第三部、完!
[転生トリ/原作知識あり/女]


 ――花京院典明。
 転校初日に登校したっきり、学校に姿を見せなくなった少年である。

 彼の訃報が知らされると同時に、ガツンと後頭部を殴られるような衝撃があって、その衝撃と共に雪崩れ込んできたのが、私の『前世』の記憶だった。

 思わず勢いよく見てしまったのは、これまた花京院典明が姿を見せなくなった日から学校を休んでいた空条承太郎の空席で、カレンダーの日付を頭に思い浮かべれば、なるほど、あの50日間がつい先日終了したものと分かる。第三部、完! ってやつだ。ズィー・ズィーさんが言うやつでなく、しっかりばっちり空条承太郎が主人公としてDIOを倒す方の。

「――え?」


 待って、私三部じゃ花京院が一番好きなの待って。えっ、もう、死んでるの……?
 混乱に混乱が重なって、頭の中は真っ白で。花京院の死が大きすぎて、急過ぎて。ぽっかりすっかり喪失感が、私の身体のど真ん中に穴を開ける。

 前世じゃ、私にとっての彼はあくまで創作物内のいちキャラクターでしかなかった。彼の死は、私の中で「あーんスト様が死んだ!」とも同列だったし、惜しみはしても、それはそれとしてすんなり受け入れられた。
 でも、「ここ」は「私」にとって、紛れもない現実だ。

 そう認識した途端、花京院典明という人間は、私の中で「実在する人物」となった。
 息をして、鼓動を鳴らす、確かに生きている人間。その人が、死んだ。亡くなった。殺された――。

 私はただ、途方に暮れることしかできなかった。




 彼の訃報を聞いた翌日のこと。
 私は、クラス委員として、遺品整理のお手伝いをしに、花京院家にお邪魔していた。

 今世の私は、大人からの信頼も得ている真面目な委員長で通っているのだ。眼鏡もしてるしね! イッツ真面目あいてむ!
 まあ、お堅さはないので、同級生との確執はないし、誰かが迷惑被る類のことでなければ、割と融通利かせたり違反にも目を瞑っちゃう方なので、決していい子ちゃんではないのだけれど。悪い子ちゃんというか、上手に生きてるずるい子ちゃんだと思う。


 花京院の部屋は、予想通りというか想像通りというか、なんというか。整理整頓がきっちり行き届き、本の角まで揃えてあるような部屋だった。几帳面ー。ここまでいくと、神経質か。

「すーぱーふぁみこんだ!」

 うわ、本当にF-MEGAある。
 うっかりちょっぴり興奮しながら手にとってみたりして。コントローラーが使い込まれているのに気付いて、頭を抱えたい気持ちになった。だって、辛すぎて。

 もっと早く思い出していれば、何か違ったんだろうか、なんて思っては、締め付けられる胸に息が詰まった。


 花京院ママは、その髪色が花京院のアニメカラーリングとそっくりで、ついでに花京院の特徴的な前髪は彼女の癖っ毛からきているのだろうか、なんて考えた。あの特徴的な前髪、花京院家皆に生えてるってわけじゃないんだね。

 ただ一度、彼が学校に訪れた転校初日に、ほんの少しの時間、あの石階段の側で姿を見たはずなのだけれど、記憶は流れた時間に磨耗し薄れてしまって、私の中には前世の漫画の中の『花京院典明』の姿ばかりが思い浮かんだ。

 写真としてアルバムの中に残された彼の姿は、私の記憶の中の花京院典明と比べて、随分と寂しそうに見えた。……なんとも失礼な話だが。
 だって、私の知ってる漫画の彼って、こんな風に笑わないし。ノォホホやレロレロしている彼とは大違いの、品行方正そうな、端整な微笑み。お上品である。


 ケーキを買ってきたの、と花京院ママは言った。えっ、およばれしていいんですか。美味しいダージリンの紅茶までつけられてしまって、嬉しさより申し訳なさが勝ってくる。
 うわー、絶対この紅茶いいやつだ。ケーキも、さっき見えた箱、駅前の人気なお高いケーキ屋さんのやつだったよ……。

 さくらんぼの乗っかったタルトがあったので、そちらは花京院の位牌にお供えしておく。ついでに自分のケーキの上に乗っかっていたさくらんぼも供えておいた。たんとレロレロお食べ。
 位牌の前で手を合わせて、そんなことを考えて戻ってくると、花京院ママは少しだけ驚いたような顔をしていた。

「あの子の好物、委員長さんはご存知だったのね。
 ……あの子、自分のことをあまり話そうとしないでしょう? だから、好きな食べ物を知っているお友達が、もう出来ていたことが嬉しくて。……ふふ、駄目ね」

 そう言って苦笑する、彼女の瞳は潤んでいた。ほろり、と一筋の涙が零れ落ちる。私はハンカチを差し出して、彼女と花京院の話をした。といっても、私に語れるような彼との思い出なんてないから、私は専ら花京院ママの話す花京院との思い出話を聞いて、花京院典明という人への推測を並べることしかできなかったのだけれど。

