01
■顔合わせ
 今日は親父の知り合い、マルフォイさんちの息子に会いに行くらしい。俺と同い年らしいが、あわよくば下僕一号に据えてやろう。
 そんなことを考えていたのがばれたのか、やたらめったら父親にふれんどふれんど言い含められた。はいはい、仲良くね、仲良く。お友達になってやりますよ。

 マルフォイさんちの息子さんとやらは、ドラコという名前らしい。ラテン語でドラゴンの意味だとか。格好つけた名だ。
 澄ました顔の父親にくっついて出てきたそいつは、ドラゴンなんて意味のかっちょいい名に似合わないナヨナヨのチビで、女みたいな顔をしていた。ドラげない。
 知らない人間が怖いのか、不安そうな顔をしたまま父親のローブを離そうとしないそいつに、俺は話しかける。

「おい」

 ドラコはびくりと肩を跳ねさせて父親の後ろに隠れてしまった。
 親父が、俺の頭に置いた手に力を込める。そのまま砕かれるんじゃないかと思った。ああもう、分かってるさ。はいはい、ふれんどふれんど。

 俺は大阪のおばちゃん仕込みの憎めない愛想笑いを浮かべて、握手の為に手を差し出す。父親の後ろに隠れてからは、暫く様子を見ていたドラコだったが、それが決め手になったのか、おずおずと一歩二歩こちらに近付いて、握手に応じた。一人の人間にとっては小さな一歩ですが、俺たちの友情にとっては大きな一歩です!

 ドラコの手は、力をいれれば折れてしまうんじゃないかというくらい、ちっこくてふにゃふにゃだった。これ、本当に俺と同い年?


■ドラコといっしょ
 大人達にとぅぎゃざーとぅぎゃざー言われて、彼らが難しい話をしている間、子供二人だけで遊ぶことになった。
 「何して遊ぶの? 絵本読む? それともチェス?」とか言われておったまげた。何なの? この歳から引きこもりなの? だからナヨナヨしてんじゃねえの? 遊ぶなら外だろ外! せっかくお前んち庭も広いんだから!
 俺はドラコを庭まで連れ出して、地面の柔らかい場所を探した。

「何をするの?」
「土遊び! トンネル作んぞ」

 首を傾げたドラコは気にせず、俺は地面に座り込み、こっそり拝借していたティーカップをスコップ代わりにして地面を掘った。ある程度土を集めたところで、山型に形を整えて、あとで掘るときに崩れないように押し固めていく。

「ほら、ドラコも」
「えっ」

 迷っていたドラコだったが、やがて、おそるおそる地に尻をつけた。

「ひんやりしてる」
「ここ、あの木で日陰になってるからな」
「ふうん」

 地面に対して、そんな感想を漏らしたドラコは、それから、俺の真似をするように土山をぎゅっぎゅと押しはじめた。最初は戸惑い気味に、そのうち夢中になって熱心に。あちらこちらを力一杯押すものだから、固めているというより土山に両手で張り手しているみたいになっている。

「力、入れすぎ。崩したらだめだろ」
「ご、ごめん。こんなことするの、初めてで、よくわからなくて」
「初めて?」
「ああ。こんな遊び、したことない!」

 ドラコの声には、興奮の色が滲んでいた。初めての土遊びはお気に召したらしい。白いカッターシャツをあっという間に茶色に染めて、土山と抱き合っている。真骨頂はこれからだというのに、すでにご満悦の様子だ。満足するにはまだ早いぞ。

「ドラコ、固めるのはおわり。そこから、こっちに掘る。俺はこっちからそっちに掘る。気をつけて、崩さないように」
「えっ、これを? もしかして、手で?」
「手なんて今更だろ」

 ドラコは一度自分の土だらけの手を見つめてから、土山を慎重に削り彫りはじめた。
 ……なんだか、育ちのいい無垢なお坊ちゃんを、いけない道に誘うようで悪い。いや、土遊びは別に悪くないんだけど。

 肘まで埋まるくらいに掘り進めた頃、指先で触れている土がもぞりと動いたのが分かった。すぐそこに互いの手があるのだろう。その感覚がなれないのか、ドラコは擽ったそうに声を漏らして笑った。
 そうして、互いの指が触れ合った。

「開通!」
「わああ!」

 ドラコが声を上げて喜ぶ。俺はニコニコしながら、トンネルの中のドラコの指先を擽ってやった。途端悲鳴みたいな笑い声をドラコが出して、トンネルから手を引っ込めた。

「もうっ!」

 むっすりと口を結んで、ドラコが睨みつけてくる。俺は笑って謝りながら、トンネルに肩まで腕を突っ込んだ。向こうの穴からは俺の指先が出てくる。その光景の何が面白かったのか、ドラコはぷっと吹き出した。訳もわかんないのになんか面白い時ってあるよな、俺も今そんな感じだわ。

