4部残留ルート



ニキ死亡・男主生存ルート
(ニキが男主に矢を向けなかった)


 承太郎が仗助から報告を受けたのは、ひとつの事件が終わってしまってからのことだった。
 スタンドの矢の持ち主であった、虹村形兆が死亡した。虹村邸に突如現れたスタンド使いは、矢を奪って逃走したらしい。

「虹村形兆に矢で射られ、スタンド使いとなった者はどれほどいる? 名は分かるか」

 承太郎の問いに、億泰は首を横に振る。

「その辺は全部兄貴がやってたんで、分からねェ、です」
「では、彼の行動範囲は? 交友関係でもいい、何か君の知っていることはないか」
「杜王町内だってことくらいしか……。ああ、そういや兄貴、最近はコーキさんが来るからって、家にいることが多かったかなア」
「コーキ?」
「タナカコーキ。アニキの友だちっすね」

 その名に酷く反応したのは、億泰に付き添いこの場に来ていた仗助だった。

「コーキさんが……?」
「知り合いか、仗助」
「近所に住んでる幼馴染っス。歳は二つ離れてますけど。いやでも、俺、コーキさんとは仲がいいつもりっスけど、億泰の兄貴とコーキさんが友だちだったなんて初耳っすよ」
「だが仗助よォ、コーキさんは『長年の友人だ』って言ってたぜ。まあ俺もコーキさんが家に来るようになるまで知らなかったんだけどよ」
「その『タナカコーキ』は、頻繁にこの家に来ていたのか?」
「このところは毎日、いやでも、五日くらい前から来てねえなあ」

 五日前というと、例の事件の日か、その翌日か。仗助は悩ましげな顔をする。

「……コーキさん、そのくらいの時期から、高校も休んでるんスよ」
「決まりだな。行くぞ仗助、案内しろ」


 仗助の案内で訪れたのはごく普通の一軒家、表札には棚夏とあった。……タナカ、というのは、田中ではないらしい。
 呼び鈴が鳴り、玄関先に出てきたのは、身の丈が康一ほどの少女だった。一時は昊希の妹かと思われた彼女だったが、仗助と交わす言葉を聞くに、どうやらそうではないらしいことを承太郎は知る。中学生、下手をすれば小学生と見紛うほどの彼女は、棚夏昊希の母親らしかった。

「そう、そのくらい前かしら。調子が悪いみたい。あの子、部屋から出てこないのよ」

 そう零した彼女は、申し訳なさそうに仗助に告げる。

「悪いけれど仗助くん、あの子に顔見せてあげてくれる?」
「はい。……あの、コーキさんに会いたいって人が、俺のほかにもいるんすけど」
「あら、そうなの。お友達? どうぞあがっていって」

 人のいい笑みを浮かべながら、「白い学ランなんて珍しいわね」と言う彼女に、承太郎は学生と勘違いされていることを自覚しつつも、それを訂正せず棚夏家へとあがりこんだ。


 プレートも何も掛かっていない無地の扉を、仗助はコツコツと叩く。人の気配はあるというのに、部屋の中から返事はなかった。

「コーキさーん、入りますよ」

 仗助の手で、扉が開かれる。落ち着かない様子で身体を揺らしていた億泰は、すぐにも部屋に入りかけたが、仗助がそれを制止した。承太郎はそんな二人の後ろで、その部屋の内を観察する。
 部屋は暗く、カーテンは締め切られている。机の上には参考書。本棚には本が並んでいる。雑誌類も多いか。その本の分野については、無節操と言うほかなかった。シェイクスピアのような西洋の純文学があるかと思えば、娯楽に読む最近の漫画雑誌も置かれている。科学関連の論文雑誌もあれば、黒魔術読本と題されるようないかにもあやしげで胡散臭い本もあった。

 承太郎は、ベッドのある方へと視線を動かす。ちょうど、ベッドの上の布団の塊が動いたところだった。
 めくれ上がった布団から、露わになる彼の姿。彼の纏う雰囲気とでもいうべきものに、承太郎は冷水を浴びせかけられたような心地がした。優等生姿が似合いそうで、どこか繊細なところのありそうな――。
 花京院、と無意識にも唇が動いていた。声にまでは出さなかったが。顔立ちは決して似ているわけでもないのに、彼の姿を見ていると、無性にあの日エジプトで命を散らした彼のことが思い出された。

 気怠げに身体を起こした彼は、視界に入る三人の姿をどこかぼんやりと眺めていたかと思うと、ゆっくりとした動作で布団にくるまり直す。活動を拒否して、饅頭か何かのようにまるくなっている。