「なんだか、親の私より、息子のことを分かっているみたい」

 花京院ママは、そう言って、少し寂しそうに微笑んだ。

 ――いえ、私は、彼の理解者にはなれませんでした。
 その言葉は、口にできなくて。何も言わずに目を伏せる。彼を理解するには、彼の友になるには、遅すぎた。
 ずしりと、重いものが心に乗りかかるような感覚がした。


 花京院ママとの会話も途切れて、静かになった空間に、ぴんぽーんと響くのはチャイムの音。
 花京院ママが席を外し、私は冷め切った紅茶に口を付けた。どうしよう、味が華やか。鼻を抜けていく香りからして高貴。私、紅茶ってよく知らないんだけど、これはしっかりばっちりいいやつって分かる。凄く美味しい。冷めてるのに。
 ケーキも突っつかせて貰って――うわ、この生クリーム、味覚的な甘さじゃなくて、匂い的な甘さとでもいおうか、乳製品特有のその匂いが堪らない! ああ〜…美味しい…このフワフワのスポンジケーキとも相性抜群。ぺろっと食べてしまった。ショートケーキの美味しさに目覚めてしまいそう。

 と、そこでぴんぽーんとまた、チャイムの音が聞こえてくる。はて、花京院ママが玄関に向かったのではなかったか。それとも来客が連続したか。ここでもうひとつ、チャイムの音がした。
 ……これは多分、最初のチャイムの主と同じ人が鳴らしていると考えた方がいいだろう。お客様の対応をするにしても、花京院ママのことだ、お茶の用意に一度はこっちに戻ってくる気がする。と、いうことは、花京院ママは玄関に向かったものの、お客を出迎えていないわけで。

 ほんのり香るトラブルの予感に、不安になった私は様子を見に行くことにした。

 花京院ママは玄関口でおろおろしていて、私の姿を見ると安心したように表情を緩めた。それから、「学生さんだとは思うのだけれど……」と、困ったように扉に視線を向ける。私は小首を傾げて、扉の覗き窓を見た。

 玄関には、あまりに学生らしくない貫禄ある顔のお人が立っていた。ひ、ひ、ひ、ヒトデだー!! 学帽だーー! 第三部主人公だー!!
 確かに花京院ママが言い淀む気持ちも分かる。学生さん(195cm)だもの。ガクセーはガクセーらしく、ですよ。って言うけどね、彼から学帽と学ラン剥いだら学生らしさ消えちゃうから! 学ラン姿でよかったね!?
 っていうか、君、今日学校休んでたのに。花京院家には来るのね。

 成る程、花京院ママさんが出迎えられないはずである。いくら学生さんがやってきたっていっても、それがいかにも不良な強面の男じゃ、あの人付き合いに消極的な息子・花京院の友達って発想が、ぱっとは浮かびやしないだろう。


 さて、その空条承太郎はというと、何度かチャイムを鳴らすも人が出てこないというので、花京院家に背を向けたところだった。待って!? 君絶対バトル漫画特有の気配察知スキルとか持ってるだろう!? 居留守って気付いてるんじゃないのか!?
 慌てて扉を開いた私は、その背に「空条くん!」と呼び掛けた。キャラ名として呼ぶなら「承太郎」なんだけれどね。いやむしろ、前世の私が何故平気で彼を承太郎と呼べていたのか分からないね。今世の私としては、「空条くん」という呼び名の方が馴染みがある。花京院? ああ、彼の場合、呼び名が確立する前に本人がいなくなっちゃったよ。あはははは。笑えないぞこれ。

 兎も角も、彼を引きとめなければならないとの使命感に駆られ、彼に呼び掛けた私は、続けて花京院ママに述べた。

「彼っ、花京院くんのお友達です! 一番の!」

 自分でも大きな声を出してしまったと思った。必死だったのだ。この機会を逃せば、この空条承太郎という人は、二度と花京院家に来ない気がして。




■消化しきれなかったネタ

・やはり友人か
「おい。何故俺が、花京院と友人だと思った?」
「……さてね。そこんところだけど、私にもよく分からないの」


・花京院家に上がった承太郎
帽子は脱がないのか……。


・ウール100%
その光沢のなさに、学校指定の学ランとは別のものだと気付いた。いや、長ランの時点で既に学校指定の学ランとは違うんだけれどね。
そういえば旅の途中でウールになったんだっけ? わあ、もこもこしてる。……想像してた以上に手触りがいいぞ!?


・夕飯
折角だから食べていって、と花京院ママ。これは断れない空気。せめてお手伝いさせてもらうことにした。

「何が食べたいかしらね」
「そうですねえ。……和食、和食にしましょう。日本食!
花京院君も、食べたかったと思うんですよ」

確か、旅の途中で恋しがっていたような描写があった気がするのだけれど。それともあれか、公式でなくよくある二次創作ネタか。うーん、分からん。
そんなことを考えながら席を立った私を傍目に、空条くんは帽子を目深に被り直した。


・告別式にて
「もしかして、委員長。一目惚れだったのォ?」
「……そんなのじゃないよ」

一目惚れより愛情深い、けれどもそこに親しさはない。とても遠いところにいる彼の、側に思いを馳せている。私は彼に奇妙な情を感じているけれど、それは決して恋ではない。


・実際は、言葉さえ交わしたことはないのだけれど
「委員長は」

びくり、と彼女の肩が跳ねると共に、左右のお下げも揺れる。眼鏡の向こうの瞳は少し驚いたように見開かれていた。……余程承太郎から話し掛けられたのが意外だったらしい。眉を寄せつつ、承太郎は言葉を続ける。

「彼奴と友人だったのか」

その言葉に、ぱちぱちと瞬きを繰り返した彼女は、途端に寂しそうな顔をして微笑んだ。

「私が一方的に知っているだけだよ。精々、知人ってところかな」

確かに、花京院から彼女の名を聞いたことはなかった。しかし、この短時間、彼女の話した『花京院』は、随分と彼のことを掴んでいたように感じられた。
……もしかすると、彼女が花京院の理解者と成り得た未来もあったのかもしれない。その未来が永遠に失われたことに、承太郎は瞑目した。





・後置き
花京院生存目指す話はよく見かけるけど、花京院死後に「なんで花京院死んでしまったん?」ってなる話はあまり見かけないなと思って。明るい話ではないけれど、妄想大変楽しかったのでネタをそぉいしました。手遅れ系三部楽しいよ!
さらっと流してしまったけれど、花京院は承太郎と同じクラスに転入した設定です。亡骸が何処で見つかったとか云々の話は辻褄合わせられそうな設定が思いつかないので、取り敢えず、彼の死に承太郎が関わっていることは世間&遺族に知られておらず、花京院の死は、事件性が疑われつつもよく分かっていない。彼の遺体は家族のもとに帰った。という前提をご了承願えたらなあ〜と思うのでした。(書くのが遅い)

承太郎と特に何を話すでもなく、ただ喪った人へのどうしようもなさ、みたいな気持ちを静かに共有するとかで、そこからぽつぽつ花京院の思い出を承太郎の口から語ってもらうがいいわ!!
承太郎とは卒業後も、お墓参りで割とかち合うとかだと私が楽しい。きゃっきゃ。


追記:
肉の芽院戦、花京院転入翌日だから、初日以外にも学校自体に姿は見せていたか…書き直すにもいい文章思いつかないので許してください!




・主人公ちゃんについて
主人公は(承太郎にとって)うるさくない女子枠。眼鏡におさげ髪。モブ顔というよりは委員長顔。
第三者から見ても「静かな人」という評価。中身はそこまで静かでもないのに。
側にいると落ち着く。不思議。癒し、とも違う。鎮静、のような性質を持った人。しっとり。

知らないはずの内容は口に出さないように気をつけている、黙するタイプ。ただ、明らかに、ぽっと出の転校生に対する理解を超えているというか、
原作を知るがゆえに"花京院典明"という人物の理解者になっているというか?
その辺を花京院母も察して、母親よりあの子のこと分かってるみたいって印象抱いたり、承太郎も主人公が花京院の理解者になる未来もあったんじゃないかと考えたりしているわけですが。

主人公自身は、原作知識への自己解釈でしかないから、生身の花京院の理解者になれる自信はなく、むしろなれるわけない、とか考えちゃってたりするんでしょう。





・if四部
なんとはなく、杜王町に来てしまった。多分、三部で何もできないまま手遅れだったせい。いたからって何ができるわけでもないけれど、つい。


久し振りに会った、全身真っ白な彼に少し笑ってしまう。本当に全身真っ白だよ。学生時代を横に並べたら2Pカラーで格闘ゲーム始まりそう。

「元気にしていた?」

28歳、男盛りってやつだ。いっけめーん。確か、もうとっくに所帯持ちなのだっけ。囚人ちゃんも産まれてるよね。
花京院のお墓で遭遇することは度々あれど、それ以外での交流がなかなかないもので、彼の近況を私は一切知らないのだ。

「委員長は、変わらないな」
「あれ、そう? この見た目だから、高校の頃の友達には、よく変わったねって言われるんだけど」

トレードマークの眼鏡はノーフレームに。お下げも解いて今は流すようなストレートヘアだ。

「でも、そうね、きっとその通り。多分私は、少女のまま、大人になれないでいるんだわ」


・承太郎
彼女と久しぶりに出会って。懐かしさと共に、心の奥を細い針の先で刺すような痛みを味わう。
思わず口を突いた『委員長』という呼び名に、彼女はクスクス笑った。

「承太郎さん」の口から出てきた『委員長』の単語に、仗助は小さな衝撃を受けるに違いない。


・高校生組が癒しすぎて
仗助を前に彼女は目を細め、蕩けるように笑った。

「なんだか、優しくなれる気がする。素敵だね」


露伴先生からスタンド知ってることバレして、なんやかんや困ったことになりそうな予感。「体重が減った〜ダイエット!」呑気か。
一巡って、ヘブンズで承太郎の記憶に書き込みなりページ破き天国日記関連消去すれば防止できるんだろうか?
何でもいいけど味噌汁が飲みたい。


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