「仲直りの握手は、いかが?」

 指先をチロチロ動かして問えば、ドラコはクスクス笑いながら、その俺の指先に自分の指先を引っ掛けた。指先だけの握手だ。

 腕を抜けば、ドラコがトンネルを覗き込む。俺もトンネルを覗く。トンネルの向こうのドラコと目があった。ドラコが、耐え切れないとでもいうように、顔を勢いよく上げて笑いだす。

「ああ! 楽しい!」

 先ほどトンネルを覗き込んだ時に、顔についたらしい土を気にも留めないで、ドラコは「ぷれじゃーぶる!」と繰り返した。


 戻ってきた俺とドラコが土まみれなのを見て、親父が目を吊り上げる。ドラコは土遊びが楽しかったということを、父親に興奮気味に語っていた。正直、土遊びにドラコを巻き込んだことを叱られるかと思っていたが、ドラコの父親は楽しそうなドラコを見て、むしろにこにこ機嫌よくしていた。ドラコを心底可愛がっているのが見てとれる。この姿勢、親父に見習ってほしい。
 その後皆でティータイムとなったが、俺がこっそり元の場所に戻していた、池の水で洗ったティーカップが親父に当たっていた。ざまあみろ。


■怪我
 俺がまたしてもドラコを外に連れ出し遊んでいる時に、ドラコがすっ転んだ。
 膝を擦りむいただけで大袈裟なと思うのだが、親父はドラコとドラコの父親に、めっちゃくちゃへこへこ謝っていた。俺の頭まで無理やり押さえ込んで下げさせようとするので、俺はぶすくれ抵抗していたのだが、大の大人の力に敵うはずもなく頭を垂れる羽目になった。それでも、謝ることなくだんまりを決め込んでいたら、その日の食事を抜かれた。

 後日親父に、ドラコの部屋まで見舞いに連れてこられた。ドラコはアンティークみたいな馬鹿でかいふかふかのベッドに寝ていた。
 お前、膝擦りむいたのに何で重病患者の扱い受けてんだよ。傷なんてもう塞がってるだろ。
 そこまで考えて、こいつはそんな怪我すらしたことがなかったのだと気付いた。彼は超がつくほどの箱入りなのだ。ドラコの両親は、一人息子がそれだけ可愛いんだろう。どこかの家とは大違いだ。

 ドラコは俺が近付くと、初めて会った頃のように怯えて布団に潜ってしまった。布団の中からは「ごめんね」と、くぐもった言葉が聞こえる。

「僕、だめだった。ビンセントみたいにうまくできなくって、転んじゃって」

 あほちゃうん、と喉元まで出かかった。何で怪我して謝ってんねやこいつ。

「転んだって笑ったら勝ちだぞ、遊びなんだから」

 俺がそう言うと、ドラコは布団から顔を半分のぞかせて、不安そうに言った。

「また遊んでくれる?」
「おう」

 俺の答えに、ドラコはまた布団の中に引っ込む。膨らんだ布団の中から、えへへと笑い声が聞こえた。
 なんや可愛いやないですかドラコさん。


■チェス
 ドラコが復活、とはいえ先日の一件で庭には暫く出入り禁止が言い渡されたので、俺たちはおとなしく室内遊戯にいそしむことになった。

「そのポーンはそっちに動かしちゃだめ!」
「なんでとったナイトをまた盤面に乗せるの、しかもそれ、僕サイドの色だし!」
「同じ色で挟めばその駒の色が反転するって、そんなルールはないよ!」
「もう!メチャクチャじゃないか!」

 以上が、初チェス対戦したときのドラコの言葉である。ぶっちゃけ、チェスのルールを知らんかったんや。

「ビンセントにも、知らないことがあるんだ」

 ドラコはそんなことを言って驚く。まるで大阪人は全員面白い人間だと思っている奴のようなことを言いやがって。お前は俺をなんだと思ってるんだ。


■変化
 俺たちの遊び相手にグレゴリー・ゴイルが増えた。俺と同じくらいガタイのいいやつで、挟まれるドラコは余計にチビに見える。俺たちは三人で行動することが多くなった。

 グレゴリーは、明らかに親から入れ知恵されているようなおべっかで、度々ドラコの家柄を褒めた。おい、こいつめちゃくちゃ素直なんだから、そんなこと言ったら真に受けちまうだろうが。
 それに便乗するように、周りの大人達まで、ドラコをヨイショすることが増える。だからやめろよ! やめろって!
 そんな俺の想い虚しく、ドラコは褒めに褒められ、そのうち自分は特別なんだと思い始め、自尊心ばかりを高めていった。
 あーあ。ドラコが可愛くなくなっていく。あの気が弱くて、純粋の塊みたいだったドラコはどこに。

