02
 名前探しはスニッチ捜しに似ている、とはジェームズが言い出したのだったか。
 その箒裁きの見事さから、学年が上がった途端にクディッチ選手に選抜された彼は、未だ控えとはいえ高学年相手にチェイサーとしての頭角を顕している。本人は、花形ポジションであるシーカーを希望しているらしく、度々スニッチを追いかけていたが。

 “当たり”を見つけたのもジェームズだった。

「あそこにいるの、彼な気がする」

 そう言ってジェームズが指した先は、ガーデンテラス。そこでベンチに寝転び、気持ちよさそうに日光浴をしていた人物は、誰かが「名前」と呼ぶ声で身体を起こす。その時に、彼の一つに結わえた黄金色の髪が揺れた。

「今名前って、名前って呼ばれてた」
「名前・苗字だ!」

 興奮したように二人が声を上げるのをききながら、リーマスはその黄金色から目を離せずにいた。
 切れ長の瞳を細め、とろけたハニーバターのような髪をふわふわと揺らす名前は、リーマスの目から見ても確かに美しく、どこか浮世離れしているように思えた。

 名前自身は、彼を呼びに来たプラチナブロンドの男と一緒に建物内へと移動してしまったが、彼を見つけた四人は冷めぬ熱に浮かされたように盛り上がっていた。

 それから度々、四人は名前を校内で見かけることとなった。
 大抵は外の、それも日当たりのいい場所で、彼はよく緑色のネクタイをした――要はスリザリンの――生徒と一緒にいた。中でも大抵の確率で側にいたのは、リーマスが初めて彼を見掛けた時に彼を呼びに来ていたプラチナブロンドの男だった。

 ハッフルパフとスリザリン、という組み合わせは珍しかった。というのも、純血主義者が多く集まるスリザリンは、門戸の広い(要は血に拘りのない)ハッフルパフを見下していることが多く、ハッフルパフ生だというだけで、スリザリン生は関わることすら厭うのが普通だったからだ。
 一緒にいるスリザリン生達がいわゆる例外なのかといえば、そうでもないという。むしろあのプラチナブロンドの男などは、純血主義の筆頭ともいえるマルフォイ家の長男、ルシウス・マルフォイだとシリウスは言っていた。ちなみにそのルシウス・マルフォイの学年は7年。名前の学年が6年であるから、ますます接点がわからない。

 そんな時だった。四人がその理由を溢れ聞いたのは。
 それは魔法薬学の授業が終わり、このジメジメとした空間から、四人が早くおさらばしようとしていた時のこと。すれ違った緑色のネクタイの上級生の会話に、リーマスは思わず立ち止まった。

「どうしたんだ?」

 訝しげに振り向き、シリウスが問うた。その声に、ジェームズとピーターも立ち止まってリーマスを見る。

「さっきすれ違ったスリザリン生が、ルシウス・マルフォイについて話していたから」

 ジメジメと空気の湿った地下は、音がよく響く。リーマスは彼らにだけ伝わるよう、声を抑えて言った。ジェームズは、肩透かしを食らったとでもいうように、明らかにがっかりして頭の後ろで腕を組んだ。

「名前の話をしていたなら聞く価値もあるんだろうけど、そっちは聞いてもなぁ」
「……そのルシウス・マルフォイ繋がりで、名前の話をしないだろうか、なんて期待したんだけれど。はは、ちょっと虫の良すぎる考えかなあ」

 冗談めかして言ったリーマスが肩を竦める。そう、リーマスは冗談のつもりだった。

「それだ!」

 リーマスの発言が、さも名案かのようにジェームズが指をならす。ピーターも大きく頷き、シリウスなどはリーマスが先ほどすれ違ったスリザリン生を目で追い始めてすらいる。リーマスは頭を抱えたくなった。

 四人の尾行が始まった。はじめは人の波を縫うように移動していた四人だったが、そのうち廊下に人も減り、対して緑色のネクタイをつけた生徒の割合は増える。四人はネクタイをかばうような姿勢をとりながら、こそこそと物かげを隠れ行くことになった。先程のスリザリン生は、寮室に向かっていたのだと、リーマスは遅まきながらに理解した。
 これ以上近付くと、スリザリンの寮室内まで着いていきかねないというところで、リーマスは三人を引き留める。ジェームズとシリウスは不満そうに口を尖らせたが、ピーターは少しホッとしたような表情をみせた。

「マントを持ってきておくんだった」
「マント?」
「そう。まだ秘密だけど。僕達がもう少し、お互いのことを知り合えてから教えるよ」

 ジェームズがそんなことを、小声で三人に囁いたときだった。尾行していたスリザリン生が立ち止まり、ふとこんなことを言った。

「しかしマルフォイ先輩も、他の先輩方も、何故あのハッフルパフ生と交友を持たれていらっしゃるのか」
「ああ、6年の名前・苗字か」

 リーマスは耳を疑った。まさか本当に苗字・名前の話題が上がるとは。四人は顔を見交わした後、息を潜めて彼らの会話の続きを待った。

「そう。付き合うにしても、純潔とも知れない、いいのは見目だけの野蛮な変人じゃないか。マルフォイ先輩には釣り合わない」

 憎々しげに、そのスリザリン生は言い捨てる。リーマスは、名前のあのきらきらした見た目と「野蛮な変人」という言葉が噛み合わず、眉をひそめる。釣り合わないのはそっちじゃないのかなんて思い始めて、自分もどうやらジェームズ達に毒されているなと思った。

「ははぁ、お前は知らないのか。変人だから先輩方が構うのさ」
「……どういうことだ?」

 そのスリザリン生は、詰問でもしているかのように、ギロリと相手を睨みつける。その視線を平然と受け流しながら、相手のスリザリン生はニヤリと口端を歪めて告げた。

「あれはああいう遊びなんだ、獣が懐くかどうかのな。先輩方の間じゃ、知られた話らしい。名前・苗字は、マルフォイ先輩に飼われている。奴隷やハウスエルフのようなもので、最初から対等などではないんだ」

「名前が飼われてる!?」

 シリウスが悲鳴まざりに声を上げた。「声が大きいよ!」と、ジェームズがシリウスを野次るが、その声だって充分大きいとリーマスは思った。

「誰かいるのか?」

 案の定気付かれて、コツコツと足音が四人のいる方に向かってくる。

「まずい」
「走れ!」

 ジメジメした薄暗い廊下を、四人は駆け出した。シリウスが随分と先行してしまったけれど、途中、ピーターが転んだのに気付いて逆走してきた。ジェームズも戻ってきて、最後はリーマスも一緒になって三人で、ピーターを時に引きずり時に押しながら、廊下を走って、階段を駆け上がる。

 談話室の側まで辿り着いたところで、四人は息も絶え絶え床に転がった。背中が汗でぐっちょり濡れている。リーマスは、まるで長い大冒険でもした後のような心地だった。

「名前が飼われてる、だなんて!」

 まだ元気があるのかと、リーマスが驚いてしまうくらいに勢いよく立ち上がったジェームズが、そんなことを言った。

「事情までは分からないけど、いい状態じゃないってことだけは確かだろうね」
「こうしてはいられるか!」
「うん! 名前に会わないと!」

 言うや否や、意気投合して力強い握手を交わしたジェームズとシリウスは、その勢いのまま走っていってしまった。小さくなる二人の背中に呆気にとられながら、リーマスはピーターと顔を見合わせる。
 ――二人はそもそも、名前の居場所を知っているんだろうか?

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