歳下の姉
久しぶりにかかってきた母親からの電話は、二十年前に行方不明となった姉が見つかったことを報せるものだった。
二つ年上の姉がいなくなったのは、私が五歳の時のことだ。帰宅があまりにも遅いことを不審に思った母が、姉を探して通学路を辿っていったところ、海岸沿いの歩道で彼女の赤いランドセルが落ちているのを見つけたのだった。

事件、事故の両方が疑われ、警察への連絡とほぼ同時に、村人総出の捜索隊が組まれた。船まで出されて、陸海共にその周辺が捜索されたが、彼女の失踪に関して、それ以上の手がかりが見つかることは終ぞなかった。
身代金要求の電話が掛かってくることはなく、発見された遺留品が増えることはない。不審人物の目撃証言もなく、遺体も見つからなかった。
龍神伝説の未だ残る閉鎖的な漁村であったからか、姉が忽然と消えたことを『神隠し』だなんて言う者もいた。……本当に、『神隠し』としか言いようがないほど、彼女の失踪には謎が多かった。

数年間、捜索を続けて一切の音沙汰のない時点で、生存は絶望的だ。それでも両親は、彼女に戻ってきてほしいと願っていた。たとえ物言わぬ躯になっていたとしても、どうか自分たちの元へと帰ってきてほしいと。
……その遺体すら見つからず、姉の捜索は打ち切られて久しい。

その姉が、ようやく見つかったのだという。
安堵するような、悲しみに重石を付けられ沈むような。そんな気持ちで、私はその報せを噛みしめる。
彼女のことは、よく供養してあげなければならないだろう。行方不明では死亡証明ができないために、今までは一族の墓にいれてあげることができないでいた。
――これでひとつ、失ったものへの心の区切りがつけやすくなる。
涙声の母の言葉に耳を傾けながら、そんなことを考えた。どこかで区切りを付けなければ、ずっと悲しみ続けてしまうような気がするから。嘆いたところで何も変えられやしないのに、弱い私は、たったそれだけのことに立ち止まってしまう。
それは駄目だ、と自分を叱咤して、生きてこの先を歩もうという気概を奮い立たせる。そんな調子であったので――。

「いまお姉ちゃんに替わるわね」

続く母の発言の意味するところが、私にはよく分からなかった。




「とうか、ひさしぶり!」

……受話器の向こう側から、声がする。まだ幼い、少女の声だ。
久しぶり、などと言われても、こんな女の子の声は知らなくて――、その筈なのに、私は強烈な懐かしさに襲われる。私はこの声を知っている。忘れ去ったはずの過去、風化した記憶。その蓋が開き、思い出が溢れ出した。

「おねえ、ちゃん?」

なんということだろう。
それは当時と変わらない、姉・真希菜の声だった。
その時私を襲ったのは、喜びでも驚きでもない。恐怖の念だ。
……姉を名乗る、彼女は何者だ? 姉がいなくなったのは、二十年前。であれば、もし奇跡的に姉が生きていたとして、電話口の声は二十代後半の女性のものでないとおかしいのだ。

高校の時、オカルトじみた事件に少しだけ巻き込まれたことのあった私は、ふるりと身を震わせる。終わらせたはずの怪談が、まだ終わっていないよと囁いてきたようで恐ろしかった。ひたひたと這い寄る不安に、電話の向こうにいるものが、得体の知れない『何か』のように思えてくる。
対して、幼い声は嬉々として、時折懐かしむ様子で言葉を連ねていた。何を話していたのかは覚えていない。相槌をうつので精一杯だった。頭の中は助けての気持ちでいっぱいで、けれどもヘルプコールのための電話は使用中。追い詰められた心地で電話が早く終わることを願っていた。

――助けて、魔王様。
通話が切れてすぐに、私は高校時代の友人のもとへ電話をかけた。

姉のことで妙に曰く付きになってしまった私は、地元を一人離れて、寮のある千葉の学校――聖創学院大附属高校へと進学した。
ここで出会ったのが、いつでも黒服を身にまとい、オカルトじみた“黒い”知識に精通している、空目恭一という男である。

私が彼という存在を気にし始めたのは、もちろん、彼自身の特異さもあるのだが、何より、彼の弟が、かつて行方不明事件に――『神隠し』に遭い、いなくなってしまった、ということにあった。正確には、彼自身もその際『神隠し』に巻き込まれ、彼だけが戻ってきた、ということらしい。
弟を『神隠し』で喪った彼に、謎の多い失踪を遂げた姉を持つ私は、一方的な親近感を抱いていたのだ。

彼は彼で、私の姉の失踪事件に興味を持っていたらしく、どこで調べたのか、私よりも詳しいことを知っていたりした。一応、事件の当事者として、彼に根掘り葉掘り当時の話を訊かれたりしたのだが、私が彼の参考になるようなことを述べられたのかは不明である。

