なんでや服部!俺関係ないやろ!
[オリ主(男)/エセ関西弁/名前変換無し/勘違い]

 終業時間を報せるチャイムの音。先生の言葉が途切れたのを皮切りに、教科書やノートを閉じる音がする。駆け足気味にまとめにはいった先生の話を聞き流しながら、俺も古典の教科書を閉じた。
 金曜日の六限目。土日の全休が待っている。俺が鼻歌を歌いながら帰宅準備をしていると、斜め後ろの席の山本が俺の肩を叩いた。

「久遠、すまんがこれ、服部に返しといてくれんか? 俺この後病院行くから、部活に顔出せんのや」

 渡されたのはスポーツ雑誌。剣道の特集をしている号らしい。そういえば、山本は剣道部だったか。ちなみに俺は帰宅部である。

「何で俺に頼むねん、自分で行きんか」
「まー、そう言わず。久遠、服部と週末会う予定なんやろ?」
「……何の話や」

 俺の土日は、この前買った新作ゲームを遊んで過ごすのだ。そんな予定は知らない。

「隠さんでもええって! いや、でも知らんかったわ。服部と仲良かったんやな」
「忍者と仲良くなった覚えはないんやけど」
「何言うとんねん。服部平次、高校生探偵の方や。ネタはあがっとる。あいつ、ここんところずっと、クドウクドウ言っとったからな! この学校でクドウ言うたらお前しかおらんやろ」

 ――ワケが分からん。
 服部平次、というのは、なにわの高校生探偵として名を馳せる人物であるが、そもそも、俺との接点がほとんどないと言っていい。一応、同い年で同じ学校に通ってはいるのだが、クラスメイトではないし、会話をした記憶もない。
 だというのに、周囲の奴らは俺を服部平次の知り合いだと思い込んでいる。そいつらから聞いた話では、服部平次自身、俺の苗字をよく口にしているらしい。
 数週間前から、俺はこのわけのわからない現象に見舞われていた。

 俺の知らない第二第三の人格が服部平次と仲良くしている可能性が微レ存――? などとボケをかましてみるが、正直心当たりがないのに状況証拠がありすぎて、その可能性まで疑いつつある。
 自分の記憶にない件を、周囲は当たり前のことのように扱っている。まさしくそれは、恐怖であった。




 結局押し付けられてしまった雑誌に、途方にくれつつ帰路を歩む。これ、どうやって返そうか。

「あ、あの、久遠くん!」

 名前を呼ばれて、俯いていた顔を上げる。駆け寄ってきたのは、クラスメイトの女子だった。

「白城さんやん、どないしたん」

 控えめな性格の彼女は、地味めながら整った顔立ちの気配り上手で、男子の間じゃあ密かに人気がある。彼女はその場でもじもじとして、頬を染めながら手紙を俺に差し出した。

 ――これ、もしかしてラブレターなんちゃう?
 急上昇したテンションに、心臓がどくどくと早鐘を打つ。まじか。まじかぁー! 女子から手紙をもらうなんて、保育園の卒園のときにほし組の子からもらった以来だぞ? それも保育士さんに言われるがままに書くやつ。女子からの手紙としてカウントしていいのかすら怪しい。
 それとは明らかにモノが違う、正真正銘の女子からの手紙。思わず息をのんで、彼女の言葉を待った。――これから告げられる言葉の、その残酷さも知らずに。

「久遠くん、服部くんと仲良いんやんな? これ、服部くんに渡して欲しいねん。あ、中は見たらあかんよ!」

 急速に頭が冷え、興奮は一瞬にして鎮まった。
 ――手紙。女子からの手紙だ。俺宛じゃないけど。服部平次宛だけど。
 チクショウ!! おのれ!! チクショウめ!!!!

「自分で渡せへんの?」
「無理無理! 恥ずかしいもん! それに、和葉ちゃんの前やと渡しづらいし。……あの二人がお似合いなんは分かっとるんよ。でも、言わんままには出来へんくって」

 「やから、ね? お願いっ!」と照れながら両手を合わせて頼んでくる彼女に、和葉ちゃんて誰?? なんてことは今更訊けない。というか、この頼みを断るとか難易度高すぎるんじゃなかろうか?
 恋する乙女な白城さんの可愛らしさに負けた俺は、彼女からの頼みを請け負った。




 仲が良いどころか、会話をしたことがあるかどうかすら怪しい相手に、女子から預かったラブレターを渡さなくてはならない使命を負ってしまった。確実に厄介ごとである。
 絶望度は割増で、雑誌と共にどうしたもんかと持て余す。いや本当これどうしよ。
 悶々としながら、下駄箱で靴を履き替える。そのまま帰ろうとした俺の前に立ち塞がったのは、どうやらここで待ち伏せしていたらしい、ポニーテールの女子だった。

