閑話 「二人」



 SPW学園転入初日の放課後。帰宅の準備をしていた昊希は、自分を訪ねて教室に来ている者達がいるとクラスメイトに聞かされ、心臓が止まりそうになった。
 真っ先に連想したのは形兆のことで、けれども複数形が使われていることに、すぐにその可能性を否定する。彼が他人とつるむとは考えられない。たとえ、連れているのが彼の弟だったとしても、その状態で彼の方から昊希を訪れることはあり得ないだろう。
 ならば誰が、と昊希は教室の入り口付近へと視線をやる。

 果たしてそこにいたのは、仗助と億泰だった。


 生まれ変わった先の世で、再会した彼らの姿は、昊希の記憶の中のものとほぼ変わりない。確か彼らは今、高校一年生だったか。成る程、己が前世死んだ時の彼らの年齢と同じというわけだ。
 その顔付きは、どこか逞しくなったように見える。昊希の死後、重ねた彼らの経験が、その変化を生んだのだろう。

「君達が仲良くなるとはね」

 是非、前世の己が目で見たかった、と昊希は胸中でひとりごちる。今更望んだところで、栓なきことではあるのだが。

「僕が居なくなった後の、君達の話を聞かせてくれるかい?」

 昊希の訊ねに、二人は威勢よく頷いた。……元気だ。
 その若さが眩しいなあ、なんて、少々爺臭いことを思いながら、昊希は彼らの話に耳を傾けた。


 仗助の持つスタンド能力――“なおす”力について昊希は知っていた。前の世で、他ならない彼が、昊希の怪我を治してみせ、その能力のことを明かしたのだ。
 当時の彼は、片手の平を開いただけの年齢で、まだその“なおす”力が『スタンド』と呼ばれるものであることも、その能力を持つことが如何に特異なことであるかも知らなかった。「男同士の秘密だぜ」という彼に、緩む頬をおさえつつ、「ついでに、僕達だけの秘密にしようか」なんて返した気がする。

 仗助は昊希に、戦ったスタンド使いらのことを伏せ、ただ、怪我した人をたくさん治したことを、昊希に語って聞かせた。
 ……彼自身も、たくさん怪我しただろうのに。そのことよりも、治したことを誇り、褒めてといわんばかりに昊希に報告するのだから、これだから昊希は彼に心を割かずにはいられないのだ。やはり、前世において、あの時脱落してしまったことが手痛い。

 スタンド使いであることを昊希に仮にも伏せていた億泰は、スタンドの絡む出来事を話すに話せないようだった。口を開きかけては閉じ、そわそわとしている彼は、見ているにもあまりにもどかしく、そもそも彼の場合、その能力を使って、自覚はなしに昊希の前で不思議な現象を度々起こしていたこともあって、昊希は終に、億泰にも不思議な力があることを昊希が知っているということを明かした。

「なんだよぉ、知ってたのか。兄貴も持ってるぜ」

 前置きなしに投下された爆弾に、昊希は息を詰まらせた。
 それ、話してよかったのか。形兆、君は、弟さんの口止めをもっとしっかりした方がいい。

 思わず心の内で形兆に訴えかけて、そんな自分の心の動きに、昊希は愕然とする。
 形兆に、何かしらの行動をとる。肉体の動きどころか、その心すら、今世では躊躇われて、昊希はもうずっと彼のことを考えるのを避けていた。『過去の彼』に思うことはあれど、『今の彼』に思考を向けることはなかった。

 ……何故だか、物凄く久し振りに、彼の名を呼んだ気がする。声には出していないので、これを呼んだうちに含めていいものかは疑問だが。
 喉の奥にせり上がる、懐かしさと苦さに、昊希は唇をかたく引き結んだ。


 昊希死後、昊希の扱いは「行方不明」となっていたらしい。昊希の親は、すぐに警察に届けを出したようだ。仗助の祖父である良平が中心になって捜査を担当していたが、その彼が急逝したことで昊希の捜査も一旦止まってしまい、再開される頃にはもう、消えた昊希の痕跡は辿れぬものとなってしまっていた。
 仗助も、良平の残した捜査記録を元に、個人的に昊希を捜していたが、虹村屋敷に至ったのは、あくまで偶然が重なった結果であり、居なくなる前の昊希がこの屋敷で形兆と会っていたことを仗助が知る頃には、肝心の形兆は亡くなっていた、とのことだ。

 億泰は、形兆が昊希を矢で射ったことを知らなかった。

「形兆は、」

 久し振りに口にしたその名に、声が震える。その震えを抑え込んで、昊希は言葉を続けた。

「僕が居なくなったことに関して、何も言っていなかったのかい?」
「おー?」

 言ってなかったと思うぜ、と答えた億泰に、昊希はそうかと呟いた。
 前世、矢に貫かれたあたりが、じくじくと痛むようで、その痛みを紛らわすように、昊希は学生服の第二ボタンを指先で弄ぶ。自分が居なくなったことに、彼はなにも思わなかったのだろうか、なんて考えてしまう。どうにも、女々しくていけない。

「まあ兄貴も、『以前』のことは覚えてっし、気になることがあんなら、直接訊きゃあいいと思うぜ」

 ――覚えている。彼は、以前を。昊希のことを。
 予測していたことが、確定情報に変わったことに、昊希は乱れそうになる思考を律した。

 ニカッと笑った億泰は、『直接訊く』という自身の提案に、いい考えだろとでも言いたげだった。
 昊希としては、形兆と顔を合わせることすら避けたいのだが、仮にも形兆と昊希の関係が、彼らの中で『友人』とされている以上、それを彼らに告げるわけにもいかない。胸中穏やかでない昊希を置き去りに、二人はアイコンタクトを交わし、頷き合う。コホン、とひとつ咳払いした仗助は、その視線を窓の外――特別科の教室のある東棟へとチラチラ向けながら、昊希によくその言葉が聞こえるように呟いた。

「億泰の兄貴も、今なら教室にいるんじゃねえかなぁー」
「え」

 それは今から行けという意味かと、昊希が瞬き二つで問えば、満面の笑みと共に二人の肯定が返ってくる。
 そのまま昊希を形兆の許へ連れて行こうとする――純粋な心遣いと親切心溢れたその笑みが眩しい、つらい――仗助と、早く行こうぜとまるで散歩を急かす犬が如く昊希の側をウロウロする――かわいい、あざとい、かわいい――億泰に、昊希はたじろぎ、声にならない叫びを上げる。某ラスボスの無駄無駄ではないが、彼の心の内は、紙面に直せば二ページ見開きに渡るほどの無理無理ラッシュであった。
 本当ならば声に出して叫んでしまいたいところだったが、動揺している姿を二人に見られたくなかったがために、その叫びは昊希の内へと押し込められることとなった。彼らの中の昊希へ抱く、落ち着いた歳上像を守っておきたかったのである。
 結局、今日は都合が悪いと言って、昊希は彼らの誘いをやんわり断った。

 ……彼らはまた、誘いに来ることだろう。
 いつまでも、再会を先延ばしにはできないことは、昊希にも分かっていた。今は怒涛の情報開示に気疲れが勝って、彼との再会についてまで気が回りそうになかったが。
 ――よし、明日考えよう。
 聞く人が聞けば、いつの明日だと尋ねられてしまいそうなことを思いながら、昊希はそのうち考えるのをやめて帰路についたのだった。
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