初接触は彼の方からで、思えばあれが、私の「普通ではない高校生活」の幕開けだったに違いない。なにせ初手から、あやめちゃん――異界の存在を紹介してきたのだから。
その後、教室での彼との会話が増え、文芸部にも出入りするようになり、卒業するころにはすっかり仲良くなっていた。スーパーアドバイザーな魔王陛下に、私が泣きつく癖がついた、ともいう。
とかく、オカルト絡みな案件に、空目恭一という男はとても頼りになる人なのだ。

「それで、お姉ちゃんが子供の声のままで、お父さんとお母さんはもう会っちゃったって。私も幾らか受け答えしちゃったし、こんなのおかしいのに」
「息を吐け、ゆっくりとだ。違う、ラマーズ法では吸いすぎだ、過呼吸になるぞ。そう、それでいい」
「ふええ」
「……今から向かう、大人しく待て」
「待つううう」

ツー、と電話が切れる。それがこんなにも心細い。早く来て、早く来て。何度も繰り返し熱心に祈る。ひとりにしないで、魔王様。
携帯を片手に祈り始めて十数分、ピンポーン、と聞こえてきたのはインターホンの音。随分と早い到着だ、よほど急いでくれたのだろう。一刻も早く安心したくて、私は玄関に走り、その扉を開いた。

「まおっ、」

言葉は続けられなかった。ヒュッ、と喉から細い息が漏れる。まるで首を絞められたみたいに、息がうまくできない。恐怖で身体が硬直する。動け、動かない。逃げろ、逃げなきゃいけないのに。
そこにいた人影は、背丈が私の腰ほどしかなかった。

「来ちゃった」

そのシルエットを、私は知っている。肩ほどまでの長さのポニーテール、笑うと浮かぶえくぼ。揺れる黄色いワンピース。
あの日の。あの日のままの姉が、そこにいた。

「驚いた? あれ? あっ、ちょっと、とうか! とうか!?」

目眩がする。身体に力が入らない。意識が朦朧として、姉の言葉も耳に入らない。
目の前が真っ暗になって、私はそのまま意識を失った。




「うーん……む」

目覚めれば、目の前には魔王様とあやめちゃんがいた。

「はっ夢オチ」

そんな希望的観測は即刻打ち砕かれた。身体を衝撃が襲う。

「わーん、とうかぁ! 心配した!」
「ヒエ」

姉のようなナニカに抱きつかれ、恐怖でかちんこちんに固まる身体。
夢オチじゃなかった。なにこれ詰んでる。
途方に暮れる私に、フォローするように魔王様が言った。

「おい、よく聞け。これは生きた人間だ。少し変わったにおいを纏ってはいるが、怪異ではない」

あやめちゃんも頷く。この歳をとっていない明らかにおかしい存在は、しかし、怪異ではないらしい。

「ま、まじか……いやでも、その姿は流石におかしいでしょ。タイムスリップでもしてきた? 今までどこにいたっていうの」
「それについては俺も聞きたい。彼女からは、清涼な桃のにおいがする」
「鼻がいいんだね。彼、とうかちゃんのお友達?」

姉? のような生き物は、興味深そうに尋ねた。

「えっと、高校の時の同級生」
「ああ、本当に、もうそんなに経っちゃったのね。私の方も色々あったけど、私の中のとうかちゃんは、あのちっちゃくて可愛かったとうかちゃんだったからなあ」

しみじみと言葉を零した彼女は、行方をくらませていた期間、異世界で神様の仲間入りをしていたが故に、歳をとらなかったのだと告げた。
……脳が理解を拒絶している。助けを求めるように魔王様を見たが、彼は何やら思案中。魔王様の考えていることなど、私には読み取れなかった。





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・夢主ちゃん
流され気質。コナン世界転生者。転生者な自覚は早かったが、コナン世界自覚は就職後。それまでもアレ?と思うことはあったが、地方育ちで東都に出てきて米花の街並みにアッッって確信したクチ。闇の男爵シリーズの二次創作夢を書くのが趣味。
五歳の時、二つ年上の姉が半ば神隠しのように行方不明になっている。高校はMissing魔王様たちと同じ学校。寮住まいの帰宅部。身内が神隠しみたいにいなくなったというので、魔王様に一方的に親近感を抱いていた。オカルト案件を相談したことがある。
物語は、姉が行方不明になった時の姿のまま帰ってきたところから始まる。

・姉君
主人公力というか夢主力というか、コレが運命力ですか?って言いたくなるような、生き様がドラマティックかつ最後にハッピーエンドを勝ち取るしたたかさがある。
蝕に巻き込まれて、十二国記の例の世界にちょっくら行ってた。「そこは黒の組織に誘拐されてたとかじゃないんだ!?」とは夢主ちゃん談。
色々あって仙籍に入ることになったために肉体の成長が止まった。仙籍を外れ、麒麟の協力でこちらに帰ってきた次第。
帰ってきたあとは妹のところで厄介になることに。近日中に帝丹小学校へ編入予定。

事件の香りがする。

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