「間違いない、ばっちり見してもろたで! あんたが『久遠』て書かれた下駄箱から靴を取り出すとこをな!」

 まるで何かの証拠でも見つけたかのような言いぶりに、俺は目を白黒させた。ポニーテールのその女子は、ずかずかと俺に詰め寄ってくる。

「クドウいうんはあんたやな? よくも平次を誑かしてくれたな!」

 嘘だろ服部。
 まだ見ぬ服部平次を、俺がいつ誑かしたというのか。絶対誤解だ、彼女は何か勘違いしている。していてくれ。会ったこともない服部平次に、俺の至り知らぬところで一方的に執着されている可能性はちょっと、いや、かなり怖すぎる。

「そのキレーな顔で言い寄ったんか? 平次は変なところで騙されやすいからなあ。少し考えれば、こんな可愛い子が好いてくれるなんて都合いい話、ありゃせえへんて分かるやろに。……なんや、ほんまに可愛いな」

 まじまじ見られると照れる。そして可愛いと言われるのはヘコむ。女顔なのは自覚があるし、気にしているところなのだ。それを異性に指摘されるのは割とつらい。

 なにより、可愛いのは俺でなく彼女の方ではなかろうか。服部平次にほの字な様子である。恋する乙女は可愛い、はっきりわかんだね。……白城さんに次いで彼女もか。おのれ服部平次。こいつ、モテるぞ?

 ところで彼女の発言に、少々恐ろしい想像を働かせてしまったのだが。なんだか、俺が服部平次に美人局的なことをした疑惑がかかってないか? その可能性はどうか、シュレッダーにかけて廃棄処分してほしい。

「こんな可愛いのに、なんや、けったいな男装して――」
「いや、俺は男や」
「んなアホな!」

 やっぱりというべきか、嫌な誤解が生じていた。男装して美人局するとか、どんな状況だよ。それに引っ掛かる服部平次の性癖もニッチすぎるぞ?
 取り敢えず、生徒手帳の性別欄を見せておく。彼女の厳しい疑いの目は、すぐさま変化した。

「わあん、ごめん!」

 いっそこちらが恐縮してしまうほどの勢いで謝られ、苦笑しながらその謝罪を受け取る。恋は盲目というし、そんなこともあるだろう。
 元々誤解さえ解ければいいと思っていたのだが、なかなかどうして、彼女も人がいい。声の調子は明るいながら、その姿には自責の念が覗いて見えた。

「平次が妙に機嫌良さげに、この休みにクドウが会いに来るうて言うから、私てっきり……やだあ、男友達やったんやん。勘違い!」

 そう言って顔を赤く染める彼女とは対照的に、俺は顔を青くする。友達じゃないし、週末に会う予定がどうという架空の話は人伝てに聞いたが、俺から会いに行くなんて約束をした覚えは全くない。全部服部平次の妄想か? だとしたら恐ろしすぎる。約束どころか会話したこともないんだぞ?

「俺、彼と会う約束はしとらんけどなあ。もしかして君、服部平次の恋人か?」

 そういうことなら、彼女には服部平次をデートにでも誘ってもらって、俺と会うとかいう彼の妄想の産物な予定を上書き消去してもらいたい。
 期待の篭った目で見るが、彼女はそれを否定した。

「そんなんとちゃうて! ただ、幼馴染として、悪い女に騙されとる平次をみてられんかったんよ。まあ、勘違いでよかったわ。よかったんやけど……うーん、まだ何か忘れとる気がする……」

 何だろう。俺も一緒に首をひねってみたが、何も思いつかない。彼女も浮かぶものはなかったようで、「まあそのうち思い出すやろ」と思考を打ち切った。

「そういや、幼馴染ならもしかして、服部平次と家近い? 彼に渡して欲しいもんがあるんやけど」
「ええよ、任せといて」

 ニコニコとにこやかな笑顔で差し伸べてくれる手に、手紙を挟んだ雑誌を渡す。これで問題は解決だ。俺も重荷から解放された心地である。
 そこでお互い自己紹介がまだであったことに気付いて、遅まきながら、名乗らせてもらう。俺の名前は久遠新(くどうあらた)。彼女は遠山和葉と名乗った。和葉ちゃん。はーん、ふーん、なるほどね?

 ――やっちまったわ白城さん。
 浮かべた笑みは引き攣っていないだろうか。そんな心配をしながら、俺は雑誌に挟まれた手紙に彼女が気付かずにいることを祈った。


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・久遠新(くどう・あらた)

女顔を気にして一人称を俺にしている、なにわの思春期高校生。恋する乙女は可愛いく見えるのだけど、その恋の相手が自分じゃない。おのれ。

この後、週末おつかいに出たところを大阪に来たコナン御一行とブッキング。服部が事あるごとに工藤を呼ぶのに、久遠が誤魔化しに使われてカオスが展開される。


・服部平次

オオサカ地方に生息する たんていタイプの なにわポケモン。嬉しくなると 「クドウ!」と鳴く。


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