飲もう飲もう」
「たっか!やめときなって」
「一杯だけ!一杯2人で飲んで他のにしたらいいでしょ?」
「うーん……一杯だけね」
私のお財布をチョロ松が絞るという謎展開はいつもの事
可愛い弟とじゃれあいながら、出てくる美味しい料理に美味しいお酒に舌鼓を打ち
気が付けば銭湯も閉まる夜更け
小料理屋さんでニコニコカード一括払いを選択し、すっかり千鳥足な私たちはお互いにお互いの肩を組みよろよろと夜の商店街を歩きだす
お店の常連さんにあれもこれもとお酒を勧められ、言われるがまま飲んだくれた私たちはお値段以上に酒量が増えた
顔を真っ赤にしているチョロ松の吐く息もアルコール臭がものすごい
「ういっく、ねーさん…ちゃんと歩いてくんなきゃ、僕今日はけっこうむりだから」
「はい!はい、まーかせて。おねーちゃん、ぜんっぜん!へいきですからっ」
チョロ松に励まされながら、楽しくて笑いつつ歩いていく
歩いているつもりなんだけれど、なんか足元がふわふわしてうまく力が入らない
どうにかお互いを支えにして踏ん張って歩いているのはチョロ松も同じのようで、時々カクリと膝の力が抜けたりするのが笑いを誘う
「ちょろまつ〜!たのしーねー!」
「ふは!ねえさん、じゅうしまつみたい」
「えー?まっするまっする〜」
「はっするはっする〜」
全く似てないモノマネを披露しあって、にてなさ過ぎてお互いに目を合わせ道端で大爆笑
つまらなすぎてあまりに笑えて、お腹が痛くて足に力が入らない
笑いながら思わずチョロ松に寄り掛かろうとしたけれど、力が入らないのはチョロ松も同じだったらしく
収まらない笑いに苦しみながら、2人で地面に膝をついてしまう
「ひー!ひー!くるしい」
「ん、んふっ…くっだらな」
「んふ、ふ。ねこだいすき」
「まさか一松!?にてなさすぎでしょそれ!」
「え?んんっ…ねこちゃんだいすきにゃん」
「だぁから、にてねーって!」
「うそぉ?じゃあチョロ松やってよー」
「仕方ないな……コラアン?コラクソ松コラァ!」
「はい、ねこちゃんきた」
「ねこだいすきにゃんいちまつにゃん」
「にてる……」
「似てねぇ!!」
激似の一松モノマネを披露するチョロ松に感心していると、一松の声が聞こえてきた
幻聴かな?とチョロ松と目を合わせて首をかしげていると
サンダルが地面をすべる聞き慣れた音にピンときてそちらへ振り返る
「あれ?本物のいちまつ?」
「僕もいるよー」
「とどまつー」
何故か怖い顔をしている一松と、愛想良く笑っているトド松の対比が物凄い
でもそんなの慣れた私たちは地面から立ち上がらないままに肩を組んで左右に揺れる
「チョロ松の一松が本物すぎてわけわかんなくなるね〜」
「ぼく一松のさいのうあるかも。ぼく一松して稼いでいくわ」
「才能あるある〜」
左右に揺れながら楽しくて笑っている私たちを、一松とトド松が挟むようにして立ったまま見下ろしている
「トッティ、こいつら捨てて帰ろう」
「僕は別にいいけど、一松兄さん上2人に怒られてくれる?」
「…………」
「ねえねえトッティもいちまつのマネしてよお」
「あはは、姉さんそれ以上喋ると本当に捨ててかれるよ?」
「いちまつにゃん。手羽先たべたいにゃん?」
「……フヒヒ……チョロ松ぅ、ゴミなら腹いっぱい食わせてやるよお」
「兄さん、落ち着いて兄さん!相手は酔っ払いだから!」
激似の一松のモノマネを繰り返すチョロ松と、なにかご機嫌に笑ってる一松と一松に抱き着いてるトド松
かわいい弟を見守りながら、私も混ぜてもらおうと息を吸いこんだ
「兄さんたちがしんでもきがつかないからあ」
「姉さん、それまさか僕の真似じゃないよね?」
「「似てる……」」
「似てねぇわ!!」
弟たちに構ってもらえて、お姉ちゃんは今日も幸せなので明日からも張り切って労働できます
まったくうちの弟たちは揃いもそろってお姉ちゃん転がしで、お姉ちゃん人生最高です
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