小夜左文字と復讐の話
(二次)

 小夜左文字が修行に出て。彼から、三通目の手紙が届いた。
 一通りその内容に目を通した審神者は、潤む瞳を誤魔化すように何度か瞬きを繰り返した。

 翌日。小夜左文字を出迎えた審神者は、そのひと回りもふた回りも成長した彼に驚いた。外見的な成長はそうないが、中身が大きく変化していた。極まっている、とでもいえばいいか。
 そんな彼に、審神者は労いの言葉を一言、二言述べてから、彼を心配する兄達の許へ早く行っておやりとその背を押した。

 その日の夜は月も明るく、審神者は誘われるようにして庭に出た。何をするでもなくぼうっと佇んで、寝静まった本丸を眺める。
 不意に、屋根の上で闇色の影が動いた。思わず小さな悲鳴を上げれば、すたんとその影が地面に降りてくる。
 それがよく知る人物で、審神者は拍子抜けしたと共に安心の息を吐いた。小夜左文字だ。


<ここで力尽きた(早い)





・この後

月明かりの下、二人縁側に座ってお話。

主の力になることは、刀としての幸せだと彼は言う。これまで以上に、彼に暗く深い感情を抱えさせることに、謝罪の言葉を口にしそうになるのを抑えて「ありがとう」と言葉した。



「私が思うに、小夜左文字というのは、仇を討つことで人の気持ちを救う刀なのではないだろうか」

「怨念を力にし、復讐を遂げることで、その念を浄化する、とでも言おうか」

「復讐もとい仇討ちは、小夜が活躍した時代からすれば義を果たした美談だろう?」

小夜左文字が重んじられるのも当然なんだよなあ〜細川さんも欲しがるはずだよ、という反応。


<現代っ子はどうしても、復讐ときけばぎょっとしちゃいますが。かくいう私もぎょっとしましたが。
<復讐とか仇討ちに関する歴史を見ている分には、『願が叶う』くらいの感覚でいいのかもしれないなあとも思うのです。




 審神者の言葉に、小夜左文字は俯いた。

「救い、だなんて、そんな」

――この感情は、そんなものを齎せるほど、綺麗なものじゃない。




・審神者の『復讐』に関する言及

目には目を、歯には歯をで知られるあのハンムラビ法典は、元々、当時の人々の『復讐』の程度があまりに大き過ぎるがために、法で制限しようとしたものだった。などと、突然薀蓄を垂れ流し始める審神者。

「江戸時代の御成敗式目の十条にも、復讐の正当性を保証するような内容の法があるしね」

その歴史を見る限り、『復讐』は被害者を納得させるためのものという見解が強い、と審神者は語る。

「終わりなき恨みは、その人を蝕むばかりで誰も救われない。ただの八つ当たり、下手すれば無差別殺人だ」

そのことを思えば、小夜左文字という「復讐を果たす刀」は確かに救いとなり得るのだろう。そう、少なくとも審神者は考える。


< つまり何が言いたいかっていうと、小夜ちゃんは大天使だってことだよ。
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