 そうしてドラコが、自分の家柄を鼻にかけるようになってからというもの、他人をを見下すような、馬鹿にするような言動が増えた。
 調子乗ってんのかお前。あのドラコがと思うと俺は苛々するのが止められなかった。
 自分ち大好きなのはいいけども、他をおとしだすと小物臭がするんだよな。他を下げて相対的にしか上になれないんだもの。そういうのは、気に入らない。
 それを伝える語彙が俺にはなくて、「小物」とだけ言葉を吐けば、ドラコは怒ってしまったけれど。

 その勢いのまま、ドラコが父親へと告げ口してしまったものだから、さあ困った。そのことはすぐにドラコの父親から親父に伝わって、俺はどやされる羽目になった。それどころか今回の件では、親父までがドラコの父親に嫌味を言われたようで。親父の機嫌は、それはもう、すこぶる悪かった。子供の喧嘩に親が出てくるとか、ドラコの父親もわかってねーな、なんて俺は思っていた。
 お前のせいだと、尚も親父は大声で怒鳴る。いーじゃん別に、俺間違ってると思わねーもん。
 そうしてツンケンした態度をとっていたら、親父に胸ぐらを捕まれた。そのまま殴りかかろうと振りかぶられた拳に、それでも、俺は親父を睨むのをやめなかった。暫くその姿勢のまま互いに睨みあった後、親父は苦い顔して頭上まであげた拳をおろした。

「お前は、なんてできの悪い息子だろう」

 そう言って、俺から手を離した親父は、疲れ切った声で「理解してくれ」と呟いた。こんな親父は、初めて見た。

 親父は、懇々と俺に説き始めた。 ――マルフォイ家に逆らうな、マルフォイ家にはつき従わなきゃならない。そうすることで、自分たちは暮らしていけている。

「人付き合いも、仕事の収入も、クラッブ家という家の評価にさえも、マルフォイ家が絡まぬことなどない。マルフォイ家がうちに与えている“恩恵”は大きく、私達はそれを享受して、いや、それに依存している」
「でぃぺんでんと」
「そう、依存だ。それが嫌なら、今の生活を捨てるしかない」

 捨てられないから、それしか方法がないのだと親父は言った。

「お前も、もう分別のつかぬ子供ではない。歳は言い訳にならない。いくらお前が馬鹿でも、許されない」

 親父が我が家を大事にしていることはよく知っている。家の長い歴史は、鼻にかけたら鼻が折れるくらいに重い。そんな重い歴史を背負っていることも知っている。
 そう、知っていた。歴代当主の名から親戚連中の家系図、それに家であった大きな出来事すべて、馬鹿みたいに繰り返し書かされて、夢に出てきてうなされるくらいに覚えさせられたんだ。知らないわけがない。親父は、それを捨てられないんだ。
 こんなものにこだわって、馬鹿なんじゃないかと思う人間だっているだろうけれど、価値なんてないと思う奴もいるだろうけど。実際、こんな家に価値なんて、俺には見出せないけれど。一人が生まれてから死ぬまでよりも、はるかに長い時間を、そのときそれぞれの人間が受け継いできたものを、そして今、親父が必死に守ろうとしているものを、否定なんてできるだろうか。
 俺には、できなかった。

 ああ。思い出すのはドラコとの初対面時。親父の、「仲良くしろ」というのは、友達になれという意味ではなかったのだ。
 最初から彼は「マルフォイさんちの息子」で、俺は「クラッブさんちの息子」だった。ただ、それだけ。そう、それだけの話だ。

■残滓
 家同士の関係を理解したことで、俺が知ったこと。
 ――親父は悪の魔法使いに与した人殺しで、犯罪者だった。

 それなのに親父は罪にも問われず、のうのうと生きている。
 ああそれも、マルフォイ家の“恩恵”があってのことなんだろう。

 ドラコは、急に俺がおとなしく付き従うようになって、はじめは少し驚いていたけれど、すぐに慣れたらしい。その理由を尋ねてくることさえなかった。
 それどころか、「ようやく立場が理解できたか」なんて言われて、俺は思わず笑ってしまった。だって、その通りだったから。
 尤もそれは、「自分こそが上で、マルフォイ家は素晴らしい」といった意味であって、決して、「家の存続を望むなら逆らうな」なんて、そんな常に喉元に杖を突きつけるような物騒な脅しの意味じゃない。
 他人の言動を真にうけて、裏も探らぬドラコの単純なところは、良くも悪くも変わっていない。そのことに、可愛いドラコの残滓をみては、少しホッとした自分がいて、そんな自分が馬鹿みたいだった。

 そうして、いつの間にか。俺たちが名前でなく、家名で呼び合うのが自然になった頃。
 ホグワーツ魔法魔術学校への、入学案内状が届いた。

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