「コーキさん、朝っスよ。いや、もう昼っス。起きましょーよ」

 仗助の声に反応して、昊希は掛け布団からもそもそと顔だけを覗かせる。何度か瞬きした彼は、寝ぼけたような調子で「あれぇ」と声をこぼした。

「じょーすけくん」
「ウス」
「どうして? えっ、白昼夢や幻覚ではなく。おくやすくんも一緒かい」
「ええ、そんでもって、この人が承太郎さんっす」
「わあ、白いねえ」

 承太郎の服装に対して、よく分からない感想を述べた彼は、「それじゃあ、おやすみ」とまた布団の中に頭まで入ってしまう。
 どうするのかと承太郎が思っていると、仗助はそのままの状態で昊希に話しかけ始めた。

「暫く顔見てなかったんで、心配しました」
「……ああ」
「そういや、億泰も今度からぶどうヶ丘に通うことになったんスよ」
「そうか」
「……昊希さん、億泰の兄貴とダチだったんすね」
「……」
「そのことで、訊きたいことがあるって人が来てます。話、できそうっすか」

 聞こえてきたのは、「ごめんね」という、柔らかい声に反した、揺るぎのない拒絶だった。
 どうするのか、と承太郎が仗助に視線をやる。仗助は、真摯な瞳を布団の膨らみへと向けていた。

「そのままでいいんで、聞いてください」
「ああ」
「億泰の兄貴が死にました」
「……」

 不規則な呼吸音と、鼻をすする音。彼は布団の中で、声を殺して泣いているようだった。
 承太郎は踵を返す。

「出直すぞ」

 高校生達二人が、心配そうに布団のふくらみを見つめているのに気が付きつつも、承太郎は足早にその部屋を立ち去った。



 次にその家に訪れたのは三日後、承太郎一人でのことだった。前回の訪問で、昊希の母親は承太郎を昊希の友人だと認識したらしく、彼女は承太郎を快く家に招き入れた。
 部屋を訪ねれば、昊希は相変わらずの布団饅頭だった。先日とひとつ違うのは、承太郎の訪れに、彼がすぐに反応を示したことか。

「どうして」

 泣き腫らした瞳で承太郎を見つめ、ぽつ、と彼が呟く。それを訪問理由を問うものと認識した承太郎は、ひとまず仗助や億泰が昊希を心配していたことを伝えた。昊希の瞳が揺れる。
 しばらくの沈黙。先に痺れを切らしたのは、承太郎の方だった。

「虹村形兆は何者かに殺された。これ以上被害を拡大させないためにも、私には少しでも手掛かりがほしい」

 だから、君の知っていることを教えてくれないかと問い掛けた承太郎に、昊希はやがて何かを諦めたような目をした。

「スタンドの弓と矢」

 昊希が口にした語に、承太郎の目が見開かれる。昊希はそんな承太郎を、愉快そうでいてどこか冷めた目で見た。

「形兆を殺し、それを奪っていったのは、音石明というスタンド使いです。スタンド名は『レッド・ホット・チリペッパー』。電気を操り、電気と同化することができる……」
「君は、」

 口を開いた承太郎に、昊希は制止をかけ、尚も己の言葉を続けた。

「この町にはもうひと組、スタンドの弓と矢が存在しています。所有者は吉良吉廣。自分の映り込んだ写真の空間を支配し、生物の写真を撮った場合はその対象の「魂」を写真に閉じ込めるスタンドを持つ。息子の吉良吉影は触れた物を爆弾に変えるスタンド使い。女性の手を偏愛し、この町で長年殺人を重ねる犯罪者です」

 つらつらと淀みなく重要情報を述べた昊希は、鋭い目をする承太郎に、敵対の意思はない様子で、その場でごろりと楽な姿勢をとった。

「あとはこの町のスタンド使いについて、でしょうか」

 僕の知っている範囲ですが、という前置きの後、まるで今朝食べた朝食のメニューでも答えるかのように、連ねられる名前とスタンド能力。承太郎は手帳を開き、先ほど述べられた内容も併せて記録する。手帳のページは一面すぐに埋まることになった。これが真実であれば、杜王町はそれほどの数のスタンド使いが暮らす特殊な町だということになる。

「僕が覚えている限りでは、これで全てです」
「君の協力に感謝しよう」

 何故、彼がその情報を知り得たのか。彼に問いただしたくはあったが、昊希はそれ以上語ることを拒むようにまた布団へ包まってしまった。承太郎が訊くのは後日になるだろう。
 虹村形兆自身のことについて、彼が何も語っていないことに気付いたのは、承太郎が彼の家を去った後、財団員に情報の裏どりを指示してからのことだった。
52/84
←前  次→
< 戻る  